会社の人間関係だからこその相性の良さ
怒涛の夏が終わり、虚脱な秋がはじまった。
会社的には上半期が終わった、という状況。嬉しいことも悲しいことも辛いことも等分に起きた、相も変わらず充実した6か月であった。お疲れ様、自分。
そしてハイライトが、3年半一緒に働いた上司が異動になったこと。
「まさかこのタイミングで?」という驚きで心身共にフリーズしてしまい、忙しさも相まってとにかく無心で働いていたらいつの間にか最終日。はたと意識を取り戻すと、上司は夕礼で離任の挨拶をしていた。いつも小さい声でささやくようにしか話さないくせに、なんだよこんなちゃんと声出せるのかよ、普段からやれ。節電すんな。
口を開けば悪態しか出てこないが、私はこの人のことを心底尊敬している。優しくて穏やかで聡明で、テンションがいつも低位安定。そして若干、壊れたロボットみを感じる不感症体質。業界歴が異様に長く、何を聞いてもAIのように答えを導き出す「親切な知識の泉」として、私を含む部下たちから信奉されていた。
私はとにかくこの上司に懐いていて、席替えがあっても必ず隣の席を希望したし、何かあるたびに長々と相談を持ち掛け、毎日まとわりついていた。「梅津さんはMさんが好きすぎる」と後輩たちにも笑われていたくらい。
はたからみたら上司と私はまったく違うタイプだと思う。「Mさん(上司)と梅津さんって、学校で同じクラスにいたら別のグループにいた感じですよね」なんて言われることもあった。確かにそうかもと思わなくもないが、これが「職場の同僚」という関係性の面白いところ。会社の人間関係においては、友人や恋人としての“相性”とはまた違うコンビネーションが発生しうる。
私たちは、根底にある正義感とか緩急のバランス感覚はかなり近いものがあった。その上で、表出するキャラクターが違うというある意味良いコンビだったと思う。営業したり交渉したり社内政治したりするにあたって、カタチは違えどかみあったパズルのように役割分担できる仲間は貴重だ。私はとても恵まれていた。だからMさん、行かないでよ……。ただただ悲しい。
やっと感情が追いついてきたところで、最近読んで「これMさんだ」と笑ってしまった本と、そこから連想した本たちを紹介する。
精神科医の尾久守侑さんが言う“倫理的なサイコパス”は、もしかしたら理想の社会人像かもしれない。……いや、違うかもしれない。「人間は、一回壊れてからが勝負」という古の呪いの言葉も聞こえてくる。思考は続く。
『倫理的なサイコパス-ある精神科医の思索 』(尾久守侑/晶文社)
“サイコパス”的に考えることがお仕事としては必要としても、“サイコパス”的に考えたことで、切り捨ててしまったかもしれない部分をもう一度検討し直せる“倫理的なサイコパス”に私はなりたい。――『倫理的なサイコパス―ある精神科医の思索』より
精神科医として臨床の現場に立ちながら日々感じている葛藤と思索を綴ったエッセイ。詩人としても活動している尾久さんの等身大なユーモアに、思わずクスリと笑わせられる。そしてクスリとした次の瞬間、シリアスな精神科のリアルも突きつけられ……。医者としてどうこの「場」にいるかを試行錯誤する尾久さん。この緩急こそまさに「サイコパス」的なのかもしれない。
『心はどこへ消えた? 』(東畑開人/文藝春秋)
心とはごくごく個人的で、内面的で、プライベートなものだ。それはあらゆるものを否定した後にそれでも残されるものなのだ。心は旅の始まりではなく、終わりに見つかる。――『心はどこへ消えた?』より
現代を生きる、市井の人の心の問題について語らせたら当代随一。臨床心理士の東畑開人さんがコロナ禍に書いていたエッセイをまとめた一冊。コロナ禍という「大きな物語」に絡み取られた私たちが徐々に失っていった「ごく個人的な、小さな物語」。小さな物語にこそ心の居場所があったのだと逆説的に気づいた先に、「心はどこへ消えた?」という問いが登場する。
『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱 』(高殿円/早川書房)
彼女こそここにいながらどこか浮世離れしていた現実感がうすい。
(どうしてだろう。彼女はたしかにここにいるのに)
人工心臓を持っているからだろうか。皆が言うように心がない“シャーリー・アンドロイド”だから?――『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』より
『トッカン!』や『上流階級』シリーズ等、映像化作品も多いエンタメ作家・高殿円さんによる、シャーロック・ホームズの性別変換パスティーシュ。人工心臓で生きる美貌の麗人シャーリー・ホームズとアフガン帰りで恋愛体質のジョー・ワトソンのコンビが、現代ロンドンの街を駆け巡る。シャーリーは「僕には心がない」が口癖の冷血漢だが、ジョーとの交流で少しずつ変化が……? 高知能サイコパスと人間をいったりきたりするキャラクターが沼を感じる魅力を放つ。
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