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白紙を歩く

2024.10.28 公開 ポスト

#6 真夏日の放課後、ブックカフェを訪れる17歳の女子高生たち鯨井あめ(作家)

先週発売された鯨井あめさんの新刊『白紙を歩く』は女子高生2人のダブル主人公でお届けする青春物語です。

前回、類に誘われてブックカフェに行くことになった風香。本日はブックカフェの様子を風香目線でお届けします。(はじめから読みたい方はこちら

*   *   *

職員室に鍵を返して、校舎を出る。真夏の陽射しに、明戸さんは折り畳みの日傘を差した。日傘を忘れたわたしは、目元に手をかざして影を作る。腕がじりじり焼けていく。湿度と気温が下がる気配はない。朝に塗った日焼け止め、落ちてしまったかも。塗り直したくても、予備は部活用バッグのなかだ。

「こっち」と言われて、普段は使わない道を、明戸さんについていく。駅と反対方向だ。知らないお店がたくさんある。信号に引っ掛かるたび、明戸さんはスマホを取り出している。逃げ水の見えるアスファルトを黙々と進むこと、三十分。坂道を上った住宅街の一角にたどり着いた。そこには三階建ての小さな家があった。家の一階部分は半地下になっていて、木製のドアにはプレートがかかっている。『ブックカフェ・アトガキ』。開店時間は十三時半から十九時まで。定休日は火曜。

「アトガキって、本の?」

「そう。店主が、定年退職して始めたお店。そろそろ人生のあとがきでも書くか、って」

「おしゃれな理由だね」

来た道を振り返ると、坂の下に街が広がっていた。繁華街と駅を越えた先には、右から左へ流れる大きな川と、アスファルトの敷かれた堤防も見える。

半地下の入り口へと階段を下りて、明戸さんがドアを開けると、カランカランとベルの音が鳴った。わたしの背後でドアが閉まるときも、同じ音が鳴る。冷房の涼しさに全身が包まれて、ほうと息を吐いた。

「いらっしゃいませ」と、エプロンを着けた男の人が、カウンターの内側で言った。黒色の短髪で、細身の体格だ。持っていた文庫本を閉じて、座ったまま「おかえり」と言い直す。たぶん、店員さん。他にお客さんらしき人はいない。

明戸さんが言う。「織合さん、また店番?」

男の店員さんが答える。「これは間借りの対価」

「あっそ。定本さん、この人は織合慎さん。ここに入り浸ってる社会人。二十代後半。で、こっちは定本風香さん。陸上の人」それぞれを紹介した明戸さんが、通学鞄をカウンター席に置く。「定本さん、そこ、座って」

わたしは通学鞄を足元に置き、明戸さんの鞄を挟んで隣に座った。

明るくて狭いお店だった。テーブル席が三つと、カウンター席が五つ。カウンターと反対の壁が一面本棚になっていて、サイズの異なる本がずらりと並んでいる。調度品の色合いは古そうで、大人っぽい純喫茶といまっぽい喫茶店の中間の雰囲気だ。

「何か飲みます?」と織合さん。身長はわたしと同じくらいだろう。メニュー表を手放すように置く仕草に、性格を感じる。

「じゃあ、カフェラテで」こういう場所では、カフェラテが似合っている気がした。

「この暑いのに、よく熱いの飲むね」明戸さんがノートパソコンを取り出しながら言った。「あたしアイスティー」

織合さんが片手を振る。「自分で淹れろ。出来合いをグラスに注ぐだけだろ」

「ちっ。みえこさんに言いつけてやる」明戸さんが席を立ち、カウンター内に入った。

カウンターの奥に続く小部屋は、キッチンらしい。カーテンの隙間から小ぶりの冷蔵庫が覗いている。そこからピッチャーを取り出した明戸さんは、背の高いグラスに四角い氷を入れてから、紅茶を注いだ。

織合さんは、カチャリ、ザラザラ、とカウンターの端でコーヒー豆を準備している。やがてゴリゴリとミルにかける音がした。

*   *   *

『ブックカフェ・アトガキ』に初めて足を踏み入れた風香。この場所は今後の2人に大きな影響を与えていきます。続きが気になる方はこちら!

関連書籍

鯨井あめ『白紙を歩く』

天才ランナーと小説家志望。人生の分岐路で交差する2人の女子高生の友情物語。 ただ、走っていた。 ただ、書いていた。 君に出会うまでは――。 立ち止まった時間も、言い合った時間も、無力さを感じた時間も。無駄だと感じていたすべての時間を掬い上げる長編小説。 「あなたをモデルに、小説を書いてもいい?」 ケガをきっかけに自分には“走る理由”がないことに気付いた陸上部のエース、定本風香。「物語は人を救う」と信じている小説家志望の明戸類。梅雨明けの司書室で2人は出会った。 付かず離れずの距離感を保ちながら同じ時間を過ごしていくうちに「自分と陸上」「自分と小説」に真剣に向き合うようになっていく風香と類。性格も好きなことも正反対。だけど、君と出会わなければ気付けなかったことがある。 ハッピーでもバッドでもない、でも決して無駄にはできない青春がここに“在る”。

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白紙を歩く

天才ランナーと小説家志望。人生の分岐点で交差する2人の女子高生の友情物語。

ただ、走っていた。ただ、書いていた。君に出会うまでは――。

立ち止まった時間も、言い合った時間も、無力さを感じた時間も。無駄だと感じていたすべての時間を掬い上げる長編小説。

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鯨井あめ 作家

1998年生まれ。兵庫県豊岡市出身。兵庫県在住。2015年より小説サイトに短編・長編の投稿を開始。2017年に『文学フリマ短編小説賞』優秀賞を受賞。2020年、第14回小説現代長編新人賞受賞作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』(講談社)でデビュー。他の著書に『アイアムマイヒーロー!』『きらめきを落としても』『沙を噛め、肺魚』(いずれも講談社)がある。

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