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カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

2024.12.12 公開 ポスト

祝映画化!井之頭五郎の類まれなる才能についてカレー沢薫

来春「孤独のグルメ」の映画版が公開されるようだ。

私も仕事で孤独のグルメについて描かせてもらったことがあるし、井之頭五郎例えは無許可で使わせてもらいまくっている。

 

孤独のグルメが有名になったことにより「1人で飯を食う」という行為の地位が向上したことは言うまでもない、むしろ五郎が1人で飯を食っている奴に自由と救いを与えているという状態だ。

しかし、未だに井之頭五郎の域で一人飯を楽しめている奴はそうそういないような気がするし、飯に限らず何かを孤独に楽しむというのは簡単なようで難しい。

私は大した実績もないのにオタクを名乗っているがオタクをアイデンティティとして皆様に覚えていただこうと、聞こえる声で絶叫しながらガチャを回している時点で全く孤独ではない。

そもそもエッセイという仕事は孤独と相性が悪い。「このことは自分の胸に一生秘めておこう」と誓ったことさえ「書くことがない」にいとも容易く屈する。

小学5年生でウンコを盛大に漏らした時は「このことは墓場まで持っていく」と思っていたのに、すでに5、6回書いてしまっている。隠蔽に奔走したあの時の自分に申し訳が立たない。

こうやって承認欲求や「書くことがない」に負け続けた結果「ガキのころアニメイトで万引きしたことない奴は信用できない」などの一線を越えた発言で炎上するのだろう。

私も1人で外食はできる方だが「今羽田のロビーで紀ノ国屋で買った200円のチーズパン食ってます」と、何故かそれをわざわざSNSで報告したり「俺が今から噛み砕き胃酸で溶かすパンを見てくれ」と、猟奇的なことを言って写真をアップしたりもする。

そうでなくても、私が一人飯するときは大体スマホをいじりながらだ、飯と一対一でタイマンを張ったのは、中三で入院した時の病院食以来ないような気がする。

当然井之頭五郎はそんなことはしない、彼は料理しか見てないし、料理を見ている俺を見てくれ、なんて発想は最初からないのだ。

その姿勢がそんじょそこらのグルメインフルエンサーより面白がられ、多くの人間に見られているというのは皮肉ですらある。

井之頭五郎は、飯にだけ向き合い、他人を意識していない。

しかし「傍若無人」とも違うのだ。孤独のグルメと銘打ってはいるが、大体外食なのである。ガストに行けば、タッチパッドで注文し、おキャット様ロボに運んでもらい、セルフレジで精算するというノーミスクリアが可能かもしれないが、五郎が行くのは大体個人店なので店員とのやりとりは不可欠であり、他の客も結構いる。

この環境で飯だけに没頭し孤独になろうと思ったら、むしろ周囲と調和する必要がある。入った瞬間店員全員と他の客の視線を独り占めするようではとても孤独にはなれない。

五郎はちゃんとした人間なのである。私が人里に降りて外食をしようと思ったら人間のコスプレが必要だが、五郎はデフォルトで人間なのだ。

何せ初期アバターが「スーツ」の男である。彼は無課金スーツおじさんであり、起き抜けにスーツ姿で朝食を食っているような男である。

ちなみに私の初期アバターは「ブラトップ」か「ヒートテック」というユニクロコラボであり、このまま外食に行くと悪い意味で注目を集めて孤独どころではなくなる。

常軌を逸した注文数で店員の関心を買うことは多いが、黙々と行儀よく完食していく姿に店員の警戒を抱くことがない。

私が同じことをしたら、撮影目的で大量に頼んで残すユーチューバー、もしくはストレートに「食い逃げ」と思われ、店員の視線が緩むことなく、とても孤独にはなれない。

孤独に趣味を楽しむとは、自分が他人を意識しないだけではなく、自分が他人の邪魔をしないことも前提なのだ。「調和」あっての「孤独」だということを五郎は教えてくれた。

横柄な店主にアームロックをかけたりと大立ち回りをすることもあったが、それも先に「調和」を乱し、五郎含む他人の孤独を邪魔した奴への罰として執行されたことであり、さらにやりすぎて乱す側になりつつあった五郎が「それ以上いけない」とたしなめられるシーンもある。

現在のXでも良く見られるように、人は自分が正義だと思っている時ほど周囲が見えておらず、むしろ悪よりも平和を乱す存在になっている、ということをSNSどころかネットが普及する以前に示しているのだ。

しかし、五郎レベルに孤独に趣味を楽しめるのはもはや才能だろう。

だが趣味を自己表現や承認欲求を満たす手段に使って悪いことはないし、推しではなく「推しのことが好きな自分が好き」であっても全く構わないのだ。

むしろ、自分を好きになること以上に大事なことはない、推し変はできても、自分変だけは一生できないのだ。前田敦子の願い空しく、AKBのことすら嫌いになっても自分を嫌いになっていなければセーフである。

ネットやSNSの普及により、趣味を五郎レベルの孤独で楽しめる人はますます減ったことだろう。

私はそれ以前でも、友人の首を無理やり210度回転させてでも自分の描いた絵や漫画を見せたり、時には「FAX」で送りつけ、電話で「届いた? どうだった?」と聞いていた人間だ。

私は孤立は得意だが「孤独」の才能はない。潔く、これからも承認欲求と他人の目に振り回されながら活動していこうと思う。

関連書籍

カレー沢薫『人生で大事なことはみんなガチャから学んだ』

引きこもり漫画家の唯一の楽しみはソシャゲのガチャ。推しキャラ「へし切長谷部」「土方歳三」を出そうと今日も金をひねり出すが、当然足りないのでババア殿にもらった10万円を突っ込むかどうか悩む日々。と、ただのオタク話かと思いきや、廃課金ライフを通して夫婦や人生の妙も見えてきた。くだらないけど意外と深い抱腹絶倒コラム。

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カレー沢薫

漫画家。エッセイスト。「コミック・モーニング」連載のネコ漫画『クレムリン』(全7巻・モーニングKC)でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』(ともに講談社文庫)、『ブスの本懐』(太田出版)がある。

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