『夢みるかかとにご飯つぶ』でエッセイストデビューした清繭子の、どちらかといえば〈ご飯つぶ〉寄りな日々。
誰かにお土産を買えた日は
人に会う予定があって、駅までの道を歩いていた。今日は珍しく時間に余裕があって、いつも自転車で飛ばす道を、のんびりと歩いていた。
お豆屋さんの前で、向こうから来た二人連れが足を止めた。
半分閉まったシャッターと落とした照明。
「開いてるのかな」「ね、」 と覗きながら、結局勇気が出なかったのか、そのまま行ってしまった。
甘納豆が並べられている。ちょうど3つ。
その数に吸い込まれるように、気づいたら奥にむかって「 こんにちは、甘納豆3つください」と言っていた。
馴染みのおじさんが、「はい、領収書は?」 と聞いてくれる。「お願いします。三人にあげたいので一つ一つ袋に入れてくれますか」「はいはい!」 と、気の毒になるくらい大急ぎで用意してくれる。紙袋がなかなか開かず、バサッ、バサッと振り下ろす。
いつも電車が間に合わないというように、セカセカとした態度で注文するので、おじさんは急いでくれているのだ。
今日はゆっくりで大丈夫なんです……と言うべきか否か迷ってるうちに、領収書も3つの梱包も終わって、トレイにはお釣りまできっちりのっていた。
シャッターが半分しまっているのは、おそらく西日が豆に当たらないようにするためで、店主が店の奥にいるのは、奥に豆を炒る機械があるからで、ここのお店の人はとても親切だ。
ちなみに今日はおじさん一人だけど、いつもはおばさんもいて、おじいさんとおばあさんもいる。朝には豆を炒る芳ばしい匂いがするのですよ。
と、さっきの二人連れに説明したくなる。
甘納豆3つ。ぶらさげてまた駅まで歩く。お土産を持っていくつもりはなかったけれど、こうやって用意してみると、喜んでくれるかなあとワクワクしてくる。
甘納豆が嫌いな人もいるだろうか、あるいは糖分を控えないといけない病気の人とか。これから会う3人の顔を思い浮かべる。
まぁ、そしたら家族に持って帰るでしょう。家族に一人くらい甘納豆が好きな人もいるでしょう。
ここ数日、自分のことばかり考えてメソメソしていた。
こうやって、またおじさんの甘納豆をお土産に買い、誰かのことを、想う、というほど大した感じじゃなく、ちょっと考えることができたことに、回復を感じる。
ここの甘納豆、本当に美味しいんですよ
渡すときの文句を考えながら、電車に乗った。
夢みるかかとにご飯つぶ
好書好日連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。
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