私の知っている草彅つよぽんはどこにもいなかった
私が草彅剛について知っていることは、おそらくごくごく「ふつう」のレベルだ。
国民的アイドルグループSMAPのメンバーだったこと。
「笑っていいとも」のレギュラーきっかけで、一時期はタモさん宅で寝正月がお決まりだったこと。
ユースケサンタマリアとやってた「『ぷっ』すま」が面白かったこと。
数多くのドラマに主演していたこと。でも、私はドラマを見ない民なので『いいひと』『僕の生きる道』『任侠ヘルパー』くらいしか印象が残っていない。となると、もしや同年代の女性的としては、知らないほうかもしれない。
映画は『ミッドナイトスワン』を観た。
その時は、なんだどうしたいつの間に、と思った。えぇっと、いつの間にこんな感じに? と驚きつつ、その「こんな感じ」が具体的にどんな感じ、なのか巧く言葉にできず、なんとなく引っかかったまま深く考えずにきてしまった。
で。
大抵のことは深く考えない人生ゆえに気が付けばそれから4年。この9月に、草彅剛主演で『ヴェニスの商人』が舞台化される、という情報がXに流れてきたのを目にして、あ! これは観たい! と思ったのでした。
シェイクスピア。
「ヴェニスの商人」。
ユダヤ人の高利貸しシャイロックを草彅剛が演る……!?
いやちょっとこれは、面白そう! っていうか、なんかありそう! しかも、うわー、ハルさん(春海四方。元一世風靡セピア。つまり「ジョニー」の仲間! 出るんじゃん!!
既にFCの先行抽選は終わっていて(その当落のポストが流れてきて気がついた記憶)、観たいから10月の一般発売狙ってみる! と呟いたところ、「明日から先行があります!」とTBSの先行抽選を教えてくれる方がいて、そそくさと申し込んでみたところ幸いにもチケットを手にすることができたのでした。
かくして平日の昼、向かった先は日本青年館。
7月にTravis Japanの松倉海斗&川島如恵留が主演した、音楽劇『A BETTER TOMORRO-男たちの挽歌-』を観に行って以来ですが、前回は泣きそうに暑かった道も歩きやすく、開演45分前には現着。館内のSTADIUM CAFÉで観劇前には重すぎるのでは? なランチをすませて10分前に着席。席は1階K列下手寄りのセンブロ。今の日本青年館は3代目で、2代目時代を知っている身としては、各段に見やすくなった印象で、K列はかろうじて演者の表情も判るし、舞台全体も見渡せていい感じ。
舞台には幕などはなく、客席側の一辺だけが解放された木目調のコの字型セットで、奥にはベンチがあるだけ。
ずいぶんシンプルな舞台装置だなーと意外に思っているうちに、客電が照いたまま、すーっと出演者全員が縦一列に並んで登場し、ステージの奥のベンチに横一列で座っていった。
まず目を惹かれたのが、ポーシャ役の佐久間由衣。めちゃくちゃスタイルがいい! 多くの男性演者と共に歩いてきたのに、頭が小さく姿勢が良く、歩いているだけで凛とした気品が伝わってくる。衣裳もまたそのスタイルの良さをひきたてていて、しばし目で追ってしまった。舞台映えするなー。
数十年ぶりに生で見たハルさんも、すぐに分かった。変わってない。変わってないはずないのに変わってない。
17人の役者が客席のほうを向いて着席完了。
そうなると、自然に主演である草彅くんの姿を中央付近に探してしまうが、いない。
あれ? と思っているうちにするっと芝居が始まり、演技を観ているうちに、あ! と気付いた。そんなところに……!!
演者たちは、ほぼほぼみんな舞台上を見ている。ガラスの仮面的に言えば仮面を外すことのないまま座って、自分以外の演者の芝居を見ている。
出番が来ると、そこからすっと立ちあがって芝居に入っていく。
ベンチと奥の壁には隙間があるようで、複数の役を演じる人の後ろには着替え用の衣装や小道具も用意されている。水分も。
草彅シャイロック剛も、ベンチの端でじっと舞台を見ていた。虚無というか、ある意味菩薩顔というか、穏やかなのに感情を押し殺したような顔で、前を向いていた。
『ヴェニスの商人』の映画や舞台を観たことはないし、本もきちんと読んだことはないものの、なにせ有名な話ではあるので、なんとなくストーリーは知っていた。ヴェニスの商人であるところのアントーニオ(忍成修吾)が、友人のバサーニオ(野村周平)のためにまとまった金を用立てようと、高利貸しのシャーロックに話を持ち込む。シャーロックは条件付きで金を貸す。その条件が、期限内に返せなかったら、アントーニオ身体からきっかり1ポンドの肉を切り取らせてもらう、というもので、紆余曲折あって、さあ大変! みたいな理解でいた。
で、実際に大枠ではそのとおりだったわけだが、発見と理解と感心が山のようにあって、気持ちが追い付いていかない。
そうか、シャイロックの娘かけおちするんだ。あぁアントーニオも解釈が難しい役だよね。正義ってなんだろ。ユダヤ人差別っていうか、同調圧力ってほんとえぐい。遠い昔の話じゃないのよなー。それにしてもこのポーシャ(佐久間由衣)たちの勝ち組感すごいな! シェイクスピア人の気持ちを試しすぎ。っていうか、グラシアーノ大鶴佐助じゃん!(「男たちの挽歌」の演出家、鄭義信が作・演出を手掛ける劇団「ヒトハダ」の座長で、9月に下北沢のすずなりで「旅芸人の記録」を観たばかり)。えっと1ポンドって何グラムだっけ? 400グラムぐらい?(実際には453,592グラム。そんなのきっかり切り取れるわけない! ってか、その天秤で絶対量れないだろ!)。うわーん、ハルさん! ハルさん! 公爵! 公爵! うぉぉぉ活舌良い! 巧い巧いよハルさん……!!!(涙)。
咆哮する草彅シャイロック剛!
そんな板の上に主演として立つ草彅剛は、声からして(聞いたことない……!)と驚くような、低く、闇を含んだ発声で、凄まじい引力をもっていた。その一挙手一投足を見逃したくなくて、2幕の山場である、喉が枯れてしまうのではないか、倒れ込んで動けなくなるんじゃないかと心配になるほど壮絶な法廷シーンが終わっても、ベンチの端に座るシャイロックをずっと見ていた。
舞台上で繰り広げられる、陽気で楽しく幸せな芝居(忘れそうになるけどヴェニスの商人は喜劇でもある)の後方で、俯き、膝に肘をつき、上半身が次第にまえのめりになり、項垂れていくシャイロック。顔は伏せてまったく見えなくなってしまう。これは演技なのか。いやそりゃ演技だろう。キリスト教信者に囲まれて改宗せよと迫られたユダヤ教徒のシャイロックの孤独と絶望とこみ上げてくる咆哮を抑え込む姿を体現しているんだろう。
でも、それだけではないものも纏っているようにも見える。
板の上では話がどんどん進んでいくのに、黒いスポットライトが当たっているかのような奥で俯く草彅シャイロック剛から目が離せないのだ。
カーテンコールでようやくシャイロックの仮面を外して、草彅剛は「ありがとうございました」と口元を動かした。ニコッと笑ったその顔を見て、初めて息がつけた気がした。
17人の出演者が、ずっと逃げ場のない舞台上に居続ける。絶えず観客の眼がある中でシェイクスピアの長く厄介極まりないセリフを吐き、遠い昔の見たこともない世界に生きる人々を演じる。喜劇要素も多く明るく楽しい場面も沢山ある(シャイロットが出てない場面はほぼほぼそう)のに、それを見守る緊張感が、役者側にも観客にも張りつめていて、とてもいい舞台だった。っていうか(口癖)あのこれ、草彅つよぽん担さん的には、「いえいえ通常通常これが実力というものです」なのか、「当たり役来ました! 覚醒です! 素晴らしい(涙)」なのか聞きたい。「ふつう」民とは違う見守ってきた人の感想を知りたくなるわー。
いずれにしても。草彅シャイロック剛。いつか再演があったら絶対また観に行く!
だらしなオタヲタ見聞録
20年以上、毎日300~500歩程度しか歩いていなかった超絶インドアだらしな生活だったのに、突然フッ軽オタ道を走り出したこの数年。もう「いつかそのうち」なんて言ってられん! 見たいものは見ておきたい! 寄る年波を乗り越えて、進め! ヨタヨタオタヲタ見聞録。