ミレーも権兵衛も種まきがわかっていない?
いろんな準備段階が(たぶん)順調に終了し、いよいよ種まきとあいなります。種まきと言えば、誰が何と言おうと、ミレーと権兵衛でしょう。今回はそこからお話を。
種まきをイメージしてくださいと言われた時、相当数の人の頭には、あのミレーの「種をまく人」が思い浮かぶのではなかろうか。創業者・岩波茂雄が定めて以来、岩波書店のマークとして使われているアレだ。山梨県立美術館に収蔵されているし、ゴッホが模写したことでも有名である。
もうひとつは、種をまいてはカラスに食べられた権兵衛である。なぜに権兵衛なのだろうか。どん兵衛でも佐兵衛でもええやんか。どうしてここで佐兵衛などという名前が出てくるかというと、まったくどうでもいいだろうが、我が家は代々佐兵衛を名乗っておったからである。
連想ゲームでいくと、権兵衛と言えば名無ししかない。名無しであるにもかかわらず権兵衛とはこれいかに、名無という苗字のあるがごとし。ウソみたいだが、検索すると、兵庫県には苗字を名無(ななし、あるいは、なむ)さんと言われる方が10人ほどおられるらしい。というような話をしたいのではない。なんと、カラスに種を食べられた権兵衛さんは架空の人物ではないということを紹介したい。
ウィキペディアによると、本名を上村権兵衛といい、父の死後、武士の身分を捨て農作業を始めたのだが、下手くそであったために、種をまくしりからカラスに食べられては近隣農民に笑われていた。しかし、努力の末、村一番の農家になったという美しい話である。その権兵衛さん、1737年12月26日、峠に出る大蛇を鉄砲で仕留めたのだが、その毒液を浴びて亡くなってしまった、とのことである。
村一番になったところまではええとして、日本にそんな毒を持った大蛇はおらんだろう。ツチノコかよ。それってUMA(未確認生物)やん。さらに、冬に死んだのはどういうこっちゃ。大蛇は冬眠しとったんちゃうんか。鉄砲いらんがな。う~ん、権兵衛物語の信憑性が相当に気になるが、それはさておく。
なにが言いたいかというと、ミレーにしても権兵衛にしても、種まきと言えば、なんとなく腕を大きく振ってぱ~っぱ~っとまくようなイメージをお持ちではないだろうか。ミレーの絵なんか、思いっきりポーズとってるし。しかし、実際はまったく違う。七代目・仲野佐兵衛はそこを大きな声で主張したいのであります。
種まきとは「ちまちま」やるものである
種まきには、農地に直接まく直(じか)まきと、苗床(なえどこ 四角い箱)や育苗ポット(ペランペランのプラスチックでできた直径数センチの植木鉢)に種をまいて生えてきた苗を移植する方法がある。移植と言うと、医学関係の仕事をしていたこともあって、つい細胞移植や臓器移植を思い浮かべてしまう。しかし、元々は、植物をある場所から他の場所へ移し替えることを言う。英語ではtransplant、ラテン語で「越えて」や「通って」を意味するtrans と「植える」を意味するplantare から来ているらしい。だから、本家は植物用語なのである。かつては骨髄移植の実験をしてたけど、そんなことはまったく知らんかった。
プラントっちゅうのは、もちろん植物ですわな。インプラントと言えば、歯医者さんで、顎の骨にセラミックなどで作った人工歯を植えつけるやつ。歯科インプラントと言うべきところだけど、ほとんどはインプラントとしか言わないから、単にインプラントと言えば歯科インプラントしか思い浮かばない。でも、インプラントも元は植物用語で、in と plantare で、植え込みの意味。ふと思い出したけど、『世界はラテン語でできている』(SB新書)いう本、おもしろいのでオススメです。きりがないので、話、もどります。
苗床や育苗ポットへの種まきは、言うまでもなくちまちましている。直まきも、場所が違うだけで、やり方は同じ。直まきするのは、ダイコンやカブのような根菜類、ソラマメやエンドウのような豆類、ホウレン草やチンゲン菜のような小さい葉もの、そしてトウモロコシといったところ。根菜類は、植え替えると傷んでしまうらしい。豆類やトウモロコシは、見ればわかるとおり、種子にしっかり栄養分が詰まっているからだろう。こういったもの以外のキュウリ、トマト、ナス、ピーマン、ゴーヤ、ブロッコリ、キャベツ、白菜といった王道野菜たちは苗育成チームに属している。
直まきにも苗床にも、ばらまき、すじまき、点まき、の3つがある。ばらまきというのは、文字通り、ばらばらっと均一になるようにまく。イメージとしては超小型ミレーである。口で言うのは簡単だが、コショウの入れ物に詰めてまくといった工夫をしても、なかなか均一にまくのは難しい。小さな種の場合が多いので、上から土を薄くかぶせて、とばないようにする。
すじまきは、1センチ程度の深さの溝を掘って、そこへ1センチおきとかにまく。これも簡単なようだが、大きな種はともかく、1ミリほどしかないような種を等間隔にまくのは至難の業だ。だからして、いつも適当にまいている。点まきは、数個の種を、正三角形、正方形、正五角形といった図形の頂点に、すなわち等間隔に、これも1センチほどの穴を掘って埋めるやり方だ。
それぞれの野菜種について、適切なまきかたが決まっていて、野菜の本やら種の袋やらに書いてある。どのまき方も、まいた後、土をかぶせて軽く圧迫する。
軽く押さえてやることによって、種と土の間にすき間がなくなり、水分の蒸発が抑えられる。種が動かなくなる。そして、鳥や虫から種を守ることができる。などのメリットがある。権兵衛さんがやっていたように(←あくまでも推定です)、まきっぱなしではあかんのだ。しかし、権兵衛さんの近所の人たちは不親切ですな。それくらい教えてやったらよかったろうに。なのに、命を懸けて大蛇を退治してあげた権兵衛、えらすぎるやん。
発芽は嬉しい、「ふたば」はかわいい
何日かすると発芽してくる。笑われるかもしれないが、最初に芽が生えてきた時は、おどろくほど嬉しかった。思わず、声をあげてしまったほどだ。考えてみたら、小学校1年生で朝顔、4年生でヘチマを植えて以来、およそ60年ぶり3度目の発芽経験なのだから、感動するのも当然だろう。高校野球ならどよめくところだ。って、ちょっとたいそうか……。ともあれ、なにしろ嬉しかったのである。
まず、ふたばが出て、それから本葉(ほんば)である。と書いたけど、念のためにと調べてみると、一般的には「ふたば」と言われているが、いまでは子葉(しよう)と教えるらしい。小学校1年生、4年生の担任だったヤマナカ先生とイナバ先生には確か、ふたばと習ったはずやのに……。
どう考えても、ふたばの方がかわいらしいやん。「ふたば」と「ほんば」は韻を踏んでるし、子葉は「しよう」と音読みなのに本葉は「ほんば」と訓読みと違ってるし。それに、京都には美味しい豆餅で有名な「ふたば」いう和菓子屋さんもあるし。って、これは全然関係ないけど。
発芽する時に生えてくる子葉の枚数によって、1枚のものを単子葉類、2枚のものを双子葉類と言う。ここで読者の半数くらいには、「相談しよう、そうしよう」というフレーズが頭に浮かんだかと思うが、相談する必要などなくて、そうなっておるのじゃ。
で、双子葉類の子葉が双葉(ふたば)なのである。単子葉類には子葉鞘(しようしょう)という、芽生えたⅰ枚だけの葉を包む構造があるが、ふたばのようにかわいらしい名前でなくて、ちょっと不憫。
双子葉類は大きな根があってそこから側枝(そくし)が枝分かれしており、葉脈が網状脈である。それに対して、単子葉類はヒゲのような根で葉脈は平行に並んだ平行脈である。他にも、茎における師管と導管の構造にも違いがある。昔、習いましたやろ、師管と導管。両者の違いを覚えたはりますか。私はすっかり忘れてましたが、導管が水を、師管は養分を運ぶ管です。さて、合わせてなんと言うでしょう?
答えは維管束(いかんそく)です。師管と導管で維管束とはこれいかに。そんなことではいかんぞぉ。って、しょうもな~。けど、小中学校で習ったこういうことっちゅうのはホンマに覚えてませんな。50年もたってるんやからしゃぁないけど、なんのために覚えたんですやろ。
えらすぎるぞ、光合成
というのはおいといて、単子葉類と双子葉類にはどんな野菜が属するか、おわかりになるだろうか。先に述べた性質から例をあげよ。ネギ、トウモロコシなどが単子葉類、キュウリ、トマト、エンドウなどが双子葉類である。なんとなくイメージわきますやろか。
アサガオもヘチマも双子葉類なので、ヤマナカ先生にもイナバ先生にも正しいことを教えていただいていたのだ。ヘチマはたしか、実を乾燥させた後、皮をむいて種を取り出してタワシにした。からだを洗ったらきれいになると言われたけど、固いし泡はたたないし、ほとんど使わなかった記憶があるなぁ。なんか、むっちゃ懐かしなってきた。
しかし、どうして教材がアサガオとヘチマなんやろ。食べられる植物にしたほうが盛り上がるんとちゃいますやろか。プチトマトなんかごく簡単に栽培できるし、1学期の間に食べられるところまでいくし。小学校理科教育関係者にはご一考いただきたい。
なぜ子葉と本葉というようなシステムが採択されているのか。これも学校で大昔に習ったはずだが、すっかり忘れていた。しかし、想像はついた。はい、ここでも考えてみてください。
以下、正解。芽生えからしばらくは、文字通り根も葉もない。それは、まったくでたらめ、というようなことではなくて、栄養の吸収もできないし、光合成によりエネルギー産生もできないことを意味する。なので、子葉くらいまでの段階は種子に蓄えられた栄養でまかわねばならない。その後は、子葉での光合成が可能になるので、本葉ができ、いよいよ本格的に成長していく。いわば2段階ロケットみたいになっている。
しかし、ロケットとは根本的な違いがある。ロケットは飛びながらエネルギーを使う一方なので、2段目は1段目より小さくならざるをえない。一方の植物は、子葉というⅰ段目がエネルギー産生を開始してくれるので、2段目、すなわち本葉以降の成長、を1段目より大きくできる。えらすぎるぞ、光合成。
種まきから間引きについてまで書くつもりでしたけど、今回はこれにておしまい。間引きの意味と問題点についての次回が前半の山場なので、大いに期待してくだされ。
知的菜産の技術
大阪大学医学部を定年退官して隠居の道に入った仲野教授が、毎日、ワクワク興奮しています。秘密は家庭菜園。いったい家庭菜園の何がそんなに? 家庭菜園をやっている人、始めたい人、家庭菜園どうでもいい人、定年後の生き方を考えている人に贈る、おもろくて役に立つエッセイです。