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文豪未満

2024.12.07 公開 ポスト

あなたの書店で1万円使わせてください ~啓文堂書店狛江店~岩井圭也(作家)

今年六月、出版業界で「異例」のニュースが報じられた。東京都狛江市で、一度は閉店した書店が再オープンしたのである。

書店の名は、啓文堂書店狛江店

昨年7月、店舗が入っていた商業施設の改修にともなって、同店は閉店した。しかし閉店を惜しんだ地元有志の方々が「タマガワ図書部」を結成、狛江駅改札横のスペースで選書本イベント「エキナカ本展」を開いた。このイベントには多くの人が集まり、来場者ノートには書店復活を願う多くの書きこみが残された。

この声が後押しとなり、啓文堂書店の再出店が決まった。閉店した書店が再びオープンすることは、とても珍しい。

オープン前日には店内で除幕式が行われ、啓文堂書店やテナントの関係者だけでなく、松原狛江市長上月経済産業副大臣(当時)も出席しており、注目度の高さがうかがえる。除幕式の模様や再オープンの経緯については、さまざまな媒体が報じている。(紹介した経緯は、主に以下の文化通信の記事に拠っている)

https://www.bunkanews.jp/article/386164/

タマガワ図書部代表の山本さんは、除幕式で次のように語っている。

「市民がブックセレクターとなり選書するコーナーが店を盛り上げ、売上にも貢献できるようになっていければ」

先述の通り、再オープンの原動力となったのは選書本イベントである。「エキナカ本店」のウェブサイトを見てみると、

〈狛江市内の高校生から社会人、音楽家、デザイナー、カメラマン、小田急線沿線や多摩川流域で暮らす方など幅広いバックボーンを持つ50名の方々が選んだ「誰かに読んでほしい本」を本人のブックレビューと共に展示します。〉

と記されている。

https://tamagawa-book.com/event/ekinakahonten/

つまり、作家や書店員さんといった本に近い人ではなく、出版業界とは特に関係のない人による選書、ということだ。どうやら現在の狛江店にも、市民による選書コーナーが設置されているらしい。いち利用者としてぜひ一度、このお店で買い物をしてみたいと思った。

この企画では、過去にも啓文堂書店府中本店さんにうかがっている。その時お世話になったバイヤーさんに取り次いでいただき、狛江店にお邪魔できることになった。

果たして、「異例」の再オープンを実現した書店とは、どのようなお店なのか……。

11月某日、快晴の日に幻冬舎担当編集者氏と小田急電鉄狛江駅に降り立った。

駅の南口を出て右に進むと、すぐに「啓文堂書店」の看板が見えてくる。迷う余地がないくらいに近い。

お店に到着すると、今回もお世話になっているバイヤーさんが出迎えてくださった。いつもながらすみません。その後、店長も合流してますます恐縮。とりあえず、お店の前でいつものように一枚撮影。

好天すぎてまぶしい。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。

最初に気になったのは、入ってすぐ左手にある選書コーナー「BOOK and BENCH(ブック・アンド・ベンチ)」である。

「みんなでつくるまちの本屋。」

店頭には、再オープンの原動力となった「エキナカ本展」の来場者ノートも展示されていた。

手書きメッセージの数々が記録されている。

このコーナーでは現在、来店者がおすすめした「誰かに読んでほしい一冊」を展示している。棚の本は閲覧専用だが、前後の什器では一部の本を販売している。(注記:岩井が訪問した時にはこのような運用でしたが、店頭での運用は随時、試行錯誤されているとのことです。)

「本を読んでいる人」のパネルがかわいい。

本をおすすめする方法は二つあり、ひとつは店内にあるノートに書く方法。

誰でも自由に書ける。

もうひとつは、ウェブの応募フォームから投稿する方法。

店内にはこんなポスターも。

そして「BOOK and BENCH」という名の通り、店内にはベンチもある。

屋内なのに屋外感もあって気持ちいい。

きめ細かい店長の説明から、お店が「BOOK and BENCH」コーナーをとても大事にされていることが伝わってきた。この日は再オープンから約5か月。以前とは店舗の場所も人の流れも変わったため、よりよいあり方を模索されているようである。

このお店のもうひとつの特徴として、入ってすぐ右にある「小狛江書店」のコーナーが挙げられる。

いい感じの日差し。

棚は「絵手紙の本」「狛江とつながりがある作家さん」「多摩川」などの小コーナーで区切られている。ちなみに、狛江は絵手紙発祥の地だそう(知らなかった……)。

その横には、「啓文堂書店ビジネス書大賞」の候補作が展開されていた。

対象書籍には「オリジナル名言しおり」つき!

この「啓文堂書店ビジネス書大賞」は今年で15回を数えるそう。コロナ禍によって一時中断を挟んだものの、根強く継続している人気フェアだという。(※編集部注※こちらのフェアは11月30日までとなっており現在、フェア展開は終了しています。)

オリジナルの動画も。

さらに隣には、「啓文堂書店の記憶に残る、大切な人に贈りたい本2024」コーナーも。啓文堂書店の各店舗から、おすすめの一冊が集結している。(※編集部注※こちらのフェアは12月31日まで展開しています)

全部に手書きのポップつき!

ここで痛恨のミスが発覚。棚を見るのに夢中で、自分が買い物に来たことをすっかり忘れていたのである。あわてて買い物モードに切り替える。

『架空犯』売れてるな~

拙著も展開してくださっていた。

感謝。

入口前の展開を眺めていると、佐々木ランディ『水中考古学 地球最後のフロンティア』(エクスナレッジ)が視界に入った。理工書は大好き。自然と手が伸びていた。

こっちも「小狛江書店」になっている。

水中考古学、とは聞きなれない学問だ。少しページをめくってみると、どうやら水の底に眠る遺跡について調べる学問らしい。オビの言葉がいい。

水中考古學者は財宝の夢を見ない――。

どんな財宝よりも面白いことが

水中には眠っているからだ。

今時なかなか見かけないくらいの、壮大なロマンを感じる。というわけで、今日の1冊目はこちらに決定。

やっと1冊目。

続いて、「食べる。」のコーナーで最果タヒ『もぐ∞』(河出文庫)を発見。

『パスタぎらい』も気になる。

最果さんの詩集は好きで読んでいるが、エッセイは未読だった。しかも食べ物エッセイ。中学生の頃から東海林さだお「丸かじり」シリーズを読み漁っている私にとって、食べ物エッセイは大の好物である。

あっさりと、2冊目も決定。

error403さんのイラストもいい。

少し戻ったところで、開高健『風に訊け』(集英社文庫)が目につく。真っ赤な表紙は主張強めだ。

どれどれ。

さっそく表4(裏表紙)のあらすじを読んでみる。

Q:この春、東大に合格し、上京しました。ところが五月病というのでしょうか、ビニ本を見ても勃起せず、大学にも行かず、ひたすら三畳一間の下宿で呆けています。やっとの思いでこのハガキを書きました。巨匠、私に活力を授けて下さい。

A:とりあえず、三畳をやめて四畳半に移ってみたら、どや。

むちゃくちゃ……に見えるが、よく考えると理にかなっているような気もしてくる。いずれにせよ、回答者はあの開高健だ。凡庸な答えになるはずがない。面白そうな予感を信じて、購入することに。

「一気に読まないで下さい」という注意書きつき。

続いて足を運んだのは、お店の奥にあるコミックコーナー。

姿勢が悪いぞ。

コミックといえば、最近、外薗健『カグラバチ』(集英社)が気になっている。でも1万円の範囲でコミックを買ったら、きっとオーバーしてしまう……そんなことを話していたら、『カグラバチ』がまだ4巻までしか出ていないことが発覚。

「4冊なら、2000円台だしいけるかも?」

そんな安易な思いで、『カグラバチ』を1巻から4巻まで大人買いすることに。この企画でコミックをシリーズでまとめて買ったのは、たぶん初めて。

楽しみ~

その近くのライトノベルの棚でおすすめを訊いてみると、編集者氏が「これ面白いですよ」と、面陳されていた本を指さした。駄犬『誰が勇者を殺したか』(角川スニーカー文庫)である。

タイトルには聞き覚えがあった。ファンタジーだがミステリー要素が組み合わされているらしく、しかも1刊で完結。これなら気軽に、面白く読めそうだ。

というわけで、こちらも購入することに。

続編も出ているらしい。

同じくお店の奥側にある、児童書のコーナーも覗いてみることに。

『ぐりとぐら』のぬいぐるみはお店の方の手作りだそう。

ファミリーのお客様も多いということで、児童書も充実していた。

『ぼくはぽんこつじはんき』面白そう。

次に訪れたのは新書の棚。『コカ・コーラを日本一売った男の学びの営業日誌』も気になるが、ここで手が伸びたのは石田明『答え合わせ』(マガジンハウス新書)

他にもチェックしたい本が色々。

実は『答え合わせ』は、発売がリリースされた時から気になっていた。M-1グランプリ大好きな大阪出身者としては、石田さんが漫才についてどのように考察しているのか、はとても気になる。これを読んでいると読んでいないとでは、年末のビッグイベントの楽しみ方が大幅に違ってくる気がする。

そういうわけで、こちらも購入決定。

“生粋の漫才オタク”が書く本とは。

向かいには文庫の棚も。『幸せな家族』や『オオルリ流星群』と並んで、ここにも拙著を並べていただいていました。

感謝その2。

文庫で目を奪われたのは、大西康之『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(新潮文庫)。タイトルでもう面白そう。

江副浩正の名はよく聞くが、どういう生い立ちで、具体的に何をしてきた人なのかはよく知らない。一大汚職事件「リクルート事件」についても、知っているようで知らない。ぜひ本書でそのへんをしっかり読んでみたい。

文庫なら値段的にもいけるはず。こちらも今日の顔ぶれに加えることに。

ジェフ・ベゾズは江副の部下だったらしい。

「岩井さん」

……と、ここで、バイヤーさんから声をかけられる。振り返ると、後ろにはスーツの男性が立っていた。

「岩井さんがいらっしゃるということで、ご挨拶をしたいと」

「はあ(誰だろう)」

社長です

「えっ?」

社長!?

スーツの男性は、啓文堂書店21店舗を運営する、京王書籍販売株式会社の水野克彦社長だった。多忙ななか、わざわざ狛江店まで足を運んでくださったとのこと。バイヤーさんと店長さんに続いて社長まで現れるなんて、おもてなしが過ぎる。もはや啓文堂書店がおそろしい。

ともあれ、せっかくなので写真を撮らせてもらうことに。

水野社長と。

サプライズで動揺したものの、いったん心を落ち着けて買い物を再開。とはいえ、ここまでですでに10冊購入している。あと1冊、買えるとしても軽量級の本が無難な気がするけど……

そういう時に限って、重量級に出会ってしまうものなのだ。

なんの前触れもなく背表紙と目が合ったのが、スティーヴ・シャンキン著/梶山あゆみ訳『原爆を盗め! 史上最も恐ろしい爆弾はこうしてつくられた』(紀伊國屋書店)だった。これまた、理工書好きの心をくすぐるタイトルである。

帯にはこう書いてある。

第二次大戦下、原爆開発競争のゴングが鳴った。米英の「マンハッタン計画」に天才科学者が集結し、その情報を盗もうとソ連のスパイが暗躍する。一方で、ヒトラーも原爆製作を進めていた。現在世界に1万6千発以上、私たちの時代を決定的に変えてしまった核兵器開発の知られざる物語。

ギャー! 面白そう!

価格は税抜き1,900円。なんか、合計額が1万円+1,000円じゃきかない気がする。でも読みたい。

いけるかな? いけるよね?

誘惑には抗えず、こちらを今日最後の1冊に決定。

いけるよね? いけるよね?

とにかくレジへ本を運ぶが、どう見ても本が多い。そこはかとなく嫌な予感がするが、あとは価格が表示されるのを待つだけ。

11,000円以下に収まってくれ……頼む……

奇跡よ起これ! どうだ!

ダメでした。

やっぱりオーバーするんかい。

まあしかし、オーバーしたのは143円。こんなのは誤差である。大事なのは、面白そうな本を11冊も買えたことだ。

11冊も買っちゃった。

実際に、啓文堂書店狛江店に訪問して思ったのは、「利用者との距離の近さ」である。入口横の「BOOK and BENCH」が象徴的だが、それだけではない。「小狛江書店」を通じた地元ならではの提案や、充実した児童書コーナーなども、お店と利用者の近しさを感じさせる。

私たちが買い物をしている間も、ひっきりなしにお客様が出入りされていた。スタッフの皆さんと話す姿を見ていると、日ごろから、お客様との間でたくさんの会話をされていることがうかがえる。

啓文堂書店狛江店は、まだ再スタートしたばかり。これからも柔軟に形を変えつつ、狛江という街に根付いていくことだろう。

*  *  *

最後に。

この企画に協力してくださる書店さんを募集中です。

うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント(https://twitter.com/keiya_iwai)までDMをください。関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。

それでは、次回また!

【今回買った本】

  • 佐々木ランディ『水中考古学 地球最後のフロンティア』(エクスナレッジ)
  • 最果タヒ『もぐ∞』(河出文庫)
  • 開高健『風に訊け』(集英社文庫)
  • 外薗健『カグラバチ』1~4(集英社)
  • 駄犬『誰が勇者を殺したか』(角川スニーカー文庫)
  • 石田明『答え合わせ』(マガジンハウス新書)
  • 大西康之『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(新潮文庫)
  • スティーヴ・シャンキン著/梶山あゆみ訳『原爆を盗め! 史上最も恐ろしい爆弾はこうしてつくられた』(紀伊國屋書店)

関連書籍

岩井圭也『夜更けより静かな場所』

”人生は簡単じゃない。でも、後悔できるのは、自分で決断した人だけだ” 古書店で開かれる深夜の読書会で、男女6名の運命が動きだす。直木賞(2024年上半期)候補、最注目作家が贈る「読書へのラブレター」!一冊の本が、人生を変える勇気をくれた。珠玉の連作短編集!

岩井圭也『プリズン・ドクター』

奨学金免除のため、しぶしぶ、刑務所の医者になった是永史郎(これなが しろう)。患者たちにはバカにされ、ベテランの助手に毎日怒られ、憂鬱な日々を送る。そんなある日の夜、自殺を予告した受刑者が、変死した。胸をかきむしった痕、覚せい剤の使用歴……これは自殺か、病死か?「朝までに死因を特定せよ!」所長命令を受け、史郎は美人研究員・有島に検査を依頼するが――手に汗握る、青春×医療ミステリ!

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文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。

そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。

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岩井圭也 作家

1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュ ー。著書に『夏の陰』( KADOKAWA)、『文身』(祥伝社)、『最後の鑑定人』(KADOKAWA)、『付き添う人』(ポプラ社)等がある。

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