誰かを待つ時間、その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
そんな「待つ時間」にそっと寄り添う音楽をモチーフに、DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに言葉を綴っていただきます。
街灯に光はなく薄黒い闇が覆い、僕は綴りたての詩を紙ナプキンに書き殴った
一昨日の小雨で拭われた塵は、行き場を失った孤児のように虚しげに舞い上がり
君は世界との約束に追われるがまま、夜明け前に目覚めては空になった加湿器の電源を切って
パチパチと音がするオイルヒーターが温める間を待たずに、窓を大きく開け放って滞留する邪気を外界へと追い出した
昨夜の道玄坂には雪が降り、コンクリートの斜面を白く塗り替える間もなく、颯爽と汚れてゆく様を
誰かの身の上話に汚されてゆく魂を重ねて、向こう側に佇む贅沢な憂鬱に想いを馳せた
灼熱の太陽に身を焦がされた夏の狂気は、時間差で君や僕の心身に蓄積した徒労感を呼び起こして
死んでいった虫たちや、蒸発した水分、いつかのリグレットを指折り数えては体感温度を下げてゆく
君と僕の水着は歳を重ねるごとに重力に導かれて、ゆっくりと二人の境目が薄らいでゆく
百年の孤独について話し始めたり、半年に一度しか聞かない大切なレコードの存在についてや、尽きることのない互いへの好奇心と共感を自由に回遊して、そっと目を閉じて眠りにつく日々を
夏至も冬至も気にしない暮らしから、ささやかな思い出を日記に綴る生き方に
曇天の隙間から顔をだした悲しみに暮れた日の太陽のことや、愛の誓いを交わした日の遠くまで続く青空を、肌に纏い続きの命を燃やしてゆく
もしもあの人が生き返ることがあるとしたら、昨日でも今日でもない時空の接合点でなら会える気がして、煩悩の数だけの鐘の音を脳内で逆再生するかのごとく、息をのんで何度でも願うだろう
時だけが持つ祝福を謳歌して、君と僕と彼らや彼女らは、忘れられなかったことを少しだけ忘れて
運命を永遠に携えながら、次の時空の結合点までを生き直してゆくのだから
坂本龍一『SMOOCHY』(1995年、フォーライフ ミュージックエンタテイメント)収録
渋谷で君を待つ間にの記事をもっと読む
渋谷で君を待つ間に
誰かを待つ時間、あなたはどんな風に過ごすでしょうか。
その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
この連載では、そんな「待つ時間」にそっと寄り添う音楽を、DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに毎回紹介していただきます。
- バックナンバー
-
- ゆっくりと二人の境目が薄らいで - 坂本...
- 遠回りをしても、近道を選んでも - 藤井...
- ただ言葉を紡いでいたい - カルメン・マ...
- 純真無垢なあの感触を抱けることを想像して...
- ゾンビを何度も生き返らせて - Chap...
- 心だけは処女航海のイメージで - Suc...
- それでも新しく生まれ変わるのならば - ...
- 僕はイニシャルの導きだけを頼りに - M...
- 目も眩みそうな優しさに魅了されて - H...
- 都会でしか生きられないと思い込んでいた僕...
- 車窓から眺める朝焼けは東京を美しく照らし...
- 眠っている宝物を見つけ出すまでは - サ...
- あるはずのない楽園を追い求めるばかりに ...
- 出来ることなら永遠に美しく未完成のままで...
- 長く暮らしたこの街を離れる君に - 玉置...
- 少しも傷つかずにぼんやりと、平常心で居ら...
- ラッキーはスイートだけど時に苦い - I...
- 積み重なる経験値は幻のように - 山田タ...
- 未だ見ぬ“向こう側”へと繋がるイメージで...
- 風が吹けば舞い上がり、雨が降れば泣き出し...
- もっと見る