父親の介護のため任天堂株式会社を退社し、独立。ゲーム、漫画、お菓子から格闘技まで様々なコンテンツのブランディングを手がけるクリエイティブディレクターが自身の仕事術をまとめた『愛されるデザイン』より、試し読みをお届けします。
* * *
プレゼントを選ぶことも「デザイン」だ
デザインは、複数の選択肢から最適なものを選び続ける行為である
前作『勝てるデザイン』にて、僕はデザインをこう定義づけました。メールの言葉選びも、仕事の順番を決めるのも、今日着ていく服を決めるのも、大切な人へのプレゼントを選ぶことも全部デザインなのです。
この定義で考えると、デザインの仕事におけるデザイナーの役割は、プロジェクトにおける目的達成のために、選択肢を増やし、最適なものを選び続けることです。もちろん、デザイナーの中でも作家性が高い方がいらっしゃいますし、それを否定する気持ちは全くありません。しかし、デザインとは? デザイナーとは? と突き詰めて考えると、デザイナーとアーティストでは、求められていることや役割が全く違うと思います。
本項では、作家性に頼らない企画寄りのデザイナーとして、僕なりの生存戦略を書いてみようと思います。
作家性=好き嫌いで判断される
アーティストとは、作家性が高く、芸術を作る仕事です。芸術は、人の心を豊かにしてくれます。時にビジネスにも影響を与えます。
対して、デザイナーが作るものは、依頼主のビジネスに貢献するものであるべきだと考えます。その目的の中で、作家性の高い芸術的な表現を用いることもあるかもしれません。そういう作家性が強い仕事はどうしても「好き嫌い」に左右される部分があります。もちろん最初からそのデザイナーの作家性に期待しての仕事であれば、全く問題ありません。
「好き嫌いで選んだっていいじゃないか?」、そういう意見もありそうです。確かにそれも一つの選び方ではあります。しかし、ビジネスにおいてのデザインは、大抵それなりの予算をかけて依頼するものですし、デザインを依頼する目的があるはずで、そのためのデザインです。
好き嫌いというのは、個人差がありますし、何よりも芯がないのでブレます。ということは、目的を達成するデザインになりにくいのです。
好き嫌いに頼らないデザインの選び方は、ブレない、あらゆる層にリーチ可能という意味で強いのではないかと思います。その証拠に、僕、そして僕の会社NASUのデザインは、ゲーム、漫画、お菓子から格闘技までコンテンツの振り幅がかなり広いです。
作家性に頼らないデザインとは?
僕のデザインを知ってくださっている方なら、前田高志、あるいはNASU=ドット絵と覚えてくださっている方も多いのではないでしょうか?「粗ドット」という独自のドット絵を考案し、それが僕のコミュニティで作ったドット絵ダウンロードサイト「DOTOWN」につながっていますし、遡ると、任天堂で働いていたという僕の経歴も相まって、そういうイメージが強いのだと思います。
あとは、ポップでカラフル、どことなくかわいいもの。依頼の目的に合っていることが前提条件ではありますが、そういう傾向が強いのは僕の個性がにじみ出ているのだと思います。
しかし、これらのイメージとはかけ離れているデザインもたくさんあります。
企業のブランディングもしますし、行政関係の冊子などフォーマルなものをご依頼いただくこともあります。媒体も書籍のエディトリアルデザイン、装丁、広告、パッケージデザイン、ロゴデザイン、ボードゲームのデザイン、アパレルデザイン、Webデザインなど多岐にわたります。基本的には、個性は出さず、むしろ殺すくらいのつもりでデザインしています。
徹底的に本質を突いたコンセプトを洗い出す
例えばこれ。亀田製菓の新商品「じゃがごたえ」のパッケージデザインをしました。じゃがいもの美味しさ、そして亀田製菓と言えば米菓です。その二つの美味しさを合わせた“ザクゴロ食感”が特徴のお菓子です。「美味しそう」「食べてみたい」と思ってもらえるデザインを目指しました。
「デザイン経営」(経済産業省・特許庁が提示)の認知拡大を目指した冊子のデザインを担当しました。デザイン経営は、企業を取り巻く環境変化に対応しつつ、自社らしさを基点に製品開発や仲間づくりなどを行うもので、実践する企業も増えてきています。さらに多くの中小企業にデザイン経営に取り組んでもらえるよう、当初は、それこそNASUの遊び心マインドで楽しく面白くデザイン経営を知ってもらう案を考えましたが、専門家のみなさまとの調整の結果、もう少しフォーマルなものを目指すことになりました。
狙いとしては「大人のための教科書」と定め、読みやすい、読んでいてしんどくない冊子で、デザイン経営のハードルを下げるためにこのようなデザインになりました。
アクセサリーブランドのデザインもあります。ご依頼いただいたROZILICAロジリカさんは、主にECサイトでアクセサリーを販売しておられます。実は現在進行形でリブランディング中なのですが、リブランディングに入る前に、現在あるプロダクトを売り出したいとの狙いでプレーンなイメージでロゴをリファインしました。
PR会社サニーサイドアップさんが運営する「SDGs MAGAZINE」というメディアの、コンセプト設計とデザインをしました。街中で見かけることが増えてきたSDGsは、貧困、不平等・格差、気候変動による影響など、世界の様々な問題を根本的に解決するために設定した17の目標を2030年までに達成していこうという世界共通の取り組みです。
ちなみに僕の会社も、デザインをお茶の間に広げるという切り口でSDGs宣言をしています。
SDGsという言葉や、17の目標を示したカラフルな色自体は、あらゆる場所で目にするようになってきたので、世の中に浸透していると思います。しかし、その目標の期限が2030年であることをみなさん知っていますか? 2030年って、割とすぐじゃないですか。SDGsの言葉やデザイン自体は目にする機会が増えたけれど、増えてきたにすぎない。もっと急がないと目標は達成できないでしょうから、悠長にしていられません。
そこでSDGsをただ知るだけでなく行動を促すために「SDGsを煽るメディア」というコンセプト「Act for 2030: Our future Our goal」のタグラインを定め、SDGsのロゴとセットにしたデザインにすることで、ジャーナリズム性を高め、SDGsを推進するデザインにしました。
僕の会社NASUで「Design-1 Grand Prix(デザインワングランプリ)」という新しいデザインアワードを立ち上げました。
Design-1 Grand Prixでは、現在あるアワードを受賞するような大きな仕事をしているデザイナーではなく、リアルな現場で活躍しているデザイナーたちに光を当てることを目的としています。
このDesign-1 Grand Prixは、お笑いのM-1グランプリぐらい日本文化に残るものとして育てて、デザイン業界を盛り上げたいと思っています。というわけで、デザインはセンスと格式のある雰囲気を出しつつ、高尚すぎないものを目指しました。
という具合にこれらは、ある意味僕やNASUっぽくないデザインだと思います。僕らの目指すところは、プロジェクトの目的を達成し、ビジネスに貢献するデザインをすることなのでそれでいいのです。むしろ、だからこそ幅広いデザインをお受けすることができていると思います。なぜそれが可能なのか? それは好き嫌いによるところの作家性に頼った仕事をしていないからです。
好みではなく、コンセプト。コンセプトとは、つまり、プロジェクトの柱となる背骨のようなものです。徹底的にコンセプトを洗い出し、磨く。そこからデザインするので、あらゆるジャンルのデザインに対応できるのです。
デザイナーは、ブレない思考の背骨を持て。それが、言葉の意味から考えた本来のデザインであり、デザイナーの役割ではないかと考えています。
* * *
前田高志さん率いるデザイン会社・NASUが主催するデザインコンペ「Design-1グランプリ」が現在作品を募集中です。応募〆切は10月27日。詳しくはhttps://design-1gp.com/
愛されるデザイン
「デザインだけじゃない、これは人生の話だ」てぃ先生(保育士)
すべてのビジネスパーソンに効く仕事術!感動のロングセラー『勝てるデザイン』の続編!ゲーム、漫画、お菓子からBreakingDownまでを手掛ける超人気デザイナー・前田高志の全思考術・仕事術がここに!!!