今回ご紹介するのは、フランスの現代小説のマンガ化、『薔薇が咲くとき』(リイド社)です。
原作小説を書いたのは、ミュリエル・バルベリで、フランスでは最高の文学賞とされるゴンクール賞にもノミネートされたことがある著名な女性作家です(現在55歳)。
原作小説は、すでに『京都に咲く一輪の薔薇』(永田千奈訳、早川書房刊)として2022年に出版されています。
この小説を高浜寛がマンガにしたのです。
高浜寛は、『ニュクスの角灯(ランタン)』で手塚治虫文化賞のマンガ大賞を獲得した優れたマンガ家で、幕末から明治にかけての日本を舞台として、独創的な世界観を展開しています。
しかし、日本よりもフランスでの評価が先行したマンガ家であり、また、マルグリット・デュラスの高名な小説『愛人 ラマン』をマンガ化してもいます。フランス文化との縁が深い人といえるでしょう(『ニュクスの角灯』は部分的にフランスを舞台にしています)。
いっぽう、『薔薇が咲くとき』の原作を書いたバルベリは、2008年から09年にかけて、京都に長期滞在した経験があり、この小説の物語も終始、京都で展開します。
ヒロインのフランス人ローズは、日本人が父親なのですが、一度も会ったことはありません。しかし、母が自殺したのち、日本からその父親の訃報が届き、父親の財産を相続することになり、日本の京都にやって来ます。
父親は美術商として成功を収めた人ですが、自分のベルギー人の助手ポールに、ローズを連れて京都の数々の寺院をめぐるように遺言を残していました。
銀閣寺、詩仙堂、高桐院、真如堂、くろ谷の墓地、南禅寺、龍安寺、苔寺、東大谷墓地……。
謎の寺院と墓地めぐりが続くなかで、ローズの母親と祖母の悲しみにみちた過去、ポールの複雑な来歴、ローズの父親と彼をとり巻く人々の人生が徐々に浮かびあがり、ローズの閉ざされた心に変化が忍びよります。
原作者バルベリの日本理解が深いことに驚かされるのですが、そこは普遍理性を信じるデカルトの国の人のこと、語りえぬすべてを言葉で説明していこうとします。
これに対して、『薔薇が咲くとき』の高浜寛は、当然のことながら、言葉よりも絵に重点を置きます。
原作自体に「薔薇」という言葉があり、ヒロインが「ローズ」であるように、この小説は各種多彩な花々をちりばめ、花々に導かれるようにして話が進みます。
寺と花が、この物語を彩っているのです。
そして、高浜寛は、このオールカラーのマンガのなかで、その寺と花の種々相を、ため息が出るほど見事なイメージにして、物語を巧みに紡いでいきます。
寺は死者が棲む場所であり、花は散りゆく生命のはかない輝きです。高浜寛の描きだすヴィジョンから、人間と世界の、いや、生きとし生けるもののうつろう姿が、言葉をこえた真実として現れてくる気がします。その静謐な美しさと哀れさを、ぜひ実感してください。
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