動画はとにかく「短く」、スポーツや映画は観ない、とにかく失敗したくない……。若者を中心に、「タイパ」(タイムパフォーマンス、時間対効果)という価値観が広がっています。なぜ、彼らはここまで「タイパ」を重視するのでしょうか? 話題のロングセラー『タイパの経済学』の著者で、ニッセイ基礎研究所研究員の廣瀬涼さんにうかがいました。
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「タイパ」の3つの定義とは?
──廣瀬さんが考える「タイパ」の定義を、改めて教えていただけますか。
1つめに、「時短」という側面があると思います。たとえば、テレビを見ていると「タイパ重視の電子レンジ調理」といった話題がよく出てきますよね。自分がやらなくてはいけない仕事をどれだけ効率化できるか、いかに時間を短縮して目的を達成できるか。そのためにタイパが求められているということです。
2つめは、「ファスト映画」(映画のあらすじを短時間でわかるようにまとめた違法動画)や、「倍速視聴」の話に関係してくるのですが、他人との交流的価値や関係的価値を得るためにかかる手間を、いかに省くことができるかという側面です。
自分がめちゃくちゃ好きな映画だったら、誰でもじっくり観て感動したいと思うんです。でも、ファスト映画や倍速視聴はそうではなく、他人とのコミュニケーションツールに使いたいとか、世の中で流行っているものに遅れたくないといった、別の目的があるようです。
精神的充足、つまり自分のための消費ではなく、他人の存在を意識した消費といえます。コミュニケーションを盛り上げるために必要なネタにすぎないので、そこにお金をかけるのもバカバカしいという気持ちになってしまうのかもしれません。
3つめは、タイパには、消費したあとにその評価がくだされるという側面があります。
たとえば、お金を払って英会話教室に1年間通ったところ、英語がペラペラになったとします。ただ、ペラペラになったと評価できるのは1年後なので、ポケットからお金を出したときにどうなるかはわかりません。タイムラグがあるわけです。
コスパ(コストパフォーマンス)の場合、ある程度、すでに評価が決まっていて、その評価にもとづいてお金を出すか出さないか決めているところがあります。そこが、タイパとコスパの違いなのかなと思います。
若者が「タイパ」を求める理由
──若者たちはなぜ、タイパを求めているのでしょうか?
われわれは、所得は伸びていないのにもかかわらず、情報だけが圧倒的に増えてしまっている時代に身を置いています。
情報というのは、われわれが興味を持つきっかけになります。興味を持つということは、「欲しい」という欲求がかき立てられることでもあるので、情報が多いということは、「欲しい」と思わされてしまうタイミングがめちゃくちゃ多いことになります。
一方で、使うことができるお金には限度があるので、すべての欲求を満たすことはできません。そのため、いかに失敗しないように消費をするか、必ずしも消費しなくていいものを判断しながら、われわれは消費をしています。
その情報を与えているのが、SNSなのかなと思います。朝、「これ面白そうだな」とか「これ食べたいな」と思った情報を、夜になって覚えているでしょうか? 意外と覚えていないと思います。
また、欲求を満たしたとしても、満たしたことすらすぐに忘れてしまい、新しい欲求が生まれてきます。このように、われわれの興味はすごく流動的で、情報もすごいスピードで流れているといえます。
そんな中で、すべての情報にアンテナを張っておきたいと思ったら、誰かがすでに答えを出してくれているものに依拠するしかありません。それを参考にすれば、わざわざ自分が消費をしなくてもいいからです。
いかに手間をかけずに何かを見た状況になるとか、何かを食べた状況になるとか、何かを読んだ状況になるのを、彼らは追求しているのかなと思います。
──しかし、そのように表層的なところばかり漁っていたら、自分が何者なのかわからなくなりそうです。
ファスト映画の流行は、「何者かになりたい」「オタクになりたい」といった若者たちの欲求が大きく影響していると思います。ある意味、アイデンティティを探すような行為であるともいえます。
「感動したい」といった映画が直接与えてくれる効用ではなく、「見た」という事実が欲しいのだと思います。もっと言えば、他人から「映画にくわしいんだね」と思われたい。他人からの承認が欲しいだけにすぎないのではないでしょうか。
先ほどお話しした、交流的価値とか、関係的価値の側面ですよね。とりあえず、その映画を「見た」という状態になれればいい。そして、その状態になるためにはファスト映画でも、倍速視聴でもかまわない。
何なら、あらすじさえ知っていればいい。本当にタイパよくすませようと思ったら、映像さえ見ることなく、インターネットのまとめサイトで簡単に内容を知ることができます。
それぞれ合理的に考えて行動した結果が、ファスト映画なのかもしれないし、倍速視聴なのかもしれないし、まとめサイトであらすじを読むことなのかもしれない。いずれにしても、それらはすべて「他人と交流したい」という欲求にもとづいているのだろうと考えています。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【前編】廣瀬涼と語る「『タイパの経済学』から学ぶ関係的価値と交流的価値」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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