吉永小百合さん主演で映画化された『いのちの停車場』のシリーズ3作目『いのちの波止場』。この作品の校了日が迫った頃、西田敏行さん急逝の報せが届きました。西田さんは映画で、「まほろば診療所」の院長・仙川徹先生を演じてくださいました。南杏子さんが、映画の舞台挨拶での、西田敏行さんの温かい思い出を綴ります。
仙川先生、さようなら――西田敏行さんを悼んで
2020年に幻冬舎から刊行した『いのちの停車場』を翌年に映画化していただいた。そのときに医師の仙川徹先生を演じてくれたのが西田敏行さんだった。金沢にある小さなクリニック「まほろば診療所」の院長で、主人公である白石咲和子先生役の吉永小百合さんとともに、患者さんの生と死に向き合うベテラン医師の姿は人間味豊かで存在感を放っていた。
その印象があまりにも強烈で、「いのち」のシリーズの続編として、コロナ禍の医療と介護を見つめた『いのちの十字路』、そして、舞台を能登半島の穴水町に移し、引退を決め込んだ仙川先生と看護師の星野麻世ちゃんを物語の中心に据えた今作『いのちの波止場』を書きながら、いつも仙川先生が西田敏行さんとだぶっていた。
映画「釣りバカ日誌」で大暴れする主人公ハマちゃんのイメージが強かったせいか、西田さんは、なんとなく子どもっぽい人なのかと思っていた。けれど、真逆だと知ったのは、映画「いのちの停車場」プロモーションで初めてお目にかかったときだ。
映画の魅力をより多くの方々に知っていただくため、主だった俳優さんたちや成島出監督がステージに上がってトークショーをするという企画。私も原作者として呼んでいただき、末席に立たせてもらった。
満席のお客さんを前に、俳優さんのトークが和やかに進んでいたときのこと。みなみらんぼうさんがご自身のスピーチの途中で突然、体調不良を訴え、降壇するというハプニングがあった。幸い大事には至らず、らんぼうさんは間もなく回復されたのだけれど、舞台も客席も凍りついた。そのとき、西田さんがフォローのひと言を発したことで、らんぼうさんが不在となった舞台も客席も劇的にあたたまる一幕があった。それは――らんぼうさんの歌が入ったCDを聞いていると気持ちよく眠れます。ぜひ聞いてみてください――などという、あとから思い返せばさりげないコメントだった。しかし会場を埋め尽くしたお客さんもスタッフも全員が一瞬にしてフワッと笑顔になったのだ。その言葉を発した西田さんの人間力に私は心から感動した。
また、西田さんが映画「いのちの停車場」に出演したことで、ご自身の死生観が変化した、とインタビューで答えていたことはうれしかった。「(死は)永遠の別れじゃない」、「どこかすがすがしく、死んでも『またね』と言えるような希望が見えてきた気がしました」と西田さんはお話しされていた。「またね」という同じ思いは今、全国のファンの胸の中にも去来していることだろう。
あの西田さんと一緒に立った舞台を思い出すたびに、西田さんのやさしさと大きさを感じ、心があたたかいもので満たされる。そんなとき、私はいつの間にか「咲和子先生」であり、ときには「麻世ちゃん」になっている。仙川先生、いや、西田敏行さんは遠い所へ行ってしまわれた。けれど、今も私たちの物語の世界をあたため続けてくれていることは疑いようもない。
西田敏行さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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