『夢みるかかとにご飯つぶ』でエッセイストデビューした清繭子の、どちらかといえば〈ご飯つぶ〉寄りな日々。
駐輪場のおじいちゃんズ
その駐輪場を教えてくれたのは、両親学級で知り合ったママ友だった。
「パチンコ屋さんの下の駐輪場、無料でとめられるんです」
パチンコの客でもないのに怒られないだろうかとドキドキしながら行ったら、シルバー人材センターから派遣されたおじいさんたちが、「出やすいように端っこにとめたら」と他の自転車をずらしてスペースを空けてくれる。とても親切だった。
第一子、第二子と5年にわたって駐輪させてもらううちに、それぞれのおじいさんのキャラクターも掴めてきた。
英国紳士みたいなきれいな白髪のおじいさんは、いつも丁寧な言葉遣いで、「忘れ物はありませんね?」と確認してくれる。江戸っ子のおじいさんは、「あ、おねえさん、こっちこっち!」と呼んでくれる。いぶし銀の無口なおじいさんは、「ん、」と空いているところを顎でしゃくって教えてくれる。
子どもたちにも「おぼっちゃん、どこいくの?」「お嬢ちゃん、お母さんとおでかけかい? いいねえ」と話しかけてくれる。私が仕事で一人で来るときには「いってらっしゃい」「おつかれさま」と労ってくれる。
この町に、あの人たちがいることがとても心強かった。
ある日、いつものように駐輪場へ行ったら赤い枠で囲まれた張り紙がベタベタと貼られていた。
「有料化のお知らせ」
今後は自転車留めを設置し、時間制で料金を取るという。そうかあ、まあ今まで無料だったのがむしろ不思議だったもんな、と思いつつ、「おじいさんたちはどうなるんだろう」と気になった。
「来月から車留めの設置工事があるから、ここ入れなくなるんです、ごめんなさいね」と英国紳士おじいちゃんが言う。
「あの、みなさんは継続して働かれるんですか?」
「いえ、私たちは今月いっぱいで」
そんな……。
これまでのいくつものやりとりを思い返して、悲しくなる。おじいちゃんズとの挨拶で、気持ちよく一日を始め、気持ちよく一日を締めくくる人々がどれだけいただろう。
この感謝の気持ちを、どうにかして伝えたい。
「今までありがとうございました。これ、よかったらみなさんで」
薬局で「バブ ゆずの香り」20個入りを買い、差し入れた。気軽に受け取れて、困らないもの。立ち仕事で疲れたからだを温め、ほぐしてほしかった。
「ありがとうございます。みんなに伝えます。せめてお名前だけでも」と英国紳士は頭を下げる。
5年間、一度も名前など伝えたことがないから、言ったってわからないと思うけれど、「〇〇です。今まで本当にお世話になりました」と名前を伝えた。
この町に、親切にしてくれる他人がいること。私や子どもを認識してくれ、挨拶してくれる人がいること。とてもとても嬉しかったんです。
どうかずっとお元気で。
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夢みるかかとにご飯つぶ
好書好日連載「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」が話題の清繭子さん、初エッセイ『夢みるかかとにご飯つぶ』刊行記念の特設ページです。
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