心だけは処女航海のイメージで - Suchmos『Pacific』カワムラユキ（DJ/作家/作詞家/プロデューサー）

誰かを待つ時間、その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
そんな「待つ時間」にそっと寄り添う音楽をモチーフに、DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに言葉を綴っていただきます。

 

尊敬していたあの人が発したシステマティックな返答、本音と建前が前提の彼らとの会話云々とか

楽園であたためた体温が、みなぎらせた血の気が、冬の波のように静かに引いてゆく

 

君は抑えきれない破壊衝動で、すべてを滅茶苦茶にしてしまいたいと感じている

手に取るようにわかる、表情の隅々まで、誰よりも伝わりやすいから

 

外苑前のスパニッシュレストランにてイカ墨のリゾットと漆黒の闇を纏わせながら、大胆に膿んだ歯茎にまで行き渡らせて

 

君と僕は宮益坂方面へと向かう

心だけは処女航海のイメージで、待ち受ける都市の洗礼にも屈する事なく

 

自ら選び取ったSNSに適切な情報と引き換えの束縛を受けて、I’m a Slave 4Uって綴ったテキストは未送信のままに、イカ墨よりも真っ暗な道玄坂のあの場所で、あの人たちが破壊王のように振る舞う景色を視界に忍び込ませたくはない

 

不自然に黒く装った陳腐な闇だけが、誰もいない海の底に溶けてゆくことを想像して

その類(たぐい)まれな自己愛と、純粋培養で手にした肯定感、輝かせる方法を幾つも持ち合わせても更に

 

脳内に配置したメトロノームに同期された無駄な記憶を排除して、尊大な自由でアイディアを司るから

フェイクニュースや本物の悲しい噂に耳を貸さずに、意気揚々と君は生きていてほしい

 

もはや向かうべき場所は明確、あの風が通り抜ける海辺へと、慈しみ合うために息をしているのだから

しっかりと君と僕は周波数を合わせて、無言のままアイコンタクトを絶やさずに

 

 

Suchmos『THE BAY』（2015年、SPACE SHOWER MUSIC）収録