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どこでもいいからどこかへ行きたい

2024.12.25 公開 ポスト

「それはただの衰退」フィッシュマンズを聞くたびに思い出す京都鴨川沿いの風景pha

家から出たらそれは旅――。ふらふらと移動することをすすめる、phaさん著『どこでもいいからどこかへ行きたい』は、旅をぐっと身近に感じることができる一冊。読むことで旅する気持ちを味わうもよし、読みながら旅するもよし。年末年始のお供にどうぞ。

冬とカモメとフィッシュマンズ

ユリカモメは冬の渡り鳥だ。毎年冬になるとシベリアあたりの厳冬を避けて南へと飛んできて日本の川辺や海沿いで越冬し、暖かくなるとまた北へと帰っていく。

大学時代に京都にいた頃は、当時住んでいた学生寮の近くを流れている鴨川の河原に行ってはよくユリカモメに餌をやっていた。

二十歳前後の僕は今よりも暗く内向的で友達も少なく、今よりもさらに将来の見通しがなく、社会に適応できないという思いを持ちつつも社会から外れる勇気も持てず、この先どうやって生きていったらいいのかいつも途方に暮れつつ、過剰な自意識や承認欲求や性的衝動をこじらせて周りに迷惑をかけたりしていた。要はよくいる暗くて面倒臭い大学生だった。

「もうだめだ、つらい」

気が滅入いってそんなことを呟つぶやきながら汚い寮の玄関をくぐり抜けふらふらと鴨川まで歩いていって川の側の100円ショップでかっぱえびせんやベビースターラーメンなどのスナック菓子を買って橋の上で袋を開けてつかみ出した中身を適当に空中に放り投げると、あっという間に白くてひらひらしたユリカモメたちに囲まれる。ぐわあぐわあという騒がしい鳴き声が自分を包囲する。

ユリカモメは公園で老人に餌をもらってぬくぬくと肥え太っているハトなどよりもずっと運動性能が高く、水にも入れるし空中で旋回もできるので、動きを見ていると面白い。餌を高く放り投げれば巧みに空中でそれをキャッチする。

黄色い菓子をつかんでは投げ、つかんでは投げを繰り返すたびに空中に白い羽が入り乱れ、あたりはまるでお祭りのようになる。菓子を司る自分がその空間を統べているような気分になる。鬱々としたときはよくそうやって気を晴らしていた。

今の僕は京都を遠く離れて東京に住んでいるけれど、東京にはなぜ鴨川がないのだろうと不満に思う。京都の鴨川は、街なかの歩いてすぐに行ける距離にあって、そこには水や草や鳥や開けた景色や自由に座れるベンチがあるという、無料でいくらでも過ごせてなんでもできる貴重な空間だった。

あの頃は全てが鴨川の河原で行われていた。散歩をするのも日光浴をするのも、花見をするのも花火をするのも、女の子と初めて手をつなぐのも初めてキスをするのも、そして別れ話をするのも、全部鴨川だった。今でも鴨川の河原を歩くと、100メートル置きくらいになんらかの思い出が埋まっていて蘇ってくる記憶に足を取られて進めなくなるので非常に危険だ。

当時の僕は穂村弘を読んだ影響で短歌を作ったりしていて、天気のいい日に河原を歩き回るといろんなイメージが次から次へと頭の中に浮かんできたものだけど、あの頃は感性が鋭敏だったなと思う。今の僕はもうすっかり鈍くなってしまった。風景を見てもあまり面白いことを思いつかなくなった。瑞々しい感性を失ってしまった。

感覚が鈍った分、生きやすくなったというのはあるかもしれないけれど、最近はもう、感動したり本気になったりすることがすっかり少なくなった。

本や音楽も昔に比べると全然読んだり聴いたりしなくなった。音楽なんかは今でも大学時代とほとんど同じもの、例えば中島みゆきとフィッシュマンズを延々と聴き続けていたりする。全く進歩がないけれど、飽きないのでしかたがない。

僕にとって中島みゆきは寮のこたつでだらだらと過ごしていた記憶と結びついていて、フィッシュマンズは鴨川を歩いていた思い出と結びついている。フィッシュマンズを聴くたびに、音楽を聴きながらふらふらと鴨川を歩いていたときの気分を思い出す。

フィッシュマンズを教えてくれたのは今はもう死んでしまった大学の友人だった。僕がフィッシュマンズを知ったときにはすでにボーカルの佐藤伸治はジョン・レノンと同じように故人になっていてバンドも活動を停止していたけれど、ボーカルの若年での死という事実と夕闇の中でゆらゆらと浮遊し続けるような音楽性とが相まって、彼らの音楽は僕をこの生きづらい現実から抜け出させてどこか遠い彼岸へ連れていってくれるような気がしたのだった。

僕にフィッシュマンズを教えてくれた友人は結局大学を卒業する前に自殺してしまった。僕はなんとか単位を揃えて卒業し、その後、就職・退職・上京などを経て、今は東京でなんとかやっていっている。

東京に出てきてから知り合った年下の友人もフィッシュマンズが好きだった。彼はドラムが叩けたので、一緒にニルヴァーナのコピーバンドをやったりして遊んでいたのだけど、そんな彼も一昨年、ニルヴァーナのボーカルであるカート・コバーンと同じ27歳で死んでしまった。なので、フィッシュマンズみたいな音楽を好きな人は早死にする、ということをどうしても思ってしまう。

大学時代から15年が過ぎ、カート・コバーンが死んだ27歳も佐藤伸治が死んだ33歳も過ぎて、僕はもう38歳になってしまった。けれど、フィッシュマンズを聴くたびに自分はまだ23歳くらいで、何も定まっていないままふわふわと生きているような気持ちになってしまう。

38になってもまだフィッシュマンズを聴いているとは思わなかった。そんなことを考えるたびにこの歌詞を思い出す。


ドアの外で思ったんだ あと10年たったら

なんでもできそうな気がするって

でもやっぱりそんなのウソさ

やっぱり何も出来ないよ

僕はいつまでも何も出来ないだろう

──フィッシュマンズ IN THE FLIGHT


あの頃に比べて自分は何かができるようになったのだろうか?

本質的には今でも自分は二十歳前後の頃と何も変わらないダメ人間だと思う。でも、当時に比べるとなんとかうまく自分のダメさをごまかしながらやっていく術を身につけて、だいぶ生きやすくなったとも思う。

でも、それはただの衰退なのかもしれない。感性や欲望や体力や自意識が弱ったせいで、周りとぶつからずに適当に妥協して周囲に合わせて穏やかにやっていくことができるようになっただけかもしれない。

そんな風に生命力がどんどん弱っていけば、そのうち自然にろうそくが燃え尽きるように、執着なくあちら側に行くことができるのだろうか?

わからない。今はまだ全然何もわからないけど、僕はこれからもフィッシュマンズを聴くたびに、そしてユリカモメを見るたびに、京都の鴨川沿いの風景を思い出し続けるだろう。

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関連書籍

pha『どこでもいいからどこかへ行きたい』

家にいるのが嫌になったら、突発的に旅に出る。カプセルホテル、サウナ、ネットカフェ、泊まる場所はどこでもいい。時間のかかる高速バスと鈍行列車が好きだ。名物は食べない。景色も見ない。でも、場所が変われば、考え方が変わる。気持ちが変わる。大事なのは、日常から距離をとること。生き方をラクにする、ふらふらと移動することのススメ。

pha『できないことは、がんばらない』

他の人はできるのに、どうして自分だけできないことが多いのだろう? 「会話がわからない」「服がわからない」「居酒屋が怖い」「つい人に合わせてしまう」「何も決められない」「今についていけない」――。でも、この「できなさ」が、自分らしさを作っている。小さな傷の集大成こそ人生だ。不器用な自分を愛し、できないままで生きていこう。

pha『パーティーが終わって、中年が始まる』

定職に就かず、家族を持たず、 不完全なまま逃げ切りたい―― 元「日本一有名なニート」がまさかの中年クライシス!? 赤裸々に綴る衰退のスケッチ 「全てのものが移り変わっていってほしいと思っていた二十代や三十代の頃、怖いものは何もなかった。 何も大切なものはなくて、とにかく変化だけがほしかった。 この現状をぐちゃぐちゃにかき回してくれる何かをいつも求めていた。 喪失感さえ、娯楽のひとつとしか思っていなかった。」――本文より 若さの魔法がとけて、一回きりの人生の本番と向き合う日々を綴る。

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どこでもいいからどこかへ行きたい

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pha

1978年生まれ。大阪府出身。京都大学卒業後、就職したものの働きたくなくて社内ニートになる。2007年に退職して上京。定職につかず「ニート」を名乗りつつ、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作る。2019年にシェアハウスを解散して、一人暮らしに。著書は『持たない幸福論』『がんばらない練習』『どこでもいいからどこかへ行きたい』(いずれも幻冬舎)、『しないことリスト』(大和書房)、『人生の土台となる読書 』(ダイヤモンド社)など多数。現在は、文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務している。Xアカウント:@pha

 

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