約束を破る、遅刻する、だらしない……。『最貧困女子』などのベストセラーで知られるルポライターの鈴木大介さんは、長年取材してきた貧困の当事者には、共通する特徴があったと語ります。ですが、それは本当に「サボり」「甘え」なのでしょうか。最新刊『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』を上梓した鈴木さんに、「自己責任論」を超えた本当の原因を教えてもらいました。
* * *
彼女たちは本当に自堕落なのか?
──前作『最貧困女子』は大きな話題となり、10万部を超えるベストセラーになりました。そのとき、気づいていたけれど書けなかったことがあったそうですね。
「最貧困」におちいっている少女たちを取材している中で、なぜこんなに面倒くさいパーソナリティの子が多いんだろう、という疑問を持っていました。
だらしない、約束を簡単に破る、嘘をつく、衝動的で暴力的、問題解決能力も事務処理能力も低い。日常生活でも、対人コミュニケーションでも、自分を自律的にコントロールすることができない。すごく扱いづらくて、自堕落な人に見えるんです。
そのように育てられたらからではないか、というのが最初に考えたことでした。彼女たちの多くは、親から虐待を受けた経験があります。だからこうなってしまったのではないか、と。
ただ僕は、彼女たちの面倒くささやだらしなさを、『最貧困女子』ではそのまま描くことを避けました。悪いのは本人だ、という自己責任論につながってしまうからです。なので、オブラートに包んだ表現をして、あえてリアリティをぼかして書きました。
──それを今回、なぜ書くことにしたのでしょうか。
僕自身、2015年に脳梗塞を起こして、高次脳機能障害の当事者になったのがきっかけです。劇的な体験として覚えているのは、入院中、売店に行ったときにレジで会計ができなかったことでした。
店員さんが口にした数字や、レジスターに表示された数字を、聞いた瞬間、見た瞬間に忘れているんです。たった3ケタの数字も覚えていられなくて、「いくらだったっけ?」となってしまう。
小銭を数えようとしても、数えている途中で自分が何枚まで数えたのかわからなくなってしまう。すごく混乱しました。
そのときに思い出したのが、以前取材したある当事者さんのことでした。彼女は正看護師の資格を持っている、非常に知的な方なのですが、夫からDV(ドメスティック・バイオレンス)を受けて離婚。その後、うつにおちいり、売春をして子どもを育てている状況でした。
そんな彼女が、まったく同じ証言をしていたんです。3ケタの数字を覚えられないとか、小銭を数えているうちにわからなくなるとか。脳梗塞によって高次脳機能障害になった僕が、彼女とまったく同じことになっている。それが、今回の本につながる原体験でした。
電話をかけることすらできない……
──数字が覚えられなくなるのは、どうしてなのでしょうか?
思考のためにものごとを少しの間、覚えておく機能、いわゆるワーキングメモリが弱くなっていることだと思うんです。
精神疾患によってそうした症状が出ることは知っていました。ただ、僕がそのとき強く思ったのは、ワーキングメモリが弱くなることで、何がどのくらいできなくなるのかというところまでは、全然考えていなかったということです。
実際に体験してみたらものすごく不自由感があって、その症状ひとつあるだけで、あらゆる場面で不自由があることに気づきました。と同時に、なぜ今までそこを掘り下げて書かなかったんだろう、とものすごく後悔しました。
これは書かないといけない、という強いモチベーションが立ち上がったんです。ですから、やっと書けたというよりは、なんで書いてこなかったんだという気持ちです。
──ご自身が当事者になったことで、彼女たちに対する解像度が上がったわけですね。
僕自身が「不自由な脳」になって、見る、聞く、読む、話す、考える、あらゆることが病前どおりにできなくなりました。
たとえば、電話をかけて、相手の話を聞いて、理解して、その場で判断して返答する。そんなこともできなくなりました。もっと言えば、メモに書いてある電話番号を見て、電話をかけようとしても、番号を打ち込むことができない。打ち込んだとしても間違えているので、違う人にかかってしまう。
これができなかったら人は働けないよな、という当たり前のことがありますよね。それらが、あらかたできなくなってしまったわけです。
──そうなると、経済的に困窮していくのは必然ですね。
そうですね。預貯金などの財産や家族からの支援などの「タメ」がなければ、必然です。貧困というものは、認知機能や情報処理機能の低下によって起きる二次的な症状であること。脳が不自由である結果、必然的におちいるものではないかと思っています。
──決して自己責任ではないと。
そのとおりです。脳が不自由な人が、社会の中で一生懸命生きている姿は、はたから見るとじれったく見えてしまいます。だらしなかったり、気合いや根性が足りなかったり、頑張っていなかったりするようにも見えがちです。
そのため、働くことができないと同時に、まわりからしばしば差別を受けるという問題も出てきます。本人は本人なりに頑張っているのですが、どれだけ頑張っても、まわりからは差別したくなるように見えてしまう。
彼ら、彼女らはこうした理不尽な状況にあることが、自分が近しい脳の状況になって、初めてリアルに見えてきたわけです。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【前編】鈴木大介と語る「『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』から学ぶ脳と貧困の関わり」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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