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避赤地

2024.12.31 公開 ポスト

ヨアケマヒトゥ・ザ・ピーポー

階段を降りると、この時期決まって訪れる年末の静けさが深夜の街を包んでいるのが見え、引き締まった空気を肺に入れると酸素もどこか緊張していていつもよりざらついている。コンビニで缶ビールを買って、公園へ向かう。道には誰かのもういらなくなった歌がいくつか捨てられていて、拾い上げ街灯に照らす。もういらなくなった理由が透けて見え、もう少しだけポケットの大きな服でこれば、もう少しだけ持って帰れたのになとか思った。

今年はどんなだったろう? 前に進んだような気もするし、そもそもどこが前だったのかも忘れてしまった気もする。アイフォンのスケジュールを開いて2024年の一月まで遡ってみる。そうさせる力が年末にはある。たかだか数字が一つ増えるだけだというのに。

監督した映画「i ai」を公開したのも今年だった。あの時集った仲間たちはみんな元気にしているだろうか? その頃のスケジュールを見ると埋め尽くされた舞台挨拶やらインタビューの予定に胸が一気に苦しくなる。慣れない稼働に精神を蝕まれた記憶が白紙の上に滴る。この時期、わたしは闇に一度落ちた。でもその時の感触も今ではとっくに薄れて、世界には作品だけが残った。もう二度撮ることのできないわたしのデビュー作。同じ本、同じキャストを用意しても再現することのできない時間の集積が、わたしの遥か先から視力を失ったわたしを見ている。いや、そもそも同じキャストを集めることもできない。わたしたちはそれぞれの砂時計を振って愛や才能を渡しあい、有限な時を交換しながら生きているから。

 

まだ今年のことだけど、その頃紡いだ言葉やプロモーションに勤しんだ汗など誰も覚えていない。記憶の断片、声や表情がカットアップされたように思い出される程度。ただただ残酷に、ただただ冷徹な装いで作品だけが残る。そんな姿勢を美しく清らかに思うし、わたしは希望だと思う。「i ai」を作れてよかった。また映画を撮りたいと思う。

四月にはGEZANで中国にツアーに行き、数本のフェスとライブをした。自分の作った歌をまだ会ったことのない人たちが待っていて、合唱する姿が印象的だった。するともしかしたら、わたしはミュージシャンなのかもしれなかった。そんな風に知らないところに飛んでいって新しいドキュメントを生み出す装置を音楽と呼ぶのかもしれなかった。それは意外なくらい初めての感触でインストールできたこと、とってもシェイシェイだ。あとね、成都の料理は信じられないよ。魔術じみてる。

八月は日比谷野外音楽堂でGEZANのワンマンライブをした。この場所は二度目だけどwith Million Wish Collectiveでのライブでなく、四人でやるのは初めてだった。演奏する度にMillionで一緒に鳴らしてたOLAibiの姿を感じて、まだ長いトンネルの中にいた自分たちが四人で鳴らすことをはじめなくてはと新曲を多く拵えて意気込んだ。そんなあれこれが伝わるか伝わらないかは別に良くて、それぞれのストーリーの十字路に音楽はある。あっという間にぬるくなるビール。蝉の声が聞こえる深海。ほらもう過去になってる。

夏の終わりは髭を伸ばして小説を書いてた。潜っていると全部の音が遠くなって、全てが言葉に置き換わった世界に住むことになる。喉を震わせて声なんかで会話するのも難しくなって、誰かに会っても上手に話せないから外にも遊びに出ず、ひとしきり潜った後に一旦の区切りで書き終え、すぐに駆け込んだoccaのDJにやられた。こういう時に友人であがれるって健全だと思った。

十一月にはウガンダにライブでいって、羽を授かった。業界人みたくあれこれ策を練ってああだこうだ、組み合わせやトレンドを考えても瞬間の発光のみで、そういう細切れの光は無様なほど簡単に押し切られる。流れに怯え続けるなんてごめんだ。結局一番の武器はいつだって作ったもので、作品が内包できる時間の束はわたしらの記憶のメモリなんかよりももっと莫大な量なんだと思う。そうやってこさえた音楽たちがアフリカの血肉をたぎらせたこと、その実感を一つの贈り物のように大切に保存している。アフリカとGEZAN、この関係性もただの始まりなんだってわかってる。

わたしたちは気の流れを読む。ここに山があると張って触手が動いたものがドキュメントを携えてないことは今まで一度もない。NYEGE NYEGEの衝撃はバンドの血の色を変えた。もっと知らない場所にいって自分たちが囲われてるものを知り、自らの顔面をぶち壊したいと思う。もうはっきりと言えば、そういうこと以外に興奮できなくなってきた。メフィストに魂を売った人生の宿命なのだと思う。その功罪はいつも影のさらに一メートル後ろに控えていてこちらが気を抜くと一気に先頭に回り込まれ、攻め込まれる。悪魔と目を合わさないように光を見つめ続け走り続けないといけない。たとえそれによって視力を失い、元の赤色を赤と呼べなくなっても。前に進むんだ。

全員死ね! と言葉のナイフを振り回していたかつての俺へ、わたしは言いたい。死ねなんて言わなくてもお前の好きな奴は死ぬ。平気で消えて、消えたことを受け入れられず、それが幽霊の正体だといつか知ることになる。戦争は今も悪化し、All Eyes On Rafaと投稿していた人たちの目はすでに新たなトレンドに移行するタイムラインを片手に、スタバのメニュー表を見てコーヒーを飲んでる。「諦めたって仕方ない。それが生きるということだ」そんな都合のいい言葉を鵜呑みにして、集団でぼやけられるようにわたしたちにはあらかじめずるい機能が備わっている。

告白すれば、GEZANが下山だった頃に明確な輪郭を持って存在していた満たされない初期衝動というものはだんだんと薄れている。

好きな役者とチームで映画を撮り、フジロックのメインステージにも立ち、メンバー全員が音楽で生計が立ち、それでいて誰の指図も受け付けず首輪は付けられていない。当時の自分からすれば一つの理想とも思える環境になった。じゃあ、充実し満たされてきたかと問われれば、2024年、今年はきつかった。今も何も楽にはなっていない。初期衝動は液状に姿を変えて、心の隙間から侵食し、骨の肉の間に入ると硬化を始め大きな岩のような虚無になる。わたしはこれを完全に破壊しなくちゃいけない。決着をつける時だ。もう何も他のものでは代用できず満たされないことを何度も確認した。

2025年は一つの頂に向けて挑戦する。キャリアの中で一番忙しい一年になるだろう。もう一歩も引かない。そう決めた。わたしの目は未来を見るために使う。影の後ろから虚無を引っ張りだし、奴の全身を正確に捉え、そして焼き切る。そのためにわたしは変わらなければいけない。同じ時代を生きる者たちはどうか共に歩んでほしい。せっかく生きているのだから。幸せになる。

2024年、最後の日。時間が流れるということの幸福と寂しさが手を繋ぎ、胸の内を旋回している。道に転がっている誰かがもういらなくなって捨てた思い出を手に取り、街灯に照らす。塗装のはげた思い出はもう光らない。だって東の空がじんわりと和らいでる。ヨアケだ。

明日、世界は白紙へと更新される。

photography Taro Mizutani


 

*マヒトゥ・ザ・ピーポー連載『眩しがりやが見た光』バックナンバー(2018年~2019年)

関連書籍

マヒトゥ・ザ・ピーポー『銀河で一番静かな革命』

海外に行ったことのない英会話講師のゆうき。長いあいだ新しい曲を作ることができないミュージシャンの光太。父親のわからない子を産んだ自分を責め続ける、シングルマザーのましろ。 決めるのはいつも自分じゃない誰か。孤独と鬱屈はいつも身近にあった。だから、こんな世界に未練なんてない、ずっとそう思っていたのに、あの「通達」ですべて変わってしまった。 タイムリミットが来る前に、私たちは、「答え」を探さなければならない――。 孤独で不器用な人々の輝きを切なく鮮やかに切り取る、ずっと忘れられない小説。

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避赤地

存在と不在のあいだを漂うGEZANマヒト、その思考の軌跡。

バックナンバー

マヒトゥ・ザ・ピーポー

ミュージシャン。2009年に大阪にて結成されたバンド・GEZANの作詞作曲を行いボーカルとして音楽活動開始。
2014年からは、完全手作りの投げ銭制野外フェス「全感覚祭」も主催。自由に境界をまたぎながらも個であることを貫くスタイルと、幅広い楽曲、独自の世界を打ち出す歌詞への評価は高く、日本のカルチャーシーンを牽引する。
著書『銀河で一番静かな革命』『ひかりぼっち』、絵本『みんなたいぽ』(絵:荒井良二)。映画監督作品『i ai』がある。

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