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できないことは、がんばらない

2024.11.13 公開 ポスト

「会話のルールがわからない」から、“相づち”“オウム返し”“質問”で乗り切るpha

「会話がわからない」「服がわからない」「今についていけない」――。いろんな「できなさ」を集めたphaさんの文庫『できないことは、がんばらない』が発売になりました。「できなさ」とは、自分らしさ。不器用さが愛しくなる本書より、抜粋記事をお届けします。また、11月29日(金)、よしたにさんとのトーク「中年が孤独と不安をこじらせないために」を開催。ぜひご参加ください。

会話にすぐに反応ができない

昔から、人との会話というものが全然わからなかった。

いい年になった今ではわからないなりにその場をしのぐ術を覚えたのである程度取り繕えるようになったけれど、十代や二十代前半の頃は本当に何を話したらいいのかが全くわからなくて、自然に会話ができる(ように見える)普通の人々に対して敵愾心を募らせていた。

なんでみんな会話なんていうよくわからないゲームが自然にできるんだろう。天気の話とかどうでもいいしテレビの話とか全然知らない。相手の発言の一つ一つにどういう意図があるのか全く読み取れない。難易度がベリーハードの早押しクイズ大会だ。

そもそも人と対面しているだけで緊張してどうふるまえばいいのかわからなくなるのに、その上会話なんていうルールのわからないゲームをふっかけられたらパニックになるしかない。でも、社会はそれを当たり前のこととして強要してくるのだ。

大学生の頃、愛嬌があってハキハキしていて人に好かれるタイプの後輩に、人と何を喋ったらいいかわからないから社会に出るなんて無理だ、という話をすると、彼はこんなことを言った。

「こないだテレビで鶴瓶さんが、わろてたらええねんって言ってましたよ」

それを聞いて僕は、そんなんでけへんわ、と思った。そんなの君とか鶴瓶さんみたいなコミュ力があって人に好かれるタイプの人間だから言えるだけだ。僕みたいな暗くて何考えてるかわからない人間がひきつった笑いを浮かべても、「気持ち悪いやつ」が「ニヤニヤしてる気持ち悪いやつ」になるだけだ。

当時はそんなふうに思っていたのだけど、でも今改めて考えてみると、わりと今の自分は「わろてたらええねん」でやっていってるなと思う。鶴瓶さんは正しかった。

その後輩とは大学を出てから連絡を取っていなかったのだけど、その後人づてに聞いた話だと、新卒で入った会社がすごいブラック企業で、激務で心を病んで自殺してしまったらしい。僕だったらどんなに不義理や悪評をまき散らすことになったとしても、そんな会社三日で辞めていただろうに。愛想が良くて協調性がある彼だからこそ、断りきれずにいろいろ抱え込んでしまったのかもしれない。実際のところはわからないけど。本当にこの世界は何が正しいのかわからない。

今でも人との会話はよくわからないままだ。

でも一つわかったことは「世の中の多くの人は自分の話を聞いてもらいたがっている」ということだ。だから、相手が何を話しているのかよくわからなくても、ひたすら相槌を打って聞き役になっていれば大体の場合うまくいく

相手の言っていることがうまく頭に入ってこないときも、「あー」とか「へー」とか、「すごいですね」とか「ひどいですね」とかをそれっぽい表情で言っていればなんとかなる。どういう反応をしたらいいかわからないときは、どんな話題にも対応できる「いやー、世の中にはいろんなことがありますね」というフレーズなんかも使える。ただしこれはあまり多用しすぎると相手が馬鹿にされたように感じて不機嫌になったりする。

単純だけどオウム返しも有効だ

「こないだ見た家、すごく大きかった」

「へー、すごく大きかったんだ」

「びっくりしたよ」

「それはびっくりするよね」

みたいに、相手の言ったことをそのまま繰り返すだけで意外と会話っぽくなるものだ。これは会話の内容を理解していなくても、相手の発言の語尾だけ聞いていればできるのでラクだ。全く情報量がないやりとりだけど、そんなことは誰も気にしない。

相槌だけでは会話が止まってしまうときは質問をすればいい

「最近何か面白いことありました?」とか「例の件はどうなりました?」とか。みんな自分の話を聞いてもらいたがっているので水を向ければいくらでも話してくれる。

僕はいつも会話の内容が理解できないまま勘で適当に相槌を打っているので、多分三回に一回くらいはちょっとずれた回答をしている(もっと多いかもしれない)。相槌を打ったときの相手の反応が微妙だったりすることで、ミスったな、と気づく。

「ひどいですね」と顔をしかめるべき場面でうっかり面白そうに笑い声を上げてしまった。1ミス。相手がもう少し話したがっていたのに流れを切って話題を別の方向に切り替えてしまった。2ミス。

でもそんなときでも、とりあえず穏やかに笑っていれば殴られることはない。受け答えが微妙にずれていても、話したい人というのは自分の気持ちを口から発声した時点で八割くらい満足しているので、内容を相手が正しく理解しているかどうかなんてのは些細な問題なのだ。わろてたらええねん。

三十歳前後からそんな感じで会話を表面上はこなせるようになったので、友人や知人が増えた。今も毎日のようにいろんな人に会ってニコニコと話を聞いている。

だけどやっぱり疲れはする。会話の最中は、わからない内容を推測しようと必死で頭を使い続けているので神経を消耗するのだ。会話を続けるのは一時間くらいが限界だ。一時間を超えると頭がぼうっとしてくるし、喋りすぎたせいで口の筋肉や舌が麻痺してくる。そうなってきたらそれとなく会話を抜けるようにしている。

多分、自然に会話ができる人というのは、頭を使って考えなくても反射神経で〇・二秒くらいでレスポンスを返すことができる。だけど僕みたいな人間は、毎回頭で考えてからじゃないと反応ができないので、どんなに急いでも返答をするのに〇・七秒くらいかかってしまう。

この〇・五秒の差は、わかる人にはすぐわかるのだ。あいつ普通っぽく振る舞おうとしてるけど、なんか違うな、と。どうしても越えられない〇・五秒の壁が今でも、こちら側とあちら側とを隔てている。

11月29日(金)pha×よしたに「中年が孤独と不安をこじらせないために」トークを開催!

人生の迷いや不安なども率直に語り合いながら、今後の展望へとつながる知恵やコツを交換しする場にしたいと思います。申し込み方法は幻冬舎カルチャーのページをご覧ください。
 

関連書籍

pha『できないことは、がんばらない』

他の人はできるのに、どうして自分だけできないことが多いのだろう? 「会話がわからない」「服がわからない」「居酒屋が怖い」「つい人に合わせてしまう」「何も決められない」「今についていけない」――。でも、この「できなさ」が、自分らしさを作っている。小さな傷の集大成こそ人生だ。不器用な自分を愛し、できないままで生きていこう。

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できないことは、がんばらない

2024年11月8日発売の文庫『できないことは、がんばらない』について。

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pha

1978年生まれ。大阪府出身。京都大学卒業後、就職したものの働きたくなくて社内ニートになる。2007年に退職して上京。定職につかず「ニート」を名乗りつつ、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作る。2019年にシェアハウスを解散して、一人暮らしに。著書は『持たない幸福論』『がんばらない練習』『どこでもいいからどこかへ行きたい』(いずれも幻冬舎)、『しないことリスト』(大和書房)、『人生の土台となる読書 』(ダイヤモンド社)など多数。現在は、文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務している。Xアカウント:@pha

 

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