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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2024.10.28 公開 ポスト

子キャット様への未練から考える推しの熱愛報道についてカレー沢薫

回、前々回と突然我が家にやってきた子猫の話をしたが、他の連載でもことあるごとに子猫の話をしており、Xでも子猫の話をし続けているし、今まさに子猫の話をはじめようとしている。

経緯を知らない者が見たら、10年以上連れ添った猫がいなくなってしまい患ってしまった人に見えるかもしれないが、子猫がうちにいたのは「3日」である。

3日でここまで発症してしまう人間は猫を飼うには向いてないのでこれで良かったとはおもうのだが、それにしても未練なのである。

よって、私に子猫という覚せい剤を3日も摂取させた戦犯である夫に「今子猫はどうしてるの?」と、知り合いづてに元カノの近況を探るキショキショマンみたいな質問を定期的にしているのだが、どうやら元々の保護主がそのまま飼っているようである。

子猫にとって定住先が決まるのは良いことだ、しかし3日子猫に仕えた者として、それが子猫に相応しい飼い主なのかが気になっている。

もし勤め人かつ一人暮らしであれば、日中猫は1人になってしまうし、仮に誰かいたとしても私以上に家から1歩も出ない奴はこの世の存在しないのだ。

何か起こった時にすぐ動ける私の方が猫にとっても良いだろうし、そもそもどんな環境で暮らしているのか、法定耐震強度を無視した土壁の家に住んでいるのではなかろうかと心配でならない。

そもそも私のような様子のおかしい人間に3日も愛猫を預ける時点で危機管理能力に欠けている、そんなことでこの腐敗した世界から猫というゴッズチャイルドを守ることができるのか。

そういった子猫の現状に対する心配を吐露すると、確かに預け先を完全にミスったことは擁護のしようがないが、憶測で他人をディスるのはやめろと言われる。

確かにそうなのだが、自分で飼うことが叶わぬならせめて相応しい人間に飼われてほしいと願うのは当然だろう。

これは、推しの結婚や熱愛報道を受けた時の心理に近いような気がする。

大谷選手が結婚を発表し、その相手が判明した時「これには世間も納得」みたいな反応をされていたが、そもそも我々を納得させる必要などないのだ。

例え地元のビッチと出会って4秒で入籍し、その影響で顔面にタトゥーを入れたり、ユニフォーム上からでも乳首にピアスが入っているのがわかる状態になってしまったとしても、他人が文句を言える筋合いではない。

しかし、例えガチ恋でなくても、推しの結婚は微妙にショックであり「せめてこっちが納得せざるを得ない相手であってほしい」などと思い、モールス信号で匂わせをするようなバカとはつきあわないでくれと、勝手なことを言ってしまったりもする。

そう考えると、アイドルと結婚というのも大変そうである。

一般人であれば、他人が自分の夫や妻に対する好意を書きつらねていたり、自作アクスタとデートしている様をSNSにアップしていることに苦言を呈し、やめさせようとしても良いかもしれないが、アイドルのパートナーがファンに対し「気持ち悪いから私の夫の写真を飾ったり舐めたりしないでください」と言ったら大炎上だろう。

つまり、個人的には自分のパートナーだが、業務上は「みんなのもの」であることを認めなければいけないのである。

その理屈でいうと「猫」は、宇宙の宝であり共有財産である。

飼い主は一時的に宇宙から猫を預かっているにすぎない。

つまり私にいつまでも他人の猫の話をするなというのは「空に輝く星々を眺めるな」と言っているようなものであり、それを止める権利は誰にもないのだ。

逆に猫を飼っている人は、ファンが10億人いるアイドルと結婚したようなものなので、日々を油断なくすごしてほしい。

ただ、私は猫を飼っている人間を羨ましいとは思っているが、悪い意味で妬んでいるわけではない、むしろ他人の不幸ソムリエである私が唯一不幸を願わないのが猫を飼っている人間である。

飼っている人間の不幸が飼われているおキャット様の不幸に直結しかねない、というのもあるが、動物を飼うという決断を下したこと自体に敬意を感じている。

動物を飼う前に、自分が最後まで責任をもって飼えるか否か熟考する必要があるのは当然だが、明日トラックに轢かれて死んだり異世界転生してしまう可能性がゼロでない以上100%大丈夫と言い切れはしないのだ。

結局この先何が起こるかはわからないし、全ての可能性を考えたら「やっぱりやめておこう」となってしまう。

つまり最終的に必要なのは「何があるかわからないが、何が起こってもペットのために何とかしてやる」と思える勇気と決断力である。

私が4日目の朝、子猫を持ち去ろうとする夫をぶん殴って止めることもできず、ただ未練を通算一万文字以上書き続けるような醜態をさらしているのは、この勇気と決断力、そして衝動性が足らなかったからと認めざるをえない。

よって予測不可能な未来への不安というハードルを飛び越えて猫を飼っている勇者のことは尊敬している。

だが、今そこにいる猫は所有物ではなく、宇宙からの一時預かりであることも忘れないでほしい。

そして私はそろそろ寝ようと思う。

 

関連書籍

カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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