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衰えません、死ぬまでは。

2024.11.02 公開 ポスト

第20話 運気がますます下がる 前半

仮に死後の世界があるとしても、天国や地獄ではないという確信が私にはある宮田珠己

働ける限界の年齢はいつなのか?体力的にいつまでやれるのか? 前回は、根源的な疑問を呈してしていた宮田さん。

*   *   *

還暦ともなると、そろそろ死ぬかもしれないから、この先は悔いのないように生きようと考えるのは、当然のことだろう。

たまにSNSで〈死ぬときに後悔する10のこと〉みたいなネタが流れてきて、そこには、会いたい人に会いに行けばよかったとか、仕事ばかりするんじゃなかったとか、もっと本当にやりたいことをやればよかったとか、面倒な付き合いなんて無理にしなくてもよかった、みたいな項目が列挙されている。

 

自分は死ぬとき何を悔やむだろうか。今のうちに予測して、先手を打ってその後悔を解消しておきたい。どんなふうに死ぬかわからないけれど、仮に明日病院のベッドで死ぬことを想像してみる。

(写真:宮田珠己)

家族がベッドの横にいて、もうすぐ死にそうな私をのぞきこんでいる。私は家族に何を伝えようとするだろう。話すのはこれで最後になるから、子どもたちがこれから生きていくために役立つ名言みたいなことが言いたいが思いつかない。何か深い話をしてから死にたい。最期のセリフを用意しておけばよかった。時間があったのに悔やまれる。ってそういう後悔じゃないな。もっと人生全体の話だ。

最初に思いつくのは、もっとチャレンジングに生きればよかったということだ。

どうせこうして死ぬのだから、人生イチかバチかの勝負をすればよかった。自分は社会人になるまで無難に生きてしまった。若いときから、たとえばサッカー選手を目指したりしてもよかったかもしれないし、結局物書きになるんだったら、もっと早くそれに焦点を絞って、若いうちからガンガン書いて書いて書きまくればよかったし、どうせなら絵も描いて漫画家を目指してもよかった。いや、それより宇宙とか文化人類学とか考古学とか水中生物学とかそういう何かの研究に没頭してもよかったかもしれない。もしかしたら映画俳優だって目指せばなれたかも。

だが、そんな後悔については今から挽回するのは難しそうだ。

会いたい人に会いに行けばよかったという点はどうか。考えてみたが、今会いたい人は誰だろう。すぐに出てこない。

(写真:宮田珠己)

では、もっと行きたい場所に行けばよかったとか、食べたいものを食べておけばよかったとか、そういうことも考えたが、何かしっくりこない。

しっくりこない理由を考えて、ふと思ったのは、自分は死ぬとき、怖くてそれどころではないのではないか、ということだ。死ぬことに比べたら人生の後悔なんて、たいしたことないのでは? それとも死を目前にしたら、もはやあきらめて怖くないのだろうか。人生を思い返すほどの余裕が出てくるのか。もしそうだとしても痛いのとか苦しいのはイヤだなあって、そんなことばかり考えてしまう。

文豪谷崎潤一郎は、死を楽しみにしていたと何かで読んだことがある。そんな境地になれるものならなってみたい。

ただその一方で、好奇心ならほんの少し私にもあるかもしれない。死んだらどうなるのか、長年の謎が解ける最初で最後の機会である。

死ぬ直前に幽体離脱したり、死後の世界があったりするのだろうか。臨死体験の話を読むと、死ぬ瞬間はすごく気持ちがいいとか、逆に寒くて怖いとか、いろんなことが書いてある。光がやってくるとか、トンネルをくぐるとか、川があるとか、先祖に会うとか。本当だろうか。

(写真:宮田珠己)

現代人の科学的な思考では、死後の世界などなく、死んだら無だと思いがちだ。私自身もそう思っているけれど、現代科学で解明できていないことはいくらでもある。われわれは宇宙がどうやってできたかほとんど知らないし、どこまで続いているかも、それがいつどうやって終わるのかも知らない。ならば、死んだ後どうなるか、完全な無と決めつけることはできないのかもしれない。

意識が神経のネットワーク上にあると考えるなら、肉体が滅びれば意識もなくなると思えるが、果してそれは本当か。幽霊なんていないと思っているけど、本当にいないのか。真実は誰も知らないのだった。

後悔という話からズレてきたが、もう少し続けると、仮に死後の世界があるとしても、天国や地獄ではないという確信が私にはある。そんなわかりやすい世界であるはずがない。犯した罪を地獄で償うなんて、そんな現世の倫理がそのまま当てはまるような人間臭い世界が続くとは思えない。悪いことをすると地獄へ行く? じゃあ悪いこととは何なのか。たとえば人殺しは罪だけど戦争で敵を殺すのはOKみたいな理屈はあの世にもあるのか、男女が不特定多数の相手と愛を交わすことは悪なのか善なのか。父母を敬えというが毒親でも敬わないとダメなのか。死後の世界にもポリコレはあるのか。正直、死後の世界サイドから見たらポリコレなんて知ったこっちゃないだろうと思う。

(写真:宮田珠己)

もし死後の世界に倫理があるとすれば、それは根本的に現世とはズレた、人間の頭ではちょっと思いつかないような異形の倫理、宇宙的な都合による、倫理とも呼べない物理なんじゃないだろうか。人情とか正義感なんて関係ないにちがいない。 話がどんどんそれていきそうなので、このへんで戻る。死ぬときに後悔しないよう生きたいという話がしたかったのだった。これからは時間も体力も減っていくわけだから、やり残したことを整理して、そこに時間もお金も体力も集中投下していきたいのだ。

ところがである。実際この歳になってみると、そううまくはいかなそうなことがわかってきた。目下、そのことで頭を抱えている。

というのは、やりたくもない諸々の問題が一気にわが身にふりかかってきそうなのだ。もう隠居してもいい年頃なのに、これからますます忙しくなりそうなのである。

先日妻に厳しく言われたのだった。

墓をなんとかしてほしいと。

墓? ああ……。

(後半に続く)

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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