父親の介護のため任天堂株式会社を退社し、独立。デザイン会社・NASUを立ち上げ、ゲーム、漫画、お菓子から格闘技まで様々なコンテンツのブランディングを手がける、デザイナーの前田高志さん。話題となった書籍『勝てるデザイン』から3年、新たに「ディレクター」としての視点も盛り込んだ仕事術本『愛されるデザイン』より、試し読みをお届けします。
* * *
「デザイン思考」の言葉こそデザインが必要!?
「デザイン思考」って、なんやねん!!!!!
……すみません。数年前の僕の心の声が、漏れ出てしまいました。
昨今「デザイン思考」という言葉がよく使われています。デザイン思考とは、「デザイナーがデザインを行う過程で用いる特有の認知的活動を指す言葉」なのだそうです(Visser, W. 2006, The cognitive artifacts of designing, Lawrence Erlbaum Associates.)。
正直これだけ聞いてもよくわかりませんよね。僕の書籍『勝てるデザイン』には、こう書いたくらいですから。
「デザイン思考」という言葉がありますが、僕はこの言葉が好きではありません。なぜなら、デザインを高尚にしすぎていると感じているからです。
デザインはデザイナーだけのものではない。デザインってもっと誰でも語っていいし、誰でもやっていい。ここから僕も大人に……いや、僕の考えも深化しました。
デザインはデザイナーだけのものではない。この考え自体は、変わりません。しかし、世の中にはデザインのこと、デザイナーの考え方がまだ広まっているとは言えない。だからこその「デザイン思考」だよなと。「デザイン経営」とか「健康経営」みたいに、当たり前のことだけど、あえてキャンペーンのようにして多くの人に届きやすくしているのだと、考えるようになりました。デザイナーの考え方が、ビジネスシーンにおいて価値を認められて活用されていること自体はとても嬉しく思います。
でも「デザイン思考」とネーミングして、キャンペーンにすることの価値を認める一方で、当たり前のことにわざわざ名前が必要なのか? という気持ちもあります。なぜなら、経営者は社員の健康を考えているでしょうし、経営にデザインを取り入れたら会社に良い効果をもたらすだろうと思うはず。本当に本質を考えて行動したら、デザイン経営も健康経営も自然とできるものじゃないかなぁと思うからです。
<デザイナーの考え方は、一見するとアーティストのような突飛なものに思えるかもしれないけれど、実のところ当たり前に考えた結果であり、それはノンデザイナーの感覚と同じである。だからみんなが、この思考を持てるといいよね>というのが「デザイン思考」の真意のはずです。であれば「デザイナー思考」の方が名前として相応しいのではないかと考えています。
いいデザインは、いい言葉から生まれる
「その自信、どこから? ソコカラ」の本田圭佑さんのCMでおなじみ、自動車買取販売サービス「ソコカラ(SOCOCARA)」さんのロゴをデザインしました。
「ソコカラ」は、株式会社はなまるさんが展開されています。ソコカラさんでは、事故車、故障車や古い年式のクルマ、いわゆる「廃車」でも買い取り、新しい価値をつけていく。クルマの価値を再生することを得意とされています。
ちなみに、ロゴデザインを考えていた時点では、CMのタレントさんは未定でした。しかし、後に本田圭佑さんに決まったと聞いて嬉しく思いました。本田さんと言えば、投資もされている方です。きっとソコカラさんのサービスの価値に共感したからでしょうし、そこにデザインへの評価もあったのではないか……と僕は考えています。
ソコカラさんは、サービス25周年を記念しての、リニューアルを企画していました。本案件は、広告代理店さんから依頼された競合コンペだったため、広告代理店さんのクリエイターにより、提案する新しいネーミング案は、先に決まっていました。つまり僕の仕事は、ロゴをデザインすること。さて、どのようなロゴならば勝てるのか、考えました。
新しいサービス名について、広告代理店さんからいただいた資料には次のように書かれていました。ソコカラさんのWebサイトで今、読めるようになっています。
「こんなクルマ売れるかな?」という誰かの不安。
すべては、そこから、はじまります。
どんなクルマでも、そのブランドと出会うことで、その「価値」を見出され、再生され、
待っている人へ届けられ、新たな「価値」となって走り出す。
そのブランドがまわす大事なサイクル=「価値循環」の一部となり、この国のどこかで、海の向こうで、地球環境に貢献してゆく。
たとえばそのブランドにクルマを売ること。それはイコール、
未来のためのアクション「価値循環」に参加すること。
クルマを売るときのユーザーの心に寄り添った、素敵な理念です。
「ソコカラ」という名前は、理念を表す素晴らしいネーミングではあるのですが、文字を一見しただけでは、それが「自動車買取販売サービスかどうか」はわかりません(とはいえ、コピーライターさんはそこもきちんと設計されていて、ソコカラは、英語表記にすると「SOCO“CAR”A」。文字の中にちゃんとクルマ(CAR)が入っているのです)。
競合プレゼンに勝つデザイナーの思考とは?
デザインする上で大事にしたのは2つ。
1つめ。クルマのサービスであることを明快にすること。
前述した通り、新サービス名「ソコカラ」には、隠れた「CAR」以外にクルマを示す要素がありません。ですから、誰もがクルマのサービスであるとわかるように、幼稚園の子どもでも描けるシンプルかつ道路標識のような記号にしました。
2つめは、ソコカラという名前が、そこから未来に向かって動き出そうとしていることを伝えること。ですからロゴを作る上では「動き出す」をテーマにしました。“クルマの新しい命が動きだす”このベクトルを表現したかった。これをド直球に「矢印」で表現しました。矢印は誰もが反射的に反応してしまう最強の記号です。かつ、矢印マークでは、事故車や長く乗っていなかったクルマなど、「クルマの再スタート」を意味するベクトルや動き、そしてクルマの価値循環を表しています。
サービス名から新しくなる大きなリブランディングということもあり、脳に定着させ、早く認知拡大をできることも目的の一つでした。例えば、幼稚園の子でも描ける単純なマークが必要だと思います。サービス名もステートメントも「クルマの再出発マーク」に集約される、そんな理由で超単純なマークになりました。
ちなみにこのロゴデザインは、先に書いた通り、複数社が参加した競合コンペだったのですが、めでたく提案を勝ち取ることができて、晴れて受注しました。
今までの話は、単に、僕がコンペで勝った自慢をしたかったわけではありません。僕が「ロゴを考えたプロセスって別に突飛なものではない」ということを、伝えたいのです。
デザイン思考=当たり前の思考
よく、デザイナーがデザインを思いつくプロセスは、まるで豆電球にピカッと光が点灯したかのごとく、閃いて降ってくるように思われています。しかし、これは全然違います。
確かに、たまにこれ以上の案ってあるのかなというくらい、いきなり良い案に辿り着くことがあります。ただ、それは現状把握をしっかりと行って、分析をしたものに合致していないと意味がありませんし、案も1案のみのことは、ほぼありません。閃いた案が最適だ、と思っていたとしても、それが本当に最適なのかを他の案を出すことで確かめます。結局、膨大な検証作業がデザイナーには待っているのです。
「デザイン思考」と聞くと、デザイナーの専門的でアーティスティックな感覚、特別なセンスと才能のようなものを想起するかもしれません。しかし本当の「デザイン思考」とは、どちらかというと、今回のロゴの制作プロセスのように、しっかりと分析、把握し、その上で「当たり前」の思考で考えたものを形にしていく考え方のことなのです。
僕がいつも目指しているのは「そりゃそうだよな」という当たり前の感覚、納得感です。
世の中は、突拍子もないアイデアや発想を称賛しがちですが、思考のプロセスは至って究極でシンプルな「当たり前思考」だったりします。
だから、デザインにとどまらずビジネスにも応用できる。いや、応用というより、同じ考え方の下、ビジネスに活かすことができる。
そのことに気づいてもらうフックとしての言葉が「デザイン思考」なんですよね。「デザイン思考」は「当たり前思考」であり、デザインを民主化するための素晴らしい言葉、これこそ真のデザイン思考(デザインの考え方)だと思います。
* * *
前田高志さん率いるデザイン会社・NASU主催のデザインコンペ「Design-1 Grand Prix」では現在、作品を募集中(2024年10月27日〆切)です。詳しくは https://design-1gp.com/
愛されるデザイン
「デザインだけじゃない、これは人生の話だ」てぃ先生(保育士)
すべてのビジネスパーソンに効く仕事術!感動のロングセラー『勝てるデザイン』の続編!ゲーム、漫画、お菓子からBreakingDownまでを手掛ける超人気デザイナー・前田高志の全思考術・仕事術がここに!!!