1. Home
  2. 生き方
  3. 私は演劇に沼っている
  4. 出演者との距離感とリスペクト

私は演劇に沼っている

2024.10.26 公開 ポスト

出演者との距離感とリスペクト私オム(脚本・演出家)

前回の記事で書いていた「月農」という作品が先日千秋楽を迎え、無事公演を終えた。

稽古が始まってから千秋楽を終えるまで、日に日に役者たちに疲労が蓄積されていくのを感じていた。体力的な疲労というよりも、精神的な疲労。心がすり減っているような感覚を私は見た。

1人の女性の死をキッカケに存在を消したい男の物語であった。激しいアクションがあるわけでもない淡々と自分の心と向き合う会話劇。心が疲れるのは至極当然だ。

 

主人公の津久井という役を演じた和田雅成はとことん役と向き合い、演じきった。私は彼の心を存分に使わせていただき津久井という人物を具現化した。いや、彼が具現化していくのを見守ったという方が合っているかもしれない。

津久井という役を産み出したのは私だが、津久井に血を通わせたのは間違いなく和田雅成だ。

今回は作品を背負い、心を削ってくれた和田雅成について書きたいと思う。

直接的に彼にお礼や労いの言葉を掛けることは何度もしたが、なかなか言い切れないのである。照れなのか、何かの間に話すには時間が足りない…。

千秋楽後に彼と別れる際に、背中をさすって「ご苦労さんご苦労さん」とボソボソと言うことしかできなかった。それを彼は聞こえているのかいないのか、背中をさする私を感じている雰囲気ではあるが、他の共演者と別れの挨拶をしていた。

彼と私は不思議な距離感である。数年前にプライベートで知り合い、食事をしたりカードゲームをしたりと遊ぶことが年に数回ある程度であった。彼と会った回数は30回にも満たないだろう。彼が出演した作品に観劇に行った後の面会や、私の作品を観劇に来てくれた後の面会を含めての回数なので、とても少ないと感じている。

決して友人ではなく、先輩後輩というわけでもない。今は同じ事務所に所属しているが、事務所の仲間というわけでもない。

 

私と和田雅成の関係性がどんなものかというと「私と和田雅成」と括るしか当てはまる言葉がない。

その関係性が愛おしくて、私の人生にとって大切な存在である。

(私と和田さん[中央]。そして我々にとって必要不可欠な宮下さん)

彼との関係を現しているなと思った出来事が昨年あった。

それはとある企画で私がグランプリになった時であった。浮かれていた私はお世話になった人と酒を飲んでいた。

すると携帯電話に着信があり画面を見ると、「和田雅成」と表示されていた。彼から電話が掛かってきたことはこれまでにない。そもそも数ヶ月会っておらず、2人で連絡を取り合うことは滅多にないことであった。

私は何事かと慌てて電話に出た。

すると彼は「グランプリおめでとう」と伝えてくれた。それ以外の用事は何もなく、ただ伝えたかっただけとのことだった。

私は拍子抜けしたのと同時に、彼の大切にしているものに感銘を受けた。伝えたい想いはしっかりと伝える。どれだけ会っていようと会ってなかろうと、彼には関係はないのだと思った。相手の状況を気にかけている。私たちはそれでいいのだと思った。

そして彼との関係は刺激的である。彼はとても優しくて人の気持ちを考えて行動する人間だと感じている。どんな些細なことにも感謝の言葉は必ず言うし、食事をするときには必ず「いただきます」と言っている。私は楽屋で彼が1人で弁当を食べる時に、大きな声で「いただきます」と言ったのを目撃した。当たり前のことなのだろうが、当たり前のことを当たり前にできる人は偉大だ。

きっと、懐に飛び込み甘えれば受け止めてくれる。自分の至らない部分を許してくれる。

甘えて相談すれば起こった問題は解決するだろう。

しかし私は彼の目を見ると踏みとどまる。どんな時も目の奥には闘志のような何かが漲っている。彼は常に何かと戦っている。ボーッと生きている私では考えつかない「なにか」とだ。

そんな彼に甘えてはいけないと思う。

彼にその「なにか」に勝ってほしいと心から思うし、私も自分の中にある何かに勝たなければならない。私の「なにか」はまだ見つかっておらず、まず見つけるところから始めないといけないのだが…。

とにかく、そんな刺激を与えてくれる彼を私は尊敬している。

まあ、カッコをつけて目を見ると踏みとどまるなんて言っているが、共に作品を作っている時に無意識に私から溢れ出た至らなさを彼が拾ってくれたことは沢山ありましたよ、ええ。

また彼と共に作品を作りたい。

それがいつなのかは、友達でない彼とは気軽に約束をしない。

様々な環境が整い、また巡り合うことを信じている。

その時が来るまでは、手巻き寿司をしてカードゲームをしながら、楽しいことや面白いと思うもの、カッコいいことダサいことを共有しながら、彼と過ごしたいと思う。

{ この記事をシェアする }

私は演劇に沼っている

脚本家、演出家として活動中の私オム(わたしおむ)。昨年末に行われた「演劇ドラフトグランプリ2023」では、脚本・演出を担当した「こいの壕」が優勝し、いま注目を集めている演劇人の一人である。

21歳で大阪から上京し、ふとしたきっかけで足を踏み入れた演劇の世界にどっぷりハマってしまった私オムが、執筆と舞台稽古漬けの日々を綴る新連載スタート!

バックナンバー

私オム 脚本・演出家

1989年生まれ。大阪府出身。代表作は女優の水野美紀氏との共同演出作品「されど、」や映画製作予定の「忘華~ぼけ~」や朗読劇「探偵ガリレオ」などがある。身近に感じる日常にドラマを生み出し、笑いを挟み込みながら会話劇で展開する作風は各テレビ局関係者からの評価も高い。また、10代の頃から国内や海外を放浪していた経験を持ち、様々な角度から人物を描き、人間の悩みや苦悩葛藤を経ての成長に至る描写を得意とする。近年では原作のある作品の脚本演出のオファーが相次いでいる中、自身のオリジナル作品の上演を定期的に行い、多くの関係者が観劇に訪れている。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP