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往復書簡 限界から始まる

2024.10.19 公開 ポスト

「結婚」「妊娠」「看取り」…上野千鶴子、鈴木涼美、伊藤比呂美による「想定外の人生」トークが電子書籍化伊藤比呂美/上野千鶴子/鈴木涼美

2024年6月26日に開催された『往復書簡 限界から始まる』の文庫化記念トーク、上野千鶴子さん、鈴木涼美さん、伊藤比呂美さんによる「限界から始まる、人生の紆余曲折について」が電子書籍化して10月18日に発売されました。因縁の深い3人が鋭く突っ込み、笑い、称えあいながら語った「想定外の人生」。ぜひテキストでもお楽しみください。一部を抜粋してお届けします。

「上野さんがイタコになって母親を呼んでくれたよう」

上野 涼美さんはしばらくお目にかからない間に、ご妊娠なさったそうですね。

鈴木 ええ。この往復書簡を書いていたのが36から37歳のときで、結婚もしていないし、子どももいないのだから、このまま子どもは作らない人生を生きるのだろう、上野さん路線で行く自分を想像していたのですが、今年に入って妊娠が発覚、伊藤さんラインに鞍替えすることに(笑)。

上野 想定外のことが起きるのが人生の面白さですが、涼美さんには心からおめでとうを申しあげます。もしあなたのお母様が生きておられても、「おめでとう」と言ったと思います。子どもというのは、母になった女からしか生まれない。そして、母になった自分から生まれた娘が母になる選択をすることを喜ばない母は、ほぼいないので。

鈴木 なるほど、はい。一瞬、上野さんがイタコになって母親を呼んでくれたようでした、ありがとうございます。

伊藤さんに文庫版用の解説をいただいたときは、まだ妊娠していませんでした。私はこの往復書簡でも、エッセイや小説でも、母親の話をかなりこだわって書いてきたので、伊藤さんから解説で「母にこだわりすぎる娘」についての言葉をいただいてもまだ、そうは言っても私にとってはやっぱり母が一番大きいしなと思っていたんです。

その後、妊娠がわかり、どうやら女の子らしい、と。「娘が生まれるという恐怖心から子どもを作る選択肢をとらなかった」と書かれている上野さんにとっては、娘を産むというのは恐怖以外の何ものでもないのでしょうけれど、私は産もうと思って。

すると、それまで自分に直接的にかかわりがなかったので熱心に読んでいなかった作家の子育てエッセイやエッセイ漫画に興味が湧いてきました。いくつか読んでみたところ、息子についての作品がすごく多い一方で、娘についてのエッセイはさほど多くなかった。娘は母についてすごく語るけど、母は娘についてさほど語らず、むしろ語られる側に回るんだな、と思いました。

上野 何をおっしゃる。伊藤さんは娘についていっぱい書いていますよ。

鈴木 ええ。伊藤さんはすごくレアなケースです。伊藤比呂美以外で、娘がテーマのエッセイってものすごく少ない。中でも幼児を描いたエッセイ漫画のほとんどは息子が主人公です。

伊藤 面白い。さすがに社会学者ってのはすごいもんですね。なるほど、そうきたか。確かにそうかもね。ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』も息子の話だもんね。

まあ、表現者に息子が生まれるケースがたまたま多かった、というだけのような気もしますけれど。だって私たちって目の前にいれば書かざるを得ない。私は息子でも書いていたと思いますよ。

上野 息子と娘が生まれる確率は半々なのに、書くのはもっぱら息子の親だというのは、なるほどと思いますね。息子の方が対象化しやすいのでしょうか。

そういえば、出産、育児をエッセイに書く人はいても、それを小説にする女性作家ってあんまりいませんね。女にとってあれほど切実な経験なのに。

産む女のエゴイズム

上野 解説の中で伊藤さんは、娘の母になった自分自身について強烈な一言を書いておられて、私にはグサリと刺さりました。文庫版解説の最後(374ページ)、読んでない人もいらっしゃるでしょうから、朗読が得意な比呂美さんにご自分の文章を読んでいただきましょうか。

伊藤 「私は娘しか産まなかった母である。妊娠する前には、上野さんの持つ恐怖、解らぬでもなかった。漠然と、私も同じような恐怖を持っていた。でも産むつもりの妊娠を最後までやり遂げてみたら、たまたま女で、育ててみたら、その子はその子だった。娘が女であることについて、嫌だとも困ったとも考えたことがない。だいぶ振りまわしたが、振りまわされもした。育つ苦しみには、私が母だったという理由もあっただろうが、ちゃんと生き延びたし、やがて育って離れていった。このまま会わなくてもいいのかもしれない。これなら別に恐怖するまでもない。娘の母になったらという恐怖も、もしやミソジニーがこねくり回されてつくり上げられたものだったんじゃないかと考えたことがある」

上野 これは、私に対する挑戦だと。

伊藤 (笑)見破られましたね。

上野 だから、ここでちゃんとお答えしようと思って。はい、その通りです。ミソジニーの効果だと思います。産まない女って、すぐに「エゴイスト」と揶揄されますが、産まない女のエゴイズムと、産んだ女のエゴイズムと、どちらがより大きいか。あるとき産んだことのある女友達に質問したら、彼女はカラカラと笑って、「そりゃ、産んだ女のエゴイズムのほうがずっと大きいに決まってるわよ」と言ったのよ。その通りだと思う。そう考えると、産むことを選択したおふたりは、生命体として私よりもずっと強い。私はこうやって遺伝子も残さずに消えていくだけですから。

伊藤 今のコンテクストで「エゴイズム」ってなんですか。

上野 自己愛ですよ。今回の打ち合わせのメールのやりとりで、このトークイベントを書籍化したいと言う編集者に対し、私が「欲を出さないように」と伝えたら、比呂美さんは「いや、欲出しましょうよ」って。やっぱりすごいよね、比呂美さんのエゴイズムは(笑)。

伊藤 えっ、あれは観客を増やそうということじゃなかったの? だって観客は多いほうがいいでしょう? これもエゴイズム?

上野 はい、欲の強さはエゴイズムのあらわれです(笑)。

※続きは、『限界から始まる、人生の紆余曲折について』をご覧ください。

目次

  • 因縁が深い3人
  • 上野千鶴子が中国でウケる理由
  • 「上野千鶴子ラインから、伊藤比呂美ラインに鞍替えしました」
  • 産む女のエゴイズム
  • 「売り物としての身体」が「生殖としての身体」に変わるとき
  • 自分とは違う「子ども」という存在
  • 「産まない人生」を選んだつもりが……
  • 語りたがる産む女、産まない女の意外な役割
  • 「父親より母親のほうが面白い」と娘に思わせる母の陰謀
  • それぞれの結婚の理由
  • パートナーに自分の本を読ませるか問題
  • 伊藤比呂美が語る「看取りの快感」
  • 上野千鶴子の結婚に安堵した人たち
  • 一流になれないから二兎を追う
  • 性における嗜好性の不均衡と陳腐さ
  • 支配する母親とどう折り合いをつけるか
  • 「子どもより親が大事」と言い切りたい
  • 「あたしはあたし」と思うのがフェミニズム
  • 人生はそもそも想定外なもの

関連書籍

上野千鶴子/鈴木涼美/伊藤比呂美『限界から始まる、人生の紆余曲折について』

「死ぬ男を看取るって、本当に面白かった。ねえ、上野さん?」(伊藤) 「私も看取ったけど、面白かったとは言えないわね」(上野) 「結婚をめぐる葛藤はほとんどありませんでした」(鈴木) 単行本『往復書簡 限界から始まる』の文庫化を記念した、著者の上野千鶴子さん、鈴木涼美さん、文庫版の解説を担当した伊藤比呂美さんによる鼎談イベント「限界から始まる、人生の紆余曲折について」。因縁の深い3人が鋭く突っ込み、笑い、称えあいながら、それぞれの「想定外の人生」を語り合いました。上野千鶴子の「結婚」に安堵した人たち、鈴木涼美が「産む女」になった理由、伊藤比呂美の「看取り」の快感――。愛と勇気と希望に満ちた2時間のトークを電子書籍化。

上野千鶴子/鈴木涼美『往復書簡 限界から始まる』

「上野さんはなぜ、男に絶望せずにいられるのですか?」「しょせん男なんてと言う気はありません」。女の新しい道を作った稀代のフェミニストと、その道で女の自由を満喫した気鋭の作家。「女の身体は資本か、負債か」「娘を幸せにするのは知的な母か、愚かな母か」――。自らの迷いを赤裸々に明かしながら人生に新たな視点と光をもたらす書簡集。

上野千鶴子/宮台真司/鈴木涼美『「制服少女たちのその後」を語る』

2021年8月26日に宮台真司さんをゲストにお迎えして開催した、『往復書簡 限界から始まる』(上野千鶴子さん×鈴木涼美さん著)刊行記念トークイベントを電子書籍化。宮台さんが援交少女たちへの責任を感じるに至った変容、女子高生という記号に欲情し、いまなお自己愛にとらわれたままの男性への上野さんの厳しい指摘、制服少女だったときの気持ちを否定しない鈴木さん。性を正しく使い、愛へと向かうことはいかに可能か――?  時代の証言者たちが集った緊張感みなぎる2時間をテキスト化してお届けいたします。

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往復書簡 限界から始まる

7月7日発売『往復書簡 限界から始まる』について

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伊藤比呂美

詩人。1955年東京都生まれ。78年に『草木の空』でデビュー、80年代の女性詩ブームを牽引。結婚、出産を経て97年に渡米。詩作のほか小説、エッセイ、人生相談など幅広い創作活動を行っている。『河原荒草』で高見順賞、『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞・紫式部賞を受賞したほか、『道行きや』で熊日文学賞を受賞。その他『切腹考』『良いおっぱい 悪いおっぱい〔完全版〕』『女の絶望』『女の一生』『いつか死ぬ、それまで生きる わたしのお経』『森林通信』など著書多数。(写真撮影:吉原洋一)

上野千鶴子

社会学者・立命館大学特別招聘教授・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。1948年富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了、平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経る。1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年から2011年3月まで、東京大学大学院人文社会系研究科教授。2011年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門は女性学、ジェンダー研究。『上野千鶴子が文学を社会学する』、『差異の政治学』、『おひとりさまの老後』、『女ぎらい』、『不惑のフェミニズム』、『ケアの社会学』、『女たちのサバイバル作戦』、『上野千鶴子の選憲論』、『発情装置 新版』、『上野千鶴子のサバイバル語録』など著書多数。

鈴木涼美

1983年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学卒。東京大学大学院修士課程修了。小説『ギフテッド』が第167回芥川賞候補、『グレイスレス』が第168回芥川賞候補。著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『愛と子宮に花束を 夜のオネエサンの母娘論』『おじさんメモリアル』『ニッポンのおじさん』『往復書簡 限界から始まる』(共著)『娼婦の本棚』『8cmヒールのニュースショー』『「AV女優」の社会学 増補新版』『浮き身』などがある。

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