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衰えません、死ぬまでは。

2024.11.03 公開 ポスト

第20話 運気がますます下がる 後半

日帰りできないほど遠い父の故郷に残された墓…。さて、どうしたものか。宮田珠己

死後の世界へ思いを馳せていたところ、妻から言われた一言。「墓をなんとかしてほしい」……。

*   *   *

そうなのである。昨今、墓問題で頭が痛いのである。

宮田家の墓は、今住んでいる東京の自宅からはるかに遠い、兵庫県の北のほうに位置する山間の小さな集落にある。そこが亡き父の故郷なのだ。父は成人して京阪神に働きに出、その後地元に戻ることはなかったから、後に生まれた息子の私はその地を知らず、今では親戚もいなくなって、ただ墓だけがある。

 
(写真:宮田珠己)

都会で働く地方出身者は多いけれど、たいてい地元に親か兄弟か親戚が住んでいる。しかし私の場合、母と弟はまた別のところにおり、墓だけが父の故郷にポツンと残ってしまっている。

すでに父が死んで四半世紀が過ぎ、墓参りも頻繁に行かなくなった。遠すぎるうえに、母はもうボケてしまって、父の顔も名前も覚えておらず、写真を見せても、この人が私の配偶者だった人? と逆に尋ねてくる始末で、妻には忘れられ墓は置き去りにされ、実にかわいそうな父なのであった。

かわいそうではあるが、そうはいっても墓はあまりに遠い。東京から日帰りはできず、その時間で外国に行けるぐらいだ。いったいそこは何なのか。自分は住んだこともなく、まして親類縁者もいないとなったら、たとえ親や祖父母の故郷であっても、もはや未知の土地だ。テラ・インコグニタと呼んでもいい。

墓をなんとかしてくれ、と妻が訴えるのはもっともな願いだ。たとえば私より先に妻や子どもが亡くなった場合、住んだこともなく親戚すらもいないあの土地に安らかに眠らせたいかというと、それはあまりにかわいそうである。私が結婚する前に父は亡くなっており、息子と娘は祖父の顔さえ知らない。自分や自分の家族が死後そこに入るイメージがまったく持てない。

そもそも先祖を大事にせよと言われても、私自身祖父母がどんな人で何を生業にしていたかも知らないほど「家」の意識が希薄である。先祖代々という言葉があるが、私は「代々」ではなく「代」ぐらいしか知らない。いや、親しか知らないのだからそれ以下かも。もはや先祖というより、祖先といったほうが近い気がする。墓も、墓より遺跡に近いのではないか。古代の庶民が埋葬されていた宮田遺跡。そんな宮田遺跡がポツンとはるか遠くにある。

(写真:宮田珠己)

似たような家は決して少なくないと思うが、地方から大都市に働きに出てきて今ではそっちを拠点に生きている家族にとって、田舎の墓は果していつまで求心力を持ち続けるものなのだろうか。

たとえば墓を近くに移すことを検討するとしても、一筋縄ではいかない。かかる費用や手間はひとまず置くとしてもだ。問題はどこに移せばいいのかということなのだ。今住んでいる家の近所が便利でいいかというと、そう簡単な話でもない。現在墓に入っている父や叔母、さらに私自身会ったこともない祖父母といった先祖の人たちにとって、縁もゆかりもない東京。そんな知らん場所に墓を移されて、先祖は納得するのかどうか。

仮に、東京に無理やり墓を移したとしても、今の悩みと同じようなことが下の世代で繰り返されることはないのか。

自分の子や孫が東京に住み続ける保証はない。どこかまた地方に拠点を移すかもしれないし、海外に移住する可能性だってある。孫の世代になって今度は東京の墓が負担になったりするかもしれない。

だったらもう、墓をやめて散骨すればいいのでは?

どこか海にでも撒いてもらえれば、私はそれでいい。それこそが将来に禍根を残さない一番有意義な解決策ではないだろうか。

もうそれにしよう。それで一件落着と思ったら、妻がそれには反対だという。自分は墓参りがしたいと。

おお、そんなにも私を愛しているのかといえばそういうことではなく、昔から墓参りが好きだったとのこと。

なんじゃそりゃ。そんな趣味ある?

故人を偲ぶための依代なら別に墓じゃなくても小さな仏壇でいいのでは? と私なんかは思うわけである。だってお墓の前で泣いてもそこに先祖はおらず、千の風になって大きな空を吹き渡っているというじゃないか。

(写真:宮田珠己)

それでも妻は、仏壇と墓は違うと主張する。お盆の頃の暑い日差しのなか、家族で墓地へお参りし、蝉の声を聞きながら故人の墓の前で静かに手を合わせる時間、あれが心落ち着くのだという。

そういうものか。んー、ではどうすればいいのか。

もう人生長くないのだから好きなことだけして生きていきたいのに、しかも時間や体力がみるみる失われていくのに、この段階でそんな手間のかかることで消耗したくない。

だが、墓だけでないのだ。ボケてしまった親の介護や、親亡き後の実家の片付けや処分など、夢でもないし、やりたいことでもなかった問題が一気に身に降りかかってくる予定だ。この期に及んで、やるべきことが無尽蔵なのである。なんというタイミングの悪さだろう。

思えば人生はいつも忙しかった。子どもが生まれた直後は、昼夜問わず2時間おきにミルクをやらねばならず、子どもが乳離れしても、学校でもめて呼び出されたり、PTAだの町内会だのやるべきことが次々にやってきて大変だった。けれども今思うと、その頃はまだよかった。子どもは未来に向かっていくので、期待感に満ちているからだ。それに対し還暦後にふりかかる諸問題には、期待感はまったくない。あるのは義務感だけ。ため息しか出ない。

と凹んでいた矢先、さらにため息の出る事件が起こった。

取材旅行に出かけている間に、昨今の異常気象なのか何なのか、私の住む街で突風が吹き荒れたのである。そのせいで近所の家の倉庫の屋根が吹き飛んで、私の家にドカッと突き刺さったと娘からラインが来た。

突き刺さった?

送られてきた写真を見ると、外壁に顔が突っ込めるぐらいの大きな穴が開いており、その中から断熱材がこぼれ出して内壁が見えていた。それだけではない。さらに窓のサッシも歪み、一部は破損してもげ、おまけにガス管まで凹んでいる。

えええええっ、何だこりゃ。

一瞬、現実とは思えなかった。

(写真:宮田珠己​​​​)

地震とか洪水とか竜巻とか土砂崩れとか、最近世界中で増えていて痛ましいことだと思っていたけど、まさか自分の家にどこかの倉庫の屋根が突き刺さるとは!

おまけに近所に雷も落ちたそうで、家に帰るとパソコンがクラッシュしていた。異臭がし、電源を入れてもうんともすんとも言わない。

いやいやいや、勘弁してほしい。

墓とか実家の問題以前に、今住んでる家がピンチである。とりいそぎガス会社を呼んでガス漏れのチェックをしてもらった。パソコンを修理に持っていくと、データが復元できるかどうかはなんとも言えませんと宣告され、泣きながら預けた。さらにこれから外壁と窓枠、ガス管の修理や火災保険の手続きとかいろいろやらないといけない。めんどくさいことが一気にやってきた。

どうしてこんなことに……。

いや、地震や台風の被災地の人の苦しみはこんなもんじゃない。うちなんてたいしたことない。

そう思いながらも、力が抜けてしまった。

私の運気は、上がるどころか、むしろ下がっているんじゃないだろうか。

(連載は「小説幻冬」でも掲載中です。次号もお楽しみに!)

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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