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日銀の限界

2025.03.07 公開 ポスト

なぜ日本の株価だけが暴落したのか? 日銀の「不作為」が招いた円キャリー取引の巻き戻し現象野口悠紀雄

なぜ日本銀行は異常な円安を止められなかったのか? その結果、日本経済と国民生活にどのような影響をもたらしたのか? 経済学者の野口悠紀雄さんが、日本経済の抱える根本的な課題に迫る幻冬舎新書『日銀の限界』より、一部を抜粋してお届けします。

株価暴落は、日本に限った現象

第1章で見たように、2024年7月の終わりから8月の初めにかけて、アメリカの株価下落に端を発し、世界の株価が下落した。ここで注目すべきは、日本の株価下落率が、欧米のそれに比べてはるかに高かったことだ。

日、米、英の3カ国について、株価下落が始まる直前の7月30日と、8月5日の各終値を比べると、つぎのとおりだ。

まず、株価下落の震源地とも言えるアメリカのダウ平均株価は、7月30日には4万743ドルだったが、8月5日には3万8703ドルに下落した。この間の下落率は、5.0%だ。

イギリスの株価指数であるFTSE100指数は、7月30日には8292だったが、8月5日には8008となった。この間の下落率は、3.4%だ。

これに対して、日本の日経平均株価は、7月30日には3万8525円だったが、8月5日には3万1458円となった。下落率は18.3%と、極めて高い値だ。

8月5日の前週末比4451円の下落は、1987年のブラックマンデーの翌日につけた3836円を超える過去最大値だった。また、8月2日の下落幅2216円は、史上第3位の下げだった。

 

しばしば、「世界の株価を下落させた原因は、アメリカの景気減速」と説明される。このこと自体は間違いではないのだが、それだけでは、なぜ日本の株価下落率が際立って高かったのかを説明することができない。その理由を明らかにすることは、日本株の将来を見通す場合に、重要な情報となる。

円だけが顕著に増価

なぜ日本の株価下落率がこのように高かったのか? それを解く鍵は、各国為替レートの変動率にある。

2024年夏の円、ポンド、ユーロの動向を比較すると、つぎのとおりだ。

 

まず円は、24年の初めから円安基調が続き、7月10日には、1ドル=161円まで円安が進んだ。しかし、11日から円高に転じ、その後はほぼ継続して円高が進んでいた。

この流れは、7月末の日銀の金融政策決定会合で利上げを決定する以前から続いていたことに注意が必要だ。

そして、8月5日には、144円になった。わずか1カ月足らずの間に、20円近く円高が進んだのである。その後、やや円安になったが、8日に147円になった後は、再び円高に向かった。

一方、ポンドを見ると、7月中旬に1ポンド=1.3ドル程度だったのが、8月初めに1.27ドル程度へと減価している。ユーロの状況を見ると、7月末に1ユーロ=1.08ドル程度だったのが、8月初めに1.09ドルへと増価したが、大きな変化ではない。

このように7月末以降、ポンドは減価している。ユーロは増価しているものの、率は高くない。これらと比べると、24年夏の日本円の増価率は、著しく高い。とくに、7月31日以降、急速に円高が進んだ。

こうなるのは、円の場合には、「キャリー取引の巻き戻し」現象が起きたからだ。この間の事情を以下に説明しよう。

「円キャリー取引の巻き戻し」とは? 

2022年以降、日米金利差が拡大し、円キャリー取引が生じていた。ところが、アメリカが利下げをすると、投資家は、期待しただけの利益が得られなくなる。そこで、「円キャリー取引の巻き戻し」とか「逆回転」と呼ばれる現象が生じる。運用していたドル資産を売却し、それによって得た外貨で円を購入して返済する。このため、円高になる。

一方、ここ数年の日本企業の利益増が円安によるものであるために、円高になれば、利益が減少する。したがって、株価が下がる。このプロセスは、日本の政策では止めようがない。

日本では、それまでは利上げをせず、その結果、円安が進んで企業利益が増え、株価が上昇した。そして、日本が利上げするからというよりは、アメリカが利下げをするために、円高を強制される。それによって企業利益が減るので、株価が下落するという現象が起きたのだ。つまり、株価下落は、2022年以降の日銀の不作為の結果だったと解釈することができる。

円キャリーの巻き戻しで、円高は1ドル=130円程度まで進む? 

円キャリーの巻き戻しは、2024年7月初め頃には、すでにかなり進んでいた。その後、さらに巻き戻しが進んだ。

単純に、2022年以降のアメリカの利上げ過程を逆にたどると考えれば、最終的には、アメリカの政策金利がコロナ前の水準と同じだった頃(2022年5~6月頃)の値(1ドル=130円程度)まで円高が進む可能性がある。

ただし、事はそれほど単純ではない。円キャリーがどれだけ行なわれるかは、金利差だけで決まるのではなく、将来の為替レートの見通しに依存しているからだ。

利上げ過程では、将来円安が進むという見通しがあったので、円キャリーが膨れ上がった。今後はそれが逆になって、円キャリーが抑圧され、その結果、22年中頃の水準を超える円高が進む可能性もある。

過去においても、円キャリーの巻き戻しによって、予想された以上の円高が進んだ例が何度かあった。

 

このような過程が、どの程度の規模で、そしてどの程度の速さで進むかは、ひとえにFRBの利下げによって決まる。そしてそれは、アメリカの景気動向やインフレの抑圧度によって決まる。

仮に日銀が利上げを延期したり、あるいは利上げを取りやめて利下げしても、効果は限定的だろう。これまで世界の大勢とまったく逆の金融政策をとってきたために、情勢が変化しても、対応のしようがないのである。

*   *   *

この続きはは幻冬舎新書『日銀の限界』でお楽しみください。

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日銀の限界

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野口悠紀雄

1940年、東京に生まれる。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専攻は日本経済論。近著に『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社、岡倉天心賞)、『2040年の日本』(幻冬舎新書)、『超「超」勉強法』(プレジデント社)、『日銀の責任』(PHP新書)、『プア・ジャパン』(朝日新書)ほか多数。

・Twitter @yukionoguchi10
野口悠紀雄Online
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