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できないことは、がんばらない

2024.11.23 公開 ポスト

世界は硬いものだらけだから「柔らかい服が着たい」自分に無理をさせない“服の選び方”pha

「会話がわからない」「服がわからない」「今についていけない」――。いろんな「できなさ」を集めたphaさんの文庫『できないことは、がんばらない』が発売になりました。「できなさ」とは、自分らしさ。不器用さが愛しくなる本書より、抜粋記事をお届けします。また、11月29日(金)、よしたにさんとのトーク「中年が孤独と不安をこじらせないために」を開催。ぜひご参加ください。

服がわからない

昔から服装に気を遣うことができない。いつも黒とか紺色の適当なものを着ている。同じ服を何日も着続けることも多い。

世間の人たちがなぜ服に気を遣えるのかがわからない。だって、服って自分から見えないじゃないですか。

ファーストパーソンビュー、いわゆる一人称視点のゲームというのが最近多い。画面には主人公から見える視界がそのまま映っていて、自分の体で見えるのは武器を持った手くらい、というやつだ。

こういうタイプのゲームだと、自分の服装を変更しても、画面には全く反映されないので面白くない。現実はこの一人称視点のゲームと同じだと思うのだ。鏡という便利アイテムを使えば自分の姿を確認できるのは知ってるけど、自分の見た目がそこまで好きなわけでもないのでわざわざ鏡を見るモチベーションがわかない……。

これは自分に何かが欠けているせいなのだろう。おそらく他の人はもっと自然に他人ビューを自分の中に取り込んでいる。だから自然に見た目に気を遣える。僕は他人の視点がうまく想像できない。他人なんて全部人工知能で自分以外の人間は幻なんじゃないかとときどき思ったりする。

自分を見る他人がうまく実感できないから、僕はいい歳して定職につかずシェアハウスに住んでふらふら暮らすという社会的にはそんなに褒められたものではない生活を平然といつまでも続けていられるのだろうか。他人の視点の欠如、それは社会性の欠如だ。社会性がないから僕は適当な服ばかりを着続けて、寝癖で髪の毛が爆発したままで外に出かけてしまう。

写真:Sincerely Media by Unsplash

ただ、見た目には気を遣わないけど、服ですごくこだわるところはある。それは手触りだ。硬い服や窮屈な服やざらざらした服がとにかく嫌いだ。服は全部柔らかくてなめらかでふわふわしたものであるべきだと思う。

体を締め付けるアイテムも極度に苦手だ。昔から肩こりがひどいのだけど、締め付けられている部分があるだけで体のこりがひどくなるような気がする。

腕に当たっている部分が気になってイライラするので腕時計を着けることもできない。指輪やネックレスも一切ダメ。ベルトも紐ひものある靴も嫌いだ。ネクタイは全て滅びてほしい。あんな意味のない布を首からぶら下げて何が楽しいんだ。

僕が若い頃に一般社会に馴染めないと感じた大きな理由として、スーツ、ネクタイ、ワイシャツ、革靴を身につけるのが本当に嫌いでしかたなかったというのがある。

オフィシャルな服装コードがあったほうがいいのはわからなくもないけど、それにしてもなんでよりによってあんな着心地が悪くて窮屈なものを着なきゃいけないんだろう。窮屈なものを着ることと社会性のあるなしは関係ない。だけど世の中ではそれらを我慢して着用することが一人前の社会人の条件として認められているのだ。僕だって、サンダルとジャージが正装だったらもうちょっと普通の社会人をやれていたかもしれないのに。

もっと遡ると、中高生時代の制服が学ランだったことが自分の中に社会に対する反抗心を育てたのかもしれないと思う。黒くて硬くて窮屈な学ランが本当に嫌いだった。あの詰め襟が首を締め付ける感じはただの拘束具としか思えない。

中学のとき、やんちゃな同級生は丈が短かったり裾が細くなったりしている変形学ランを着て意気がっていたけれど(そして生活指導の先生に怒られていたけれど)、そんなものより僕はもっとゆるくて柔らかくて詰め襟がない変形学ランがほしいと思っていた。

柔らかくて手触りのよい布が好きだ。精神が落ち着かないとき、お気に入りの布を触ると楽になる。ライナスの毛布みたいにカバンの中にはいつも手ぬぐいを入れてあって、疲れたときや動揺したときはそれで目を覆ったり顔をこすったりすると気分が落ち着く。

自分の部屋の中も布だらけだ。タオル、毛布、ひざかけなど、手触りのよい布を見るとつい買ってしまうからだ。

薄暗くした部屋で「とろける肌触りのマイクロファイバー毛布」や「オーガニックコットン混やわらかバスタオル」や「ポンチョにもなる3WAYブランケット」などの、たくさんの手触りのよい布に埋もれてごろごろ床を転がっていると、至福の気分になる。

そもそも僕は硬いものが嫌いなのだけど、この世界は硬いものだらけだ。外に出ると道路も壁も駅もみんな硬い。柔らかいものは家の中にしかない。だからついずっと、部屋に引きこもって柔らかい布の上で転がりながらだらだらと時間を過ごしてしまう。でもそんなことばかりしているとどんどん筋肉が衰えていって、ますます外に出るのが億おつ劫くうになる。これはよくない。もっと外に出て電車に乗ったり階段をのぼったりしないと。しかし、外は硬いものだらけだからな。世界がもっと柔らかかったらいいのに。

11月29日(金)pha×よしたに「中年が孤独と不安をこじらせないために」トークを開催!

人生の迷いや不安なども率直に語り合いながら、今後の展望へとつながる知恵やコツを交換しする場にしたいと思います。申し込み方法は幻冬舎カルチャーのページをご覧ください。
 

関連書籍

pha『できないことは、がんばらない』

他の人はできるのに、どうして自分だけできないことが多いのだろう? 「会話がわからない」「服がわからない」「居酒屋が怖い」「つい人に合わせてしまう」「何も決められない」「今についていけない」――。でも、この「できなさ」が、自分らしさを作っている。小さな傷の集大成こそ人生だ。不器用な自分を愛し、できないままで生きていこう。

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できないことは、がんばらない

2024年11月8日発売の文庫『できないことは、がんばらない』について。

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pha

1978年生まれ。大阪府出身。京都大学卒業後、就職したものの働きたくなくて社内ニートになる。2007年に退職して上京。定職につかず「ニート」を名乗りつつ、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作る。2019年にシェアハウスを解散して、一人暮らしに。著書は『持たない幸福論』『がんばらない練習』『どこでもいいからどこかへ行きたい』(いずれも幻冬舎)、『しないことリスト』(大和書房)、『人生の土台となる読書 』(ダイヤモンド社)など多数。現在は、文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務している。Xアカウント:@pha

 

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