12月1日、一軒の書店が来年1月31日をもって閉店することを発表した。
下北沢駅前に位置する、三省堂書店下北沢店である。
理由ははっきりしていて、「ビル建替えに伴い」閉店する旨を公式Xアカウントでも公表している。とはいえ、書店の閉店が止まらない昨今、このニュースに一抹の寂しさを感じることは否めない。
個人的にも、こちらのお店にはぜひ挨拶に行きたいと思っていた。というのも、11月に刊行した新刊『いつも駅からだった』(祥伝社文庫)が、こちらのお店でものすごい勢いで売れている、という話を聞いていたからだ。
少し話がそれるが、『いつも駅からだった』は、京王電鉄沿線を舞台にした連作短編集である。全5話の舞台は、いずれも調布や府中、聖蹟桜ヶ丘など、沿線の駅を中心としている。そして本書の第1話の舞台こそが、下北沢なのである。三省堂書店下北沢店さんでは、『いつも駅からだった』が3週連続で文庫売り上げ1位、という快挙を成し遂げていた(12月中旬の取材時点)。
つまり、書き手として非常にお世話になっているお店なのだ。ただこれまではタイミングが合わず、いまだ挨拶に行けていなかった。
そんな三省堂書店下北沢店さんが閉店すると聞いて、真っ先に浮かんだのは「記録しておかねば!」という思いだった。
閉店した書店の様子は、基本的に、二度と知ることができない。仮に正面入口の写真は残っていたとしても、店内の詳細な状況が記録されていることは稀だ。この「あなたの書店で1万円使わせてください」という企画なら、写真もふんだんに掲載することができる。
ぜひ閉店前のお店を、私の実感とともに残しておきたい。そんな思いで同店に取材のお願いをしたところ、快く引き受けてくださった。
取材時点で閉店が決まっているケースは、この企画初。下北沢に縁のある方もそうでない方も、ぜひご覧いただきたい。
*
12月中旬、某出版社の編集者氏&販売担当氏とともに、下北沢駅前で集合した。
三省堂書店下北沢店が入っているのは、ピーコックストアの3階。井の頭線・小田急線の下北沢駅中央口から歩いてすぐの好立地である。うかがったのは平日の午前中だったが、1階のスーパーは地元の方らしき買い物客のみなさんでにぎわっていた。
エレベーターで3階に上がると、目の前はもうお店。さっそく書店さんにご挨拶をしてから、1万円を手に一枚。
岩井の買い物中は、同店の書店員さんが同行してくださることになった。お忙しいなか、ありがとうございます。
本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。
まずは出入口近辺から順番に見ていくことに。
壁には、下北沢周辺を特集した雑誌、『世田谷ライフ』2024年3月号のポスターがずらりと並んでいた。
平積みされている本を物色していると、お笑いに関連する本が目立つことに気が付く。たとえば、M-1チャンピオンである令和ロマン・髙比良くるまの『漫才過剰考察』や、K-PRO代表の児島気奈『笑って稼ぐ仕事術』など。発売されたばかりの『M-1グランプリ大全2001-2024』もあった。
実は、これには意味がある。
同ビルの1つ上、4階には「下北スラッシュ」というレンタルスペースがあり、そこでは金土日に「下北GRIP」というお笑いライブが開催されている。つまり、お笑いに関心のある人がよく通りかかる立地なのだ。同行してくださった書店員さんいわく、やはりここに置いたことで動きがあるという。なるほどー。
ここで、書店員さんがかなりのお笑い好きであることが発覚。かなりマニアックなYouTubeチャンネルまで見ていることがわかり、私も負けじと、M-1グランプリ準決勝(配信で観た)の感想で応戦する。
ひとしきり盛り上がったところで、「そういえば買い物は……」ということになったが、この流れでお笑いと関係する本を買わないわけにはいかない。真っ先に手が伸びたのは、せいや(霜降り明星)『人生を変えたコント』(ワニブックス)だ。
霜降り明星は好きな漫才師の一組で、どんな本を書いてくれたのか、純粋に興味がある。というわけで、1冊目はこちらに決定。
すぐそこには、歌人・永井祐さんのポップが。左右社編集部『月のうた』(左右社)につけられたポップである。
『月のうた』は、「月」にまつわる短歌100首が集められた歌集で、永井さんは収録作の作者のひとり。隣には同じ趣旨で「海」の短歌を集めた『海のうた』もあった。
永井さんの作品はこちら。
月を見つけて月いいよねと君が言う ぼくはこっちだからじゃあまたね
ひとりの作者による歌集はたまに購入するが、短歌のアンソロジーはまだ買ったことがない。永井さんの作品に惹かれたこともあり、今日の2冊目はこちらに決定。
出入口近辺だけで2冊買ってしまったが、ここでもう少し奥へ行くことに。
実用書の棚は、「ソーイング・編み物」コーナーが大充実。「推しぬい」の本やちいかわの刺繍ブックなど、時流に乗った本も多数。
幼児教育や小学参考書の棚には、ポケモンやサンリオキャラクターのドリルがずらりと並んでいた。
続いて、児童書コーナーに移動。こちらのお店のメイン利用客はは近隣在住の皆さんだそうで、児童書や絵本もしっかり売れているとのこと。
もはや定番となった柴田ケイコ『パンどろぼう』(KADOKAWA)のシリーズ作品がずらりと並んでいた。
超有名タイトルだが、実は『パンどろぼう』シリーズは未読。軽い気持ちで手に取ってみると、評判通り面白そう。ここまできたら、一度入門してみよう。というわけで、3冊目は絵本に決まり。
さらに、いま大注目の絵本を教えてもらう。その名は『おせち』(福音館書店)。おせちに詰められているさまざまな料理が、カラーで掲載されている。昔ながらのおせちを食べる機会が少なくなったいま、かえって希少な1冊かもしれない。
次は文庫の棚へ。
通路の幅をしっかり取っているおかげで、商品がとても見やすい。
ここで書店員さんからおすすめしてもらったのが、ヴァージニア・ウルフ著/鴻巣友季子訳『灯台へ』(新潮文庫)。鴻巣さんによる新訳が出たばかりとのこと。ウルフはいたるところで名前を聞く大作家だが、実は未読。オビにはこんな一文が。
小説にはこんなことができるんだ。
どんなことができるの!? 気になるなー。
ここまでそそられたら買わないわけにはいかない。4冊目に決定。
次はお隣の新書コーナーへ。ここでも書店員さんのおすすめをうかがう。
一つは、話題の新刊・廣田龍平『ネット怪談の民俗学』(ハヤカワ新書)。SNSでよく感想を見かけるため、気になっていた。もう一つは、小塩真司『「性格が悪い」とはどういうことか ダークサイドの心理学』(ちくま新書)。まずタイトルがいい。岸本佐知子さんが推薦しているのも高ポイント。
2冊とも欲しいが、2冊買うと予算がヤバい気がする……。
さんざん悩んだ末、1冊に決定。SNSで見かけた数々のコメントに後押しされ、『ネット怪談の民俗学』を選んだ。
ここでもう一度、文庫の棚へ戻る。実はもう1冊、気になっている本があった。三浦英之『災害特派員 その後の「南三陸日記」』(集英社文庫)だ。
このところ震災に関連する本を立て続けに読んでいる影響か、タイトルがどうしても気になって仕方なかった。「忘却」に注目しているところも興味深い。本書は東日本大震災が中心となっているようだが、来年は阪神淡路大震災からちょうど30年でもあり、いま読むべき1冊だと直感した。
というわけで、こちらも購入。
そろそろ予算が厳しくなってきた気がする。ここでどうしても見ておきたかった場所へ移動。それは、ノンフィクションの棚である。
どのお店でもそうだが、ノンフィクションの棚は見ているだけで全部欲しくなってくる。予算のことを考えると危険なため、あえて後半に回すことが多い。こちらのお店でも、棚全体が光り輝くような魅力を放っていた。
ここでも、2冊の本で悩むことに。
まずは、朝日新聞取材班『ルポ 京アニ放火殺人事件』(朝日新聞出版)。タイトルからして、強い引力を放っている。読み逃すことができない1冊だと直感した。
もう1冊が、窪田新之助『対馬の海に沈む』(集英社)だ。第22回開高健ノンフィクション賞受賞作であり、オビには選考委員の絶賛コメントが並んでいる。だが何より魅力的なのは、あらすじである。
JAで「神様」と呼ばれた男の溺死。執拗な取材の果て、辿り着いたのは、国境の島に蠢く人間の、深い闇だった。
短い文章なのに、読む者の心をぐっとつかむ。
どっちも読みたい。しかし2冊買ったら、おそらく1万円を軽々と超えてしまう。
苦悶の結果、このお店でなければ出会えなかったかもしれない『対馬の海に沈む』に決定! 間違いなく面白いだろうから、悔いはない。
買い物はここでストップだが、他のコーナーも巡ってみることに。
ふだんあまり読まない少女コミックのコーナーにも足を踏み入れてみる。『GALS!!』を見つけて「これは知ってる!」とはしゃぐなどする。
さらには、萩尾望都が『ポーの一族』の新作を出していると知って度肝を抜かれる。
本だけでなく、文具も幅広く取り揃えている。
ここでそろそろ、レジへ行くことに。前回はオーバーしてしまったが、今回は予算内に収まっている自信あり。
さあ、どうだ。
ドン。
10,421円。理想的な金額である。同じミスは2回連続ではしない!
帰りに、店先で「本屋さんブックチャーム」のガシャポンを発見。カプセルのなかには、三省堂書店、ジュンク堂書店、丸善など、書店チェーンのブックカバーをデザインしたミニチュアが入っている。同行してくれた販売担当氏が回している姿を、後ろから撮らせてもらった。
当初は「このお店のすべてを記録するぞ!」と意気込んでいたものの、普通に買い物が楽しすぎて、ほとんど記録に意識が向かなかったことは反省。ただ、本当にそれくらい楽しかったのだ……というのは言い訳。
勝手ながら、この楽しさの源泉は「普段このお店を利用するお客様に向き合っていること」にあるのではないかと思った。お笑い関連本しかり、充実した「ソーイング・編み物」コーナーしかり、絵本や文庫、新書の棚しかり……どこをとっても、このお店に通う人たちの姿が見えるような棚づくりである。
きっとそれは、当たり前のようで当たり前のことではない。お客様の好みも、客層も、常に少しずつ変化している。ということは、お店側も常に観察を続け、変化していかなければいけないということだ。心地よい棚の裏には、スタッフの皆さんの絶え間ない尽力が隠れている。三省堂書店下北沢店での買い物で、そんなことを実感した。
1月末をもって閉店してしまうこちらのお店。ぜひ、閉店前に足を運んでいただきたい。
*
最後に。
この企画に協力してくださる書店さんを募集中です。
「うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント(https://twitter.com/keiya_iwai)までDMをください。関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。
それでは、次回また!
【今回買った本】
- せいや(霜降り明星)『人生を変えたコント』(ワニブックス)
- 左右社編集部『月のうた』(左右社)
- 柴田ケイコ『パンどろぼう』(KADOKAWA)
- ヴァージニア・ウルフ著/鴻巣友季子訳『灯台へ』(新潮文庫)
- 廣田龍平『ネット怪談の民俗学』(ハヤカワ新書)
- 三浦英之『災害特派員 その後の「南三陸日記」』(集英社文庫)
- 窪田新之助『対馬の海に沈む』(集英社)
文豪未満
デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。
そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。
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