「早く行きたいならひとりで行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」
天才投資家ウォーレン・バフェット、米国大統領夫人ヒラリー・クリントン、日本国首相岸田文雄が引用したことで有名なアフリカの諺です。
先日挑戦した人生初の山登りキャンプで決めたことがあります。
未だ見ぬ息子に、喪主挨拶で我が父はこのアフリカの諺が好きでして云々と言ってもらおうと。
死ぬまでにやりたいことリストの上位にエントリーしていた「山の上でキャンプをする」を実現すべく、富山県に座する立山連峰へ職場の同僚たちと向かいました。
立山黒部アルペンルートを辿り、雷鳥沢キャンプ場で一泊し、翌朝山頂でご来光を拝むというプランです。
今回のキャンプ地である雷鳥沢キャンプ場までは、バスやロープウェイを乗り継いで、比較的カンタンに到達できました。
担いできた肉を食し、渓流でキンキンに冷やしたビールを体内に流しこむ。山小屋の露天温泉で登山の疲れを吹き飛ばす。そして、星空を見上げ語らい、九時前にはテントに飛び込み就寝。
夢に見た標高2300mはある山腹での山キャンプは至福のひとときでした。
翌日は朝日を拝むべく、辺りは未だ真っ暗な午前三時から動き出します。
目指す頂上は2900mと、キャンプ地からさらに600mの高低差を一時間半かけて駆け上がります。
いざ登頂開始です。
ヘッドライトに照らされた急勾配の山道に辟易する。身体にへばりつくような霧雨に参る。ヒュコーヒュコーと情けない音が肺から漏れ、ハウルの動く城よろしくのっそのっそ山肌を登っていきます。
三十分ほど登った頃だったでしょうか。
水を飲もうとしてザックに手をやると、持ってきたはずの水のペットボトルがない。
終わった。
こうして山での事故が絶えないのだろう。
アラバスタのトトおじさんのごとく枯れ果てていると、仲間のひとりが水のペットボトルを1本分け与えてくれた。大袈裟でなく命の恩人である。
水分補給は完了。再び登り始めます。
しかし、体力の限界は近い。
一難去って、また一難。
自慢の白Tは雨と汗でぐっしょり。とてつもなく寒い。これが世に言う汗冷えか。体温がみるみる下がっていくのが分かります。
終わった。
こうして山での事故が絶えないのだろう。
メリー号を置いていくなら下船もやむなしと覚悟を決めたウソップのごとくここでリタイアかと目に涙を浮かべていると、仲間のひとりがウインドブレイカーを貸してくれた。大袈裟でなく命の恩人である。
辿り着いた頂上。
山の醍醐味である縦走をしようと仲間に手を引かれ、山頂から山頂へと稜線を歩いていきます。
そこに待っていたのは、まさにワンピース。
気分は海賊王。息呑む絶景。世界を見下ろし世界を獲った気なる己はルフィではなく、忌まわしき天竜人か。風子明媚な眺望の前ではもはやどっちでもいい。わちきは神ぞえ。
自分ひとりではこんなにも美しい景色を望むことはできませんでした。
「早く行きたいならひとりで行け。遠くへ行きたいならみんなと行け」。ひとりでは決して見ることのできない景色が、そこにはあります。