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どこでもいいからどこかへ行きたい

2024.11.09 公開 ポスト

会社を辞めたあと、90万円で熱海に別荘を買った話pha

このたび、第15回エキナカ書店大賞にphaさん著『どこでもいいからどこかへ行きたい』が選ばれました。ふらふらと移動することをすすめる本書より、受賞を記念に、抜粋記事をお届けします。また、11月29日(金)、よしたにさんとのトーク「中年が孤独と不安をこじらせないために」を開催します。ぜひご参加ください。

友達3人と、一人あたり30万円で手に入れた自分たちの城

「100万円で熱海に別荘が買えるので買おうぜ」とSが言った。

僕とSとHは京都で大学に通っていた頃によく集まっていた仲間だ。大学を出てからもときどき会っていて、その日は新宿あたりで3人で酒を飲んでいた。

Sが言うには、先日熱海に遊びに行ったとき、駅前の不動産屋で売値が100万円と書いてある物件の貼り紙を見つけたらしいのだ。

「何それ、事故物件じゃないの」

「わからん」

「一戸建て?」

「いや、マンションの一室」

「日本は人口が減って地方は過疎化してるからそんなものなのかもね」

「それにしても安すぎないか」

「しかも部屋で温泉が出るらしいぞ」

「おお」

「無限に温泉に入れる」

「これを買えば熱海に行ったときにもう旅館に泊まる必要はないわけだよ」

「すごい」

「いいね」

ちょうどそのとき僕は会社を辞めたばかりのニート状態で、働いていたときの貯金を切り崩しながら、東京や京都のゲストハウスやシェアハウスや友人の家を転々としながら暮らすという生活をしていた。

熱海には行ったことがないのでどんな場所かわからないけれど、住居が不安定な生活をしている者としては、いざというときに住める家があったら安心だ。気に入ったらそこにずっと住んでしまってもいい。これは結構いい話なのではないか。

とりあえずみんなで一度物件の見学に行こうということになった。2007年のことだった。

熱海駅に着くと、不動産屋のお姉さんが車で物件まで案内してくれた。

熱海駅からは徒歩15分。距離はそんなにないのだけど、物件は山の上のほうにあって、結構キツい坂を登っていかないといけない。

急斜面をぐねぐねと蛇行しながら登っていく坂を抜けると、そのマンションはあった。鉄筋コンクリート造りの4階建て。シンプルな感じの白い建物だ。建てられてからは40年ほど経っているらしい。

売りに出ている部屋は1階にあった。間取りは1DKで、6畳くらいのDKと、6畳の和室がある。どうももともとは管理人室だったのだけど、管理人がいなくなったので売りに出されているということらしい。

小さな部屋だけど、こざっぱりしていて悪い印象はなかった。おばあちゃんが一人で暮らしている団地の部屋、みたいな感じだ。

一人でのんびり滞在するにはこれくらいの広さがあれば十分だろう。ビジネスホテルなどに泊まるよりは格段に広い。

この物件の売りは風呂の蛇口から温泉が出ることだ。つまり、外に出なくても家のお風呂で温泉に入れるのだ。

さすが温泉の街熱海、この街では湧いてくる温泉がパイプで街なかの至るところに送られていて、個人の家でも温泉業者と契約すれば自宅に温泉が引けるのだ。これは素晴らしい。無限に温泉に入りまくれる。

「ここは山の上だから見晴らしがとてもいいんですよ~。夏は花火も見えますよ!」と不動産屋のお姉さんが言った。
 

1階の部屋だけど、急斜面に建っているため隣の家が邪魔になることがなくて、眺めは確かによかった。6畳の和室の窓からは熱海の街を見下ろすように一望できて、街の向こうには青い海が広がっている。こうして見るとよくわかるけれど、熱海というのは山と海に挟まれた狭い街なんだな。

駅から坂を登ってくるのはちょっとだるいけれど、歩くのはまあ運動にもなるし、駅から離れている分だけ静かで緑も多く、眺望も素晴らしい。悪くないかもしれない。

物件の見学が終わったあと、不動産屋のお姉さんに教えてもらったおすすめの温泉に入りながら、3人で相談をした。

「どうする?」

「んー、雰囲気は悪くないんじゃない?」

「建物はちょっと古いな」

「まあ僕はボロくても気にしないけどね」

そもそも僕らが学生時代にたまり場にしていた寮は築50年近い建物だったので、みんなボロい建物には耐性があった。

僕はその学生時代の寮を出てからもずっと、寮のようになんとなく人が集まれる空間をまた作りたいと思っていた。都会は家賃が高いのでなかなか物件を確保するのが大変だけど、こういう地方ならできるかもしれない。

「別荘ってなんかワクワクするところがあるよね」

「買っちゃいますか」

「100万だと、一人あたり33万だな」

「それくらいなら出せる」

「まあ、もうちょっと考えてから決めようか」

「はい」

「しかし温泉はいいね」

その後結局、3人とも「買ってみよう」という意見だったので、購入することになった。

不動産屋に「もうちょっと安くなりませんかね」という話をすると100万を90万にしてもらえた。

熱海の法務局で手続きを済ませ、一人あたり30万のお金で、僕らは自分たちの城を手に入れたのだった。

物件を購入してから僕は1、2ヶ月に一度、熱海で何日かを過ごすようになった。各地を転々とする放浪生活を送っていた僕としては、一つ固定した拠点を持つことは安心感があるものだった。

なんてことないシンプルな小さな部屋だけど、日当たりや眺望はよく、一人で静かに過ごすにはちょうどよかった。

一日中部屋から海を眺められるのは精神にとてもよかった。外が明るくなったら目を覚まし、本を読んだりパソコンでネットを見たりして、一日に一回は近所を散歩し、スーパーで食べ物を買ってきて、家に帰って調理して食べる。そして自宅の風呂で温泉に入って眠る。熱海にいるときはそんな静かな日々を過ごしていた。

熱海は花火大会に力を入れているらしく、年に十数回も花火大会が開催される。夏は毎週のように花火が上がる感じだ。花火は海上で打ち上げられるのだけど、それを山の上から見下ろすのは、「特等席」という感じがあって最高だった。

使用状況の把握や金銭管理はネット上で行っていたので、直接顔を合わせることはあまりなかったのだけど、SやHも友人を呼んだりしてちょくちょく遊びに来ているようだった。

別荘というものはたまにしか使わないものだから、数人で共有するという形がちょうどいいな、と思った。

別荘を買った翌年の2008年、僕は東京の町田市でシェアハウスを始めることになる。「ネットで知り合った人が集まるようなシェアハウスを作りたい」とブログに書いたら、「部屋が空いてるので貸してもいいよ」という人が現れたので借りることにしたのだった。そうして、普段は町田のシェアハウスで暮らして、たまに熱海の別荘に遊びに行くという生活になった。

別荘を買った時点の僕の暮らしは、できる限り所有物を減らして、持ち物全てがザックに収まるような放浪生活だったのだけど、シェアハウスという固定した家を持つようになると少しずつ持ち物が増えてきた。あと、前から飼ってみたかった猫を飼い始めたこともあって、だんだんと普通に家で過ごす時間が増えてきた。

シェアハウスを始めると、そちらのほうが面白くなってきたというのもあって、少しずつ熱海に行く頻度は減っていった。

最初の1年くらいは熱海の別荘に1、2ヶ月に一度は行っていたのだけど、だんだん3ヶ月に一度、そして半年に一度くらいの頻度になっていった。別荘に感じていた初期のワクワク感がだんだん薄れていったせいもあっただろう。

行く頻度が減ってくると気になるのが維持費用のことだ。

この熱海のマンションでは管理費として毎月1万円を払わないといけないことになっている。それはまあしかたないなと思うのだけど、それとは別に家の風呂で温泉を使うための温泉使用料として、月1万円を追加で払う必要があった。最初は「家でタダで温泉に入りまくれる~」とかのんきに喜んでいたのだけど、冷静に考えてみると別にタダじゃないし、月1万円は結構高い。

そして、あまり家を使っていなくても電気・水道・ガスの使用料は月々ある程度かかる。さらに、固定資産税、住民税の均等割、別荘等所有税(熱海市にある制度)などの税金も払わないといけない。それらを全て合計すると毎月3万円くらいの維持費用がかかる感じになっていた。

僕らは3人で部屋を共有しているので、一人あたり月1万円ずつを払うことにしていた。年間にすると12万円だ。

年12万かー。しょっちゅう熱海に行くのなら12万は割安かもしれないけれど、あまり行かないと高い気がしてくる。旅行をするにしても、12万あったら1泊1万円の旅館に12泊できるし、ひょっとしたらそっちのほうが良い部屋に泊まって快適な滞在ができるのではないだろうか。

もちろん旅館よりも別荘のほうが、「時間を気にせず好きなだけ滞在できる」とか「友達を自由に泊められる」とかそういう面でよい部分はたくさんあるのだけど。

そんな感じで熱海に行く情熱が少しずつ薄れていきながらも、行かないと元が取れないからなー、本当はちょっと別の場所にも旅行してみたいけど、宿泊費がタダだから熱海に行くか……、みたいな気持ちで半ば義務的に熱海に行くようになっていた頃に、また別の問題が持ち上がってきた。

このマンションはほとんどの人が別荘として使っているため、他の住人と顔を合わせることは少ない。だけどある日、たまたま隣に住んでいる人と会って話してわかったのだけど、このマンションには管理組合が二つあるらしいのだ。

普通は管理組合というのは一つしかない。だけど、このマンションでは内部でいろいろ揉めて管理組合が分裂してしまったらしい。

マンションに引いている温泉の配管やゴミ収集所などはもともとあった管理組合(第一管理組合)が管理しているので、新しくできた管理組合(第二管理組合)の人はそれらを使えなくなってしまったらしい。なんかキナ臭いな……。

隣のおじさんは、その第二管理組合の長らしかった。ちなみに第一管理組合を取り仕切っているのは僕らが物件を売ってもらった不動産屋だ。

「君らが買った部屋はもともと管理人室だったんだよ」と第二管理組合長のおじさんは言った。彼の家は東京にあって、週末などにちょくちょくここに遊びに来ているらしい。

「ああ、そうらしいですね」と僕は答えた。

「だけど、管理人室というのはもともと住人全体に所有権がある共用部分にあたるので、管理組合を仕切ってる不動産屋がそれを勝手に人に売ってしまうのは本来おかしいんだよ」

「えっ、そうなんですか」

「まあ君らは何も知らなかったのでしかたないし、売ってしまったあいつらが悪いんだけど……。あいつらの管理体制はおかしすぎるんだよ……!」

ええ、そんなことになっていたとは……。マンションってそんな面倒臭い問題があるのか……。

「あと、もう一つ相談しておかなければいけないことがあるんだけど」と、ちょっと深刻な顔でおじさんは言った。

「なんでしょうか」

「このマンション、築年数がかなり古いのもあって、上のほうの部屋では雨漏りがしてきてるんだよね。君らの部屋は1階だから大丈夫だと思うけど」

「ええ、そうなんですか」

「うん。だから建物全体で防水の工事をする必要があるんだけど、結構お金がかかりそうで、住人全員からお金を集める必要があるんだよ」

「えっ、いくらくらいですか」

「多分、2000万円くらいになるかな」

「そんなにするんですか…………」そんなお金ないぞ、と僕は思った。

「分担額は部屋の広さに応じて決めるから、君らの部屋は狭いほうなので100万円くらい出してくれればいいかなという感じなんだけど」

「100万円ですか……ちょっと考えておきます……」

そんなお金がかかるのか……。物件を一旦買ったらもうずっと家賃を払わず住めるのでお得だー、とか浮かれたことを考えていたけれど、そんな甘い話ではなかったのだ。どうしよう。

とりあえずSとHと集まって対策会議を開いた。その時点で物件を買ってから約3年が過ぎていた。

「という話なんだけど、どうする?」

「んー、今さらあの部屋にさらにお金はかけたくないなあ」

「うん」

「正直、今管理費を月1万払ってるのももったいない感じがしている」

どうやらSもHも最近ではあまり熱海に行かなくなっているらしい。

「このままずっと管理費払い続けるのはだるいなあ」

「もう売っちゃう?」

「でもあんなボロい部屋、今さら売れるかな」

「不動産って築40年経つと資産価値はゼロらしいぞ」

「でもまあ僕らはよくわからずに買っちゃったわけだし、僕らみたいなバカがまた買うんじゃないの?」

「おー……。それはありそう」

「どこかに別荘欲しがってるバカいないかなあ」

次の日僕らは、最初に物件を買った不動産屋に「物件を手放したいのだけど買い取ってもらえないか」と相談をしてみた。そうすると「タダ同然でよければ買い取ります」という返事が来た。

それで十分だ。タダ同然で全然構わない。管理費や修繕費を払う義務から逃れられるならもうなんでもいい。

そうして結局、向こうから提示された「8万円」という金額で元の不動産屋に物件を売却した。8万円は物件の資産価値というよりは、「熱海まで手続きに来ていただいた手間賃みたいなもの」ということらしい。

あの不動産屋は8万円で買い戻した物件を、また僕らみたいなよくわかっていない人に100万円で売るのだろうか。まあそれはどうでもいい。そこから先は僕らの知ったことじゃない。

結局僕らの熱海別荘計画は、約3年間続き、90万円で購入して8万円で売却するという形で終わった。その8万円で熱海の居酒屋に行って、刺身を食べたり酒を飲んだりして打ち上げをした。

まあ振り返ってみれば、一人あたり数十万円の出費で3年のあいだ、物件を好きに使って遊べたので、なかなか悪くない遊びだったと思う。不動産を買うというのも初めてだったのでよい経験になった。

ただ、今から思うと、別荘が欲しいとしても全く物件を買う必要はなくて、賃貸で借りれば十分だった。

僕らは90万円で購入して毎月3万円の維持費を払っていたわけだけど、結局これは頭金90万円で毎月の家賃が3万円の家を借りるのと同じようなものだった。

そう考えると頭金が高すぎる。普通に賃貸の部屋を、初期費用を20万円くらい出して月3、4万円で借りたほうが安くついた。

僕らが買ったような格安物件は「リゾートマンション」と呼ばれていて、熱海や伊豆などの温泉地や、湯沢や苗場などのスキー場の近くにたくさん存在するようだ。どうも、バブル期などに大量に建てられたものが余っているらしい。

僕らが買った90万円よりももっと安い物件はたくさんあって、50万円とか60万円とか、激安のところでは10万円なんてのもある。10万円で不動産が買えるなんて、ちょっとしたパソコンより安い。驚愕の値段だ。

もちろんこれには罠があって、購入価格が10万円だとしても、共益費や固定資産税などの毎月の維持費が数万円ずつかかるようになっているのだ。

不動産というのは自ら放棄することができない。つまり、誰かが買い取ってくれなければ、死ぬまでずっと維持費を毎月数万払い続けなければいけないということだ。要は激安物件というのは、他人に維持費を払う義務を押し付け合おうとする「ババ抜き」みたいなものなのだ。

その後、「自分も別荘を持っている」という何人かの人に会う機会があった。別荘を持った経緯にはいろんなパターンがあって、「突然親が競売で安く買ってきた」とか、「お金が余ってるので軽井沢の別荘を買った」とかそれぞれ事情は違うんだけど、みんなに共通するのは「別荘、行くのが面倒臭くてほとんど使ってないんだよね……」と言っていることだった。

僕の話を含めてこれらの話からわかる教訓としては、

「別荘という単語を聞くとなんかテンションが上がるけど、実際買うとほとんど行かなくなって維持費だけがかかる」

「それでも別荘が欲しいなら、とりあえず賃貸でしばらく借りてみて、通い続けられそうだったら買えばいい」

といったところだろうか。

ただ、別荘を別荘として使うのではなく本気で移住したい場合は、別荘地で安く売っている物件を買うのはありかもしれない。田舎に住むと、地元の人たちとの近所付き合いや地域のしがらみが避けられないものだけど、別荘地ならよそ者ばかりなのでそういったわずらわしさが存在しないからだ。

ただし、リゾートマンションの場合は、「あくまで別荘としての利用に限るもので永住は禁止する」という規約が存在する場合があるので注意が必要だ(ただしこれも法的拘束力があるわけではないので、実際いつの間にか住んじゃう人が多かったりするという話もある)。

なかなかうまい話はないものですね。別荘を買う際はよく調べてから買いましょう。

11月29日(金)pha×よしたに「中年が孤独と不安をこじらせないために」トークを開催!

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pha

1978年生まれ。大阪府出身。京都大学卒業後、就職したものの働きたくなくて社内ニートになる。2007年に退職して上京。定職につかず「ニート」を名乗りつつ、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作る。2019年にシェアハウスを解散して、一人暮らしに。著書は『持たない幸福論』『がんばらない練習』『どこでもいいからどこかへ行きたい』(いずれも幻冬舎)、『しないことリスト』(大和書房)、『人生の土台となる読書 』(ダイヤモンド社)など多数。現在は、文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務している。Xアカウント:@pha

 

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