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これはニュースではない

2025.01.02 公開 ポスト

「くつろぎすぎている人は威圧感を与える」松本人志の変節と“見た目の問題”速水健朗

速水健朗さんのポッドキャスト「これはニュースではない」と幻冬舎plusがコラボし、「80年代と90年代はどう違ったか。」が3回配信されました(ゲストは米澤泉さん。その1その2その3)。時事ネタ、本、映画、音楽について、膨大な知識を背景にしたウィットにとんだ切り口が人気の速水さんのポッドキャスト。その書籍版『これはニュースではない』も読み物ならではのおもしろさがあります。コラボを記念し、抜粋記事をお届けします。

40代の男性の見た目の方向性がぶれる理由

前回に引き続いて、週刊文春の話。

松本人志のスキャンダル記事は、合コンにおいて威圧的な態度をとり続けた彼が、相手の女性に無理強いを強いたという内容だ。問題は、性的な行為を強要したのか、同意があったのかというところにあるが、記事自体が誘導するのは、松本が合コンですべり倒している様子だ。

「俺の子を産めや」という発言は、どんなシチュエーションだったとしてもかっこ悪いし。ただ読者に不快感を伝えようとし過ぎるあまりに、うわすべった記事にも読める。ちなみに「スベる」が、受けなかったギャグの意味であるという関西風の表現が、全国区で知られるようになるのは、松本人志きっかけという説がある。あおくまで俗説。

ダウンタウンは、シャツとネクタイでヒョロっとした松ちゃんと、ヴィンテージのオーバーサイズのジーンズを履いた浜ちゃんという絵面で登場した。80年代末の話。「ガキの使いじゃあらへんで」の出囃子がコールドカットの楽曲だったことも合わせて、ダウンタウンは、スタイリッシュだった。正直、僕のダウンタウンのイメージがそこで止まっている。

文春の記事の中には、松本人志のTシャツ姿、その鍛えた肉体を強調した箇所が何度か出てきた。何を今さらと思われるかもしれないが、シャツにネクタイと決まっていた松本のイメージは、今では小さめのTシャツがトレードマークになっている。

松本の肉体的な変化が、彼の笑いの質の変化と結びついている。それを誰もが感じているはず。体を鍛えることで思想が変節し、人は思想的に転向する。例として、三島由紀夫や長渕剛などを挙げることができる。

時系列を話すと、松本人志はシャツ&ネクタイスタイルから、次に髪型を坊主にした。しばらくは、ネクタイ姿と坊主頭が混在していた時期がある。その頃、同時に作務衣を着る機会が増えていく。「1人ごっつ」の頃だ。まだオウム事件の直後の時期で、世間は坊主頭には少なからずの抵抗のあった。元幹部の何人かの姿を思い出す。

松本が体を鍛え始めたのは、それよりも随分あとのこと。坊主が金髪に変わったタイミングもあった。これも随分と前のことだったかもしれない。

40代で見た目が変節した有名人には、スティーブ・ジョブズがいる。ジョブズは、黒のハイネックセーターにリーバイス501というのちのトレードマークを40代になって定着させた。

80年代にはネクタイ、あるいは蝶ネクタイをしてタキシードを着ていた。90年代になっても、半ばまでは、黒のハイネックではなかった。

いつからジョブズはファッションを変えたのか。ウォルター・アイザックソンによる評伝に書かれている。

1997年、ジョブズがアップル社に戻ってきた時、古参の社員たちの前でスピーチをする。このときに黒セーターにリーバイスという格好で登場する。ただ、そこからずっとこの格好で定着したわけではなく、復帰当初のMacworldのイベントでは、白シャツにベストというスタイルだった。また、97〜98年くらいのジョブズは髪も長く、体型はぽっちゃりしている。それが病気もあって、痩せていく中で、髪の毛を短くしヒゲを生やすようになる。カジュアルな格好、そして短髪にヒゲ。だが、ジョブズは、イメージチェンジに成功した。ジョブズの新イメージは、気性の激しい苛烈な性格をうまくぼかし、求道者の印象を植え付けた。松本人志とは別方向のイメチェンである。

ジョブズはファッションに無頓着だったのだろう。だからこそ、それに時間を奪われたくなかった。だから同じ格好を続けた。それが逆にスタイリッシュに見られた。


坂本龍一の対談記事が炎上したことがある。2006年の記事だ。彼はジャージを着ている人が嫌いだと発言した。それを理由に友人と絶交したこともあったという。ネットでは「着るもので人を区別するのか」と炎上した。

坂本龍一が言っていた話は、十分、理解できる話だった。くつろぎすぎている人は、むしろ威圧感を周囲に与える。ヤンキーはよくスウェットを着る。当人はくつろいでいるのだが、それは周囲には別のメッセージを与える。皆がTPOを守る中、1人それを破る奴がいる常態。その人物は、触れてはいけない対象になる。その威圧の効果に対する指摘を坂本龍一はしただけだ。

三島由紀夫も似たことをエッセイに書いている。三島は、飛行機に乗るときには正装だった。三つ揃いのスーツに帽子までかぶっていたのだと思う。ただ長旅だからとリラックスした格好で飛行機に乗る人もいる。三島はそれに怒りを表明する。くつろぎ過ぎている人への違和感。それは、松本人志が醸し出していたものと同じだ。くつろぎすぎている人物がつくり出す異化作用。それが松本人志のお笑いの性質と結びつく。

体を鍛えたから、性格もマッチョになったわけではない。もっと前からだ。『一人ごっつ』あたりがその始まりだろう。やっぱり作務衣からだ。最初は、鶴太郎のパロディをやっているのだと思った。

僕は『ラーメンと愛国』(2011年)という本を書いたことがあるが、この本はラーメンについてよりも、作務衣を着る人間のことについて書いた。作務衣&頭にタオルを巻いて腕組みをするラーメン屋の店員のスタイルについて触れた。厳密には、誰が始めたのかは調べてもわからなかったが、今は、あのラーメン屋のスタイルは『一人ごっつ』の松本人志から生まれた文化なのではないかと思っている。松本人志と佐野実のラーメン職人イメージがミックスされたもの。

松本人志のルックスの変化と芸風の変化。最初は、作務衣だと誰か指摘しているだろうか。ネットで検索してみたら、「松本人志の変節は作務衣からである」という記事を見つけた。自分の記事だった。すっかり忘れていた。

(初出2024年1月)

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【お知らせ】

米澤泉さんと速水健朗さんのトークは、音声と動画の両方を公開をしています。ぜひご覧ください。

「80年代と90年代はどう違ったか。その1」米澤泉さんと対談。雑誌『Olive』とハラカドの話。(音声動画
「80年代と90年代はどう違ったか。その2」米澤泉さんと対談。「世界の坂本」が90年代にいかに向き合ったか(音声動画
「80年代と90年代はどう違ったか。その3」米澤泉さんと対談。2人のキョウコの話。(音声動画

速水健朗『これはニュースではない』

ライター・編集者の速水健朗によるポッドキャスト『速水健朗のこれはニュースではない』。 時事ネタ、本、映画、音楽についてのテーマを、時代や日本海外問わず膨大な知識の中から様々なカルチャーを拾い上げて紹介。独特の軽妙洒脱の中にある鋭い視点と切り口による考察や分析が好評を博している番組だ。本書は、そんな速水健朗氏のポッドキャストと様々な本や出版業界に関する情報を批評性や企画性高く紹介するwebサイト「リアルサウンドブック」での連載企画を大幅に加筆修正し一冊にまとめている。

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これはニュースではない

ライター・編集者・速水健朗さんによるポッドキャスト『速水健朗のこれはニュースではない』の書籍版からの試し読みです。

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速水健朗

ライター、 編集者。 主な分野は、 文化全般、 本や都市、メディア史など。『これはニュースではない』『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』『 1995 年 』『 フード左翼とフード右翼 』『 東京β 』 など 著書多数。 ポッドキャスト「これはニュースではない」配信中。

 

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