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明日の話はしない

2025.01.02 公開 ポスト

#2 明日が来るたびに、遠ざかる希望永嶋恵美

先日発表された「このミステリーがすごい!2025年」で『檜垣澤家の炎上』がランクインした永嶋恵美さん。

この特集では幻冬舎で刊行された永嶋恵美さんの作品『明日の話はしない』の試し読みを5日間連続で掲載していきます。別々の時代、場所で生きた3人が自らに課した共通のルールが「明日の話はしない」だった──。本作は短編として描かれるそれぞれのストーリーが運命的に交錯する本格ミステリです。

今回は第一話の一部をご紹介します。(#1から読む

*   *   *

2

ファドには悪いけど、わたしはミドが大きらいだった。だって、うっとうしいんだもの。朝から降ってる雨、治りかけた傷に貼ってるバンソーコー、切ってから一カ月ぐらい経った前髪。そんな感じ。

ミドはわたしたちみたいに大きな声でおしゃべりしたりしないし、歩くときもあまり足音をたてない。大人から見れば、いるかいないかわからないような、おとなしい子供なんだと思う。

でも、同じ子供のわたしたちから見れば、それって、すごくイヤな感じ。しゃべらない幽霊がじーっとこっちを見てるみたいな。

そうじゃない。違う。初めて会ったとき、ミドはわたしのほうなんて見てなかった。ミドが見ていたのはファド。おどおどした目が、ファドの顔と点滴のチューブとを行ったり来たりしていた。何か言いたげなのに、何も言わない。口を開きかけてはやめてしまう。

そんなミドを見ているだけで、わたしはイライラした。言いたいことがあるならハッキリ言いなよと怒鳴ってやりたくなった。けど、あのときは具合が悪くて、怒鳴る元気がなかった。だから、余計に腹が立った。こいつ、大きらいだって思った。

ミドをきらってるのは、わたしだけじゃない。トコちゃんもミドが大っきらいだった。

『絶対、ミドって、イジメられっ子だよね』

トコちゃんの意見にわたしも賛成。いつも人の顔色をうかがっていて、おどおどしてて、自分の考えをはっきり言わない子は、女の子のグループの中ではきらわれるし、まちがいなくイジメられる。

こっちがきらってるんだから離れてればいいのに、わざわざ近寄ってくる。それも、恐る恐るって感じで。だから余計にイジメられるってことがわからないんだろうか。それとも、わかっててやってるんだろうか。どっちにしてもバカだ、ミドみたいな子は。

『うちの妹みたいなのもサイテーだけど、ミドみたいなのもイヤだなあ』

トコちゃんはそう言って、げえって顔をした。

『お姉ちゃんのせいで友だち呼べないとか、お姉ちゃんのせいでハムスター飼えないとか、何でもあたしのせいにするんだ。でも、あんまりそれ言うと怒られるから、だまってにらみつけてくるの。性格悪いでしょ』

でもミドよりマシかな、とトコちゃんは笑った。わたしには妹も弟もいないけど、トコちゃんの言いたいことはわかる。トコちゃんの妹みたいな子だったら、言い返せるからいい。病気なんだからしょうがないじゃん、とか。わたしのせいじゃないもん、とか。

ミドには言い返せない。だって、ミドは文句を言ったり、にらみつけたりしないから。

『それに、うちの妹はお見舞いになんて来ないもん。ミドよか、ぜんっぜんいい。あんなのが毎日来てたら、それだけで発作起きそう』

トコちゃんは、うんと小さいころから喘息で、一年に何回も入院している。とくに梅雨と台風が来る季節は、必ず発作を起こすらしい。それと、幼稚園の花火大会とか、おいも掘りの後のたき火もダメって言ってた。お笑い番組も危ないらしい。笑いすぎると喘息になるなんて、わたしは知らなかった。

ファドが初めて入院したのは小学校三年のときで、そのときもトコちゃんはファドと同じ病室だった。だから、ミドのこともそのころから知っている。

ファドのお母さんはやっぱりそのころも仕事で忙しくて、ミドが着替えだの本だのを持って毎日病室に来ていた。まだミドも三年生だったから、看護婦さんや付き添いのお母さんたちに「ミドちゃんは小さいのにえらいわね」って、しょっちゅう褒められていたらしい。

そりゃあ、ファドにしてみればおもしろくないだろう。それを見ていたトコちゃんは、ファドに大いに同情した。話を聞いたわたしも、もちろん同じ。そんなわけで、わたしたちはミドが大きらいになった。

同じヤツをきらいになれて、わたしはうれしかった。トコちゃんとは病気の種類が全然違うから、少しでも同じところがあるとうれしい。

本当はなるべく似たような病気の子供を同じ病室にして、トコちゃんみたいにすぐ退院しちゃう子は別の病室にする決まりらしいんだけど。トコちゃんはファドとか、長期入院の友だちが多いから特別だった。

トコちゃんが何度めかに入院したとき、たまたまベッドが満杯で、トコちゃんは長期入院の子たちと同じ病室になった。その中で、同い年のヒトミちゃんって子とすごく仲良しになって、次に入院したときにも同じ病室にしてもらったらしい。

そのヒトミちゃんって子は骨を削って人工関節を入れる手術をして、髪の毛がほとんど抜けて、一年くらい入院してたって話だから、たぶん、わたしと同じ病気だ。病気の場所がヒトミちゃんは膝で、わたしは肘だったけど。

昔はこの病気にかかると、腕や足を切り落とすしかなかったらしい。今は骨の悪い部分を削り落として、代わりに人工関節を入れて、病気が広がらないように薬の治療をすれば治るようになった。

それでも、悪いところを削るだけじゃ間に合わなかったり、薬が効かなくて病気が広がったりする患者さんは今でもいるらしいから、わたしやヒトミちゃんは運がいいんだと思う。

それに、わたしのほうがヒトミちゃんよりも、もっと運がいい。病気になったのが利き手じゃないほうの肘だから、人工関節でもそんなに不便じゃない。これが膝だったりすると、歩きにくくなることもあるらしい。まあ、薬の治療だけは、ヒトミちゃんもわたしも平等に最低最悪だと思うけど。

とにかく、そのヒトミちゃんって子が入院している間、トコちゃんは四回同じ病室になった。つまり、一年に最低四回入院したってことだ。でも、五回めにはヒトミちゃんはもう退院してしまっていた。

『次のお正月には年賀状くれたんだけど、その次はくれなかった。みんなそうなんだよね。退院して元気になっちゃうと、あたしのことなんて忘れちゃうんだ。あたしはまた病院に戻ってくるから、必ず思い出すのに』

そう言って、トコちゃんは少し寂しそうな顔をした。だから、わたしは忘れないよって約束した。ウソじゃない。でも、トコちゃんはやっぱり少し寂しそうに、約束だよって言った。

わたしよりもひとつ年上で、小さいころから何度も入院を繰り返しているトコちゃんは、いろんなことを知っていた。一番注射が上手なのは准看のユキちゃんだとか、おばナースとトウダイさんは仲が悪いとか、ミナライさんには付属の看護学校から来る人とそれ以外の学校から来る人の二種類あって、付属から来た人のほうが長くいるとか。

トコちゃんがファドを知ってたおかげで、わたしもファドと仲良くなった。トコちゃんがいなかったら、わたしは今ほどファドと仲良くしていなかったかもしれない。

ファドも入院は二度めで、前のときは右の太ももの真ん中ら辺を手術して、今回はお腹の手術だった。ファドの話では、最初の手術と違って、今回はむずかしい大手術だったらしい。

ファドが話を大げさにしたわけじゃないことは、しばらくしてわかった。手術の後、けっこう長い間、ICUと個室に入っていたからだ。どれくらい長い間かっていうと、手術前からいたトコちゃんが退院して、また入院して退院して、もう一度入院してくるまで。久しぶりに同じ病室に帰ってきたファドは、うれしそうだった。

わたし一人が一回めの入院だったわけだけど、この病室にいる日数だけならファドに負けないかもしれない。トコちゃんには負けるだろうけど。

わたしが入院したのは、ずいぶん前のこと。手術の前に、病気のところを小さくする薬の治療をしなきゃいけなかったから。手術の後も薬の治療があるけど、入院は長くても一年の予定だって言われてた。

手術から何カ月か経って、明日の検査で悪いところが見つからなかったら退院に向けて調整を始めるって言われたんだけど。もしかして予定より早く退院できるかもって思ってたんだけど。

リレー選手に選ばれた運動会は雨、行きたくなかった水泳記録会は晴れ。だから、このときも“来る”って思ってた。そしたら、ほんとに“来た”。

その検査で悪いところが見つかって、退院の話は一発で吹っ飛んで、再検査の話になってしまった。やっぱり、「明日」って言葉が出ると、ろくなことがない。明日の話はしないほうがいいって言い出したのはトコちゃんだけど、そのとおりだと思った。

で、それが一昨日の話。それから、お母さんの顔を見ていない。だって、がっかりしてるの、わかるもの。話すときも、なるべくお母さんのほうを見ないようにしてる。

お母さんの悲しい顔さえ見なければ、わたし自身はちっとも悲しくなんかない。それよりも、うんざりしていた。再検査をして、また悪い結果が出たら、もう一度手術をするかもしれない。ってことは、その後、また何カ月も入院して薬の治療をしなきゃいけないってこと。

口の中が口内炎だらけになったり、頭が痛くなったり、ご飯を食べても食べなくても吐いたり。そういうイヤなことの繰り返しが何カ月も続く。髪の毛はもうほとんど抜けてしまったから、これ以上抜けようがないけど。

せっかく早く退院できるかもって思ってたのに、思いっきり裏切られた。明日のことなんて考えなきゃよかった。その先のことなんて、まちがっても考えちゃいけなかった……。

がっかりして、うんざりして、腹が立った。ものすごく。なんで、わたしばっかり? ミドなんて、あんなうっとうしいヤツなのに、体はどこも悪くない。そんなの不公平だ。ミドも病気になればいいのに。

でも、ファドの話だと、ミドはすごく丈夫で、小さいころから風邪ひとつひかなかったらしい。双子なのに、いつも熱を出したり、お腹をこわしたりするのはファドだけ。不公平だってファドは怒ってた。わたしもそう思う。

(#3へ続く)

関連書籍

永嶋恵美『明日の話はしない』

難病で何年も入退院を繰り返し人生を諦観する小学生。男に金を持ち逃げされ無一文のオカマのホームレス。大学中退後に職を転々、いまはスーパーのレジで働く26歳の元OL。別々の時代、場所で生きた三人が自らに課した共通のルールが「明日の話はしない」だった。過失、悪意、転落――三つの運命的ストーリーが交錯し、絶望が爆発するミステリ。

永嶋恵美『せん-さく』

「俺、帰りたくなくって」29歳の主婦・典子は、ネットのオフ会で知り合った15歳の遼介から別れ際、告げられる。典子は家出を思いとどまらせようと少しだけつきあうことにしたが、彼はなかなか帰らない。道行きの途中、二人は遼介の級友の両親が殺され、友人自身も行方不明だと知る……。現代人の不安とさびしさをすくい取った感動の長編ミステリ。

永嶋恵美『インターフォン』

市営プールで見知らぬ女に声をかけられた。昔、同じ団地の役員だったという。気を許した隙、三歳の娘が誘拐された。茫然とする私に六年生の長男が「心当たりがある」と言う(表題作)。頻繁に訪れる老女の恐怖(「隣人」)、暇を持て余す主婦四人組の蠱惑(「団地妻」)等、団地のダークな人間関係を鮮やかに描いた十の傑作ミステリ。

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明日の話はしない

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