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小泉今日子と岡崎京子

2025.01.10 公開 ポスト

2009年宝島社の新聞広告「女性だけ、新しい種へ。」とファッション誌の“良妻賢母規範からの脱却”米澤泉

2025年、女性たちの生き方は、どう変わっていくでしょうか――。かつて女性たちの生き方は、女性誌が牽引してきました。昨年7月に発売された、社会学者の米澤泉さんによる『小泉今日子と岡崎京子』には、ふたりキョウコを例に雑誌がどんな人物をロールモデルに据え、メッセージを発してきたかが適格にまとめられています。

ファッション誌の「政権交代」──自由を求めて

『sweet』『InRed』といった宝島社の雑誌が台頭する以前、女性ファッション誌界には長年絶大な勢力を誇った派閥が存在した。通称「赤文字雑誌」と呼ばれるそれらは、1975年に光文社から誕生した『JJ』を筆頭に、80年代に順次創刊された『CanCam』『ViVi(ヴィヴィ)』『Ray(レイ)』を指す。

女子大生や20代のOLを中心とした若い女性に、コンサバティブで好感度の高い「モテ服」を指南した4誌は、赤い字のタイトルロゴゆえに「赤文字雑誌」と言われ、ファッション誌界をリードしていた。95年には学生時代に『JJ』を愛読し、現在は専業主婦という30代女性のために『VERY』が、2003年には40代女性に向けた『STORY』がそれぞれ創刊された。上の年代をも巻き込み、赤文字雑誌は盤石の体制を築いていたのである。

しかし、21世紀に入った頃から風向きが変わってきた。『CUTiE』『sweet』『InRed』など、個性的なファッションと豪華な付録を打ち出した宝島社の雑誌が台頭してきたからだ。これらの雑誌は別にタイトルロゴが青い字で統一されていたわけではないが、しだいに赤文字雑誌に対抗する勢力となったため、赤文字に対して「青文字雑誌」と呼ばれるようになった。

Image by Karolina Grabowska from Pixabay

永遠に続くかに思われた赤文字雑誌の凋落は、2000年代に始まった。女子大生のバイブルとして、赤文字雑誌のトップランナーとして、30年以上にわたりキャンパスファッションを牽引してきた『JJ』の勢いがなくなったのである。90年代のピーク時には78万部を売り上げた『JJ』だが、2000年には50万部を切り、ライバルの『CanCam』に追い抜かれる。さらに、2012年にはなんと実売約7万部に落ち込むという事態に陥ったのだ。お嬢さまファッション、キャンパスファッションの教科書として揺るぎない地位を誇ってきた『JJ』であるが、SNSが台頭する2000年代以降は編集方針も定まらず、10年間で編集長を8回も交代するなど混迷を極めた(米澤2014:40─41)。

一方、『JJ』の凋落ぶりに反比例するかのように1999年創刊の青文字雑誌代表『sweet』は順調に売上を伸ばす。2009年上半期に日本ABC協会雑誌販売部数で1位を獲得し、「日本で一番売れているファッション誌」を豪語するようになった。同時に、ファッション誌の販売部数に占める宝島社のシェアもトップに躍り出た。ついに、名実ともに青文字雑誌の時代が到来したのである。

みんなに好かれる服を着る赤文字雑誌から自分の好きな服を着る青文字雑誌へ。保守的な赤文字雑誌から革新的な青文字雑誌へ。2009年と言えば、自民党から民主党へと政権交代が起こった年だが、まさにこの年、ファッション誌業界においても、保守から革新への「政権交代」が実現したのだ。

その高らかな勝利宣言とも言えるのが、2009年秋の宝島社による「女性だけ、新しい種へ。」という新聞広告であった。

女性だけ、新しい種へ。

この国の新しい女性たちは、可憐に、屈強に、理屈抜きに前へ歩く。

この国の女性たち。別の言い方で「女の子」、あるいは「女子」、あるいは「ガールズ」。

彼女たちのファッションは、もう男性を意識しない。

彼女たちは、もう男性を見ない。もう、自分を含めた女性しか見ない。

彼女たちのファッションは、もう欧米などに憧れない。

それどころか海外が、自分たちに驚きはじめている。でもそのことすら気にもかけない。

彼女たちはもう、「年齢を捨てなさい」などという言葉など待っていない。

そんなこととっくに思っている。いや、もうとっくに実現している。

このままいくと、女性と男性は、どんどん別の「種(シュ)」に分かれていくのではないか。

いつか、女性は男性など必要とせずに、自分たちの子孫を増やしはじめるのではないか。

彼女たちは新しい種として、これからますます闊歩し、飛躍し、謳歌していく。

さてもう片方の種は、果たしてどこへ行くのだろうか。

それとも、指をくわえたまま、どこにも行かないのだろうか。

世界で、ある意味、もっとも平和で、もっとも進化した、この不思議な国で。

(宝島社全面広告2009年9月24日朝日新聞、日本経済新聞など主要全国紙朝刊)

ここに描かれている「この国の新しい女性たち」とは、もちろん宝島社がファッション誌を通して描いてきた女性像だが、それは20年前に岡崎京子が模索していた「今のオトナのオンナ」モデルそのものではないだろうか。

岡崎が「まだない」と嘆いた「今のオトナのオンナ」モデルが20年の時を経て、「この国の新しい女性たち」として、「新しい種」として出現したのだ。それは、岡崎が宝島社の雑誌に蒔いた「ガールズブラボー」の種が、小泉今日子によって「大人女子」として、花開いたのだとも解釈できる。その「大人女子」に多くの女性たちが、それは「自分のことだ」と共感した。「昔のオトナのオンナ」ではなく、「今のオトナのオンナ」ライフを生きることを支持したのである。

この広告文とともに紙面に大きく掲載されているのが、「女子」という語を積極的に使い始めた安野モヨコによるイラストである。千手観音のようにいくつもの手を駆使して、ケータイを操り、マスカラを塗り、バッグを持つ、華奢な身体にデカ目の「女子」。周囲には彼女が愛するコスメやスイーツやバッグが散乱している。それは、98年の『VoCE』創刊時から安野自身が「美人画報」に描き続けた「女子」の姿であった。つまり、安野が描いた「女子」像は、年齢不詳とはいえ、いわゆる大人かわいくガーリーな「女子」のイメージである。

だが、もし、岡崎京子が作品をそのまま描き続けていたならば、どうだろうか。岡崎が自らの手で今のオトナのオンナモデルとしての「女子」を描いたのではないだろうか。「新しい種」として、闊歩し、飛躍し、謳歌する「女子」の姿を。それは、より小泉今日子的なイメージに近いものになっていたかもしれない。もっとパンクでロックな「大人女子」の姿に。

『sweet』の広告は主要全国紙の朝刊に全面広告として掲載された。「この国の新しい女性たち」を、「今のオトナのオンナ」モデルを世の中に知らしめたのだ。

どちらかと言えば保守的で家父長制的風潮を助長する赤文字雑誌に代わって、常識にとらわれず革新的で家父長制的風潮を否定する青文字雑誌がトップシェアを占めるようになったこと。それが、奇しくも2009年の政権交代の年に実現したことは、単なる偶然ではないだろう。

男女雇用機会均等法から四半世紀。妻となり、母となるという従来の「オトナ・オンナライフ」からの自由を求めた女性たちは、ようやくここまでたどり着いたのである。

*   *   *

【お知らせ】

米澤泉さんと速水健朗さんが、80年代と90年代の違い、そしてふたりのキョウコについて語り合いました。トークもぜひご覧ください。

「80年代と90年代はどう違ったか。その1」米澤泉さんと対談。雑誌『Olive』とハラカドの話。(音声動画
「80年代と90年代はどう違ったか。その2」米澤泉さんと対談。「世界の坂本」が90年代にいかに向き合ったか(音声動画
「80年代と90年代はどう違ったか。その3」米澤泉さんと対談。2人のキョウコの話。(音声動画

*   *   *

つづきは、『小泉今日子と岡崎京子』でお楽しみください。

関連書籍

米澤泉『小泉今日子と岡崎京子』

大人の女には、道をはずれる自由も、堕落する自由もある――。 「少女マンガを超えたマンガ家」が種を蒔き、「型破りのアイドル」が開花させた“別の”女の生き方 気鋭の社会学者が豊かに読み解く!

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小泉今日子と岡崎京子

2024年7月3日発売『小泉今日子と岡崎京子』について

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米澤泉

甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。1970年京都生まれ。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。世の中で「取るに足りない」と思われることから社会の本質を掬いとることを研究の目的とする。『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』『おしゃれ嫌い』『筋肉女子』など著書多数。

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