1. Home
  2. 生き方
  3. 文豪未満
  4. あなたの書店で1万円使わせてください~三...

文豪未満

2025.01.10 公開 ポスト

あなたの書店で1万円使わせてください~三省堂書店下北沢店~岩井圭也(作家)

12月1日、一軒の書店が来年1月31日をもって閉店することを発表した。

下北沢駅前に位置する、三省堂書店下北沢店である。

理由ははっきりしていて、「ビル建替えに伴い」閉店する旨を公式Xアカウントでも公表している。とはいえ、書店の閉店が止まらない昨今、このニュースに一抹の寂しさを感じることは否めない。

個人的にも、こちらのお店にはぜひ挨拶に行きたいと思っていた。というのも、11月に刊行した新刊いつも駅からだった』(祥伝社文庫)が、こちらのお店でものすごい勢いで売れている、という話を聞いていたからだ。

少し話がそれるが、『いつも駅からだった』は、京王電鉄沿線を舞台にした連作短編集である。全5話の舞台は、いずれも調布府中聖蹟桜ヶ丘など、沿線の駅を中心としている。そして本書の第1話の舞台こそが、下北沢なのである。三省堂書店下北沢店さんでは、『いつも駅からだった』が3週連続で文庫売り上げ1位、という快挙を成し遂げていた(12月中旬の取材時点)。

取材当日のランキング。文庫1位が拙著。

つまり、書き手として非常にお世話になっているお店なのだ。ただこれまではタイミングが合わず、いまだ挨拶に行けていなかった。

そんな三省堂書店下北沢店さんが閉店すると聞いて、真っ先に浮かんだのは「記録しておかねば!」という思いだった。

閉店した書店の様子は、基本的に、二度と知ることができない。仮に正面入口の写真は残っていたとしても、店内の詳細な状況が記録されていることは稀だ。この「あなたの書店で1万円使わせてください」という企画なら、写真もふんだんに掲載することができる。

ぜひ閉店前のお店を、私の実感とともに残しておきたい。そんな思いで同店に取材のお願いをしたところ、快く引き受けてくださった。

取材時点で閉店が決まっているケースは、この企画初。下北沢に縁のある方もそうでない方も、ぜひご覧いただきたい。

12月中旬、某出版社の編集者氏&販売担当氏とともに、下北沢駅前で集合した。

三省堂書店下北沢店が入っているのは、ピーコックストアの3階。井の頭線・小田急線の下北沢駅中央口から歩いてすぐの好立地である。うかがったのは平日の午前中だったが、1階のスーパーは地元の方らしき買い物客のみなさんでにぎわっていた。

エレベーターで3階に上がると、目の前はもうお店。さっそく書店さんにご挨拶をしてから、1万円を手に一枚。

正面出入口で。

岩井の買い物中は、同店の書店員さんが同行してくださることになった。お忙しいなか、ありがとうございます。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。

まずは出入口近辺から順番に見ていくことに。

めちゃくちゃいい場所に拙著が!

壁には、下北沢周辺を特集した雑誌、『世田谷ライフ』2024年3月号のポスターがずらりと並んでいた。

さすが下北沢の書店。

平積みされている本を物色していると、お笑いに関連する本が目立つことに気が付く。たとえば、M-1チャンピオンである令和ロマン・髙比良くるまの『漫才過剰考察』や、K-PRO代表の児島気奈『笑って稼ぐ仕事術』など。発売されたばかりの『M-1グランプリ大全2001-2024』もあった。

NON STYLE石田さんの直筆ポップも。

実は、これには意味がある。

同ビルの1つ上、4階には「下北スラッシュ」というレンタルスペースがあり、そこでは金土日に「下北GRIP」というお笑いライブが開催されている。つまり、お笑いに関心のある人がよく通りかかる立地なのだ。同行してくださった書店員さんいわく、やはりここに置いたことで動きがあるという。なるほどー。

ここで、書店員さんがかなりのお笑い好きであることが発覚。かなりマニアックなYouTubeチャンネルまで見ていることがわかり、私も負けじと、M-1グランプリ準決勝(配信で観た)の感想で応戦する。

ひとしきり盛り上がったところで、「そういえば買い物は……」ということになったが、この流れでお笑いと関係する本を買わないわけにはいかない。真っ先に手が伸びたのは、せいや(霜降り明星)『人生を変えたコント』(ワニブックス)だ。

霜降り明星は好きな漫才師の一組で、どんな本を書いてくれたのか、純粋に興味がある。というわけで、1冊目はこちらに決定。

早々に10万部を突破した話題の本。

すぐそこには、歌人・永井祐さんのポップが。左右社編集部『月のうた』(左右社)につけられたポップである。

どれどれ。

『月のうた』は、「月」にまつわる短歌100首が集められた歌集で、永井さんは収録作の作者のひとり。隣には同じ趣旨で「海」の短歌を集めた『海のうた』もあった。

永井さんの作品はこちら。

月を見つけて月いいよねと君が言う ぼくはこっちだからじゃあまたね

ひとりの作者による歌集はたまに購入するが、短歌のアンソロジーはまだ買ったことがない。永井さんの作品に惹かれたこともあり、今日の2冊目はこちらに決定。

ハードカバーの装幀がまたいい。

出入口近辺だけで2冊買ってしまったが、ここでもう少し奥へ行くことに。

実用書の棚は、「ソーイング・編み物」コーナーが大充実。「推しぬい」の本やちいかわの刺繍ブックなど、時流に乗った本も多数。

充実ぶりにびっくり。

幼児教育や小学参考書の棚には、ポケモンやサンリオキャラクターのドリルがずらりと並んでいた。

カラフルでかわいい。

続いて、児童書コーナーに移動。こちらのお店のメイン利用客はは近隣在住の皆さんだそうで、児童書や絵本もしっかり売れているとのこと。

もはや定番となった柴田ケイコ『パンどろぼう』(KADOKAWA)のシリーズ作品がずらりと並んでいた。

こんなにたくさん出てるんだ。

超有名タイトルだが、実は『パンどろぼう』シリーズは未読。軽い気持ちで手に取ってみると、評判通り面白そう。ここまできたら、一度入門してみよう。というわけで、3冊目は絵本に決まり。

この企画で絵本を買うのは結構珍しい。

さらに、いま大注目の絵本を教えてもらう。その名は『おせち』(福音館書店)。おせちに詰められているさまざまな料理が、カラーで掲載されている。昔ながらのおせちを食べる機会が少なくなったいま、かえって希少な1冊かもしれない。

ずいぶん評判になっているらしい。

次は文庫の棚へ。

友達の新刊。

通路の幅をしっかり取っているおかげで、商品がとても見やすい。

沢木耕太郎の話でひと盛り上がり。

ここで書店員さんからおすすめしてもらったのが、ヴァージニア・ウルフ著/鴻巣友季子訳『灯台へ』(新潮文庫)。鴻巣さんによる新訳が出たばかりとのこと。ウルフはいたるところで名前を聞く大作家だが、実は未読。オビにはこんな一文が。

小説にはこんなことができるんだ。

どんなことができるの!? 気になるなー。

ここまでそそられたら買わないわけにはいかない。4冊目に決定。

山崎杉夫さんの装画もいい。

次はお隣の新書コーナーへ。ここでも書店員さんのおすすめをうかがう。

一つは、話題の新刊・廣田龍平『ネット怪談の民俗学』(ハヤカワ新書)。SNSでよく感想を見かけるため、気になっていた。もう一つは、小塩真司『「性格が悪い」とはどういうことか ダークサイドの心理学』(ちくま新書)。まずタイトルがいい。岸本佐知子さんが推薦しているのも高ポイント。

2冊とも欲しいが、2冊買うと予算がヤバい気がする……。

葛藤。

さんざん悩んだ末、1冊に決定。SNSで見かけた数々のコメントに後押しされ、『ネット怪談の民俗学』を選んだ。

こちらのオビには梨さんのコメントが。

ここでもう一度、文庫の棚へ戻る。実はもう1冊、気になっている本があった。三浦英之『災害特派員 その後の「南三陸日記」』(集英社文庫)だ。

これこれ!

このところ震災に関連する本を立て続けに読んでいる影響か、タイトルがどうしても気になって仕方なかった。「忘却」に注目しているところも興味深い。本書は東日本大震災が中心となっているようだが、来年は阪神淡路大震災からちょうど30年でもあり、いま読むべき1冊だと直感した。

というわけで、こちらも購入。

三浦英之さんの本なら間違いないはず。

そろそろ予算が厳しくなってきた気がする。ここでどうしても見ておきたかった場所へ移動。それは、ノンフィクションの棚である。

ノンフィクション大好き。

どのお店でもそうだが、ノンフィクションの棚は見ているだけで全部欲しくなってくる。予算のことを考えると危険なため、あえて後半に回すことが多い。こちらのお店でも、棚全体が光り輝くような魅力を放っていた。

『「黒人」は存在しない。』気になるなー。

ここでも、2冊の本で悩むことに。

まずは、朝日新聞取材班『ルポ 京アニ放火殺人事件』(朝日新聞出版)。タイトルからして、強い引力を放っている。読み逃すことができない1冊だと直感した。

もう1冊が、窪田新之助『対馬の海に沈む』(集英社)だ。第22回開高健ノンフィクション賞受賞作であり、オビには選考委員の絶賛コメントが並んでいる。だが何より魅力的なのは、あらすじである。

JAで「神様」と呼ばれた男の溺死。執拗な取材の果て、辿り着いたのは、国境の島に蠢く人間の、深い闇だった。

短い文章なのに、読む者の心をぐっとつかむ。

どっちも読みたい。しかし2冊買ったら、おそらく1万円を軽々と超えてしまう。

どっちにしよう……。

苦悶の結果、このお店でなければ出会えなかったかもしれない『対馬の海に沈む』に決定! 間違いなく面白いだろうから、悔いはない。

本能が「面白い」と告げている。

買い物はここでストップだが、他のコーナーも巡ってみることに。

ふだんあまり読まない少女コミックのコーナーにも足を踏み入れてみる。『GALS!!』を見つけて「これは知ってる!」とはしゃぐなどする。

『初×婚』という作品について教えてもらう。

さらには、萩尾望都『ポーの一族』の新作を出していると知って度肝を抜かれる。

楽しい。

本だけでなく、文具も幅広く取り揃えている。

事務用品もしっかり。

ここでそろそろ、レジへ行くことに。前回はオーバーしてしまったが、今回は予算内に収まっている自信あり。

お願いします。

さあ、どうだ。

ドン。

いいじゃん。

10,421円。理想的な金額である。同じミスは2回連続ではしない!

今日購入した7冊。

帰りに、店先で「本屋さんブックチャーム」のガシャポンを発見。カプセルのなかには、三省堂書店、ジュンク堂書店、丸善など、書店チェーンのブックカバーをデザインしたミニチュアが入っている。同行してくれた販売担当氏が回している姿を、後ろから撮らせてもらった。

3回やったけど、三省堂のブックカバーは出なかった。

当初は「このお店のすべてを記録するぞ!」と意気込んでいたものの、普通に買い物が楽しすぎて、ほとんど記録に意識が向かなかったことは反省。ただ、本当にそれくらい楽しかったのだ……というのは言い訳。

勝手ながら、この楽しさの源泉は「普段このお店を利用するお客様に向き合っていること」にあるのではないかと思った。お笑い関連本しかり、充実した「ソーイング・編み物」コーナーしかり、絵本や文庫、新書の棚しかり……どこをとっても、このお店に通う人たちの姿が見えるような棚づくりである。

きっとそれは、当たり前のようで当たり前のことではない。お客様の好みも、客層も、常に少しずつ変化している。ということは、お店側も常に観察を続け、変化していかなければいけないということだ。心地よい棚の裏には、スタッフの皆さんの絶え間ない尽力が隠れている。三省堂書店下北沢店での買い物で、そんなことを実感した。

1月末をもって閉店してしまうこちらのお店。ぜひ、閉店前に足を運んでいただきたい。

最後に。

この企画に協力してくださる書店さんを募集中です。

うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント(https://twitter.com/keiya_iwai)までDMをください。関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。

それでは、次回また!

 

【今回買った本】

  • せいや(霜降り明星)『人生を変えたコント』(ワニブックス)
  • 左右社編集部『月のうた』(左右社)
  • 柴田ケイコ『パンどろぼう』(KADOKAWA)
  • ヴァージニア・ウルフ著/鴻巣友季子訳『灯台へ』(新潮文庫)
  • 廣田龍平『ネット怪談の民俗学』(ハヤカワ新書)
  • 三浦英之『災害特派員 その後の「南三陸日記」』(集英社文庫)
  • 窪田新之助『対馬の海に沈む』(集英社)

関連書籍

岩井圭也『夜更けより静かな場所』

”人生は簡単じゃない。でも、後悔できるのは、自分で決断した人だけだ” 古書店で開かれる深夜の読書会で、男女6名の運命が動きだす。直木賞(2024年上半期)候補、最注目作家が贈る「読書へのラブレター」!一冊の本が、人生を変える勇気をくれた。珠玉の連作短編集!

岩井圭也『プリズン・ドクター』

奨学金免除のため、しぶしぶ、刑務所の医者になった是永史郎(これなが しろう)。患者たちにはバカにされ、ベテランの助手に毎日怒られ、憂鬱な日々を送る。そんなある日の夜、自殺を予告した受刑者が、変死した。胸をかきむしった痕、覚せい剤の使用歴……これは自殺か、病死か?「朝までに死因を特定せよ!」所長命令を受け、史郎は美人研究員・有島に検査を依頼するが――手に汗握る、青春×医療ミステリ!

{ この記事をシェアする }

文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。

そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。

バックナンバー

岩井圭也 作家

1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュ ー。著書に『夏の陰』( KADOKAWA)、『文身』(祥伝社)、『最後の鑑定人』(KADOKAWA)、『付き添う人』(ポプラ社)等がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP