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歌舞伎町で待っている君を

2025.02.14 公開 ポスト

「二組も来てんじゃん」“眼鏡ギャル”と“チャリンとベルを鳴らす君”が同じフロアにいる落ち着かなさSHUN

(写真:Smappa!Group)

下町ホスト#27

「ドンペリじゃない?」と答えた私は、その口内で舌の根本を右の奥歯でぎゅっと噛んだ

鈍い痛みを利用して凛々しいと思われそうな表情を作り君の返答を待つ

「なに? 強気ね」

 「ホストなんで」

「まあ、今日のお礼に言う事聞いてあげる」

 

チャリンとベルを鳴らす君の鋭い視線は私の目を離れ、まだ然程混み合っていない店内へ向けられた

様子を見ていた店長がすかさず駆け寄り、ドンペリのオーダーを丁寧に処理をする

「シャンパンコールはしないでね マイクもいらないから」

決して機嫌が悪くない口調でそう告げ、静かにドンペリが運ばれてきた

店長が手早く開栓し、フルートグラスの真ん中あたりまで注ぎ、気泡が苦しく暴れる

私は姿勢を正して、君のフルートグラスのかなり下の方へグラスを近づけた

君は私の態度を鋭く数秒間見つめてから、ちょこんとグラスを衝突させた

気泡が落ち着かないドンペリは穏やかではない酸味を抱えながら私の口内の粘膜にじっとり染み込んでゆく

君は最低限の所作で一気に飲み干し、店長が丁寧に先ほどより多めに注いだ

「後ろの寝癖直したんだ」

 「気付いてたの?」

「うん」

「そのままがよかったのに」

 「さすがにそれは嫌かな」

「なんで?」

 「お店あるじゃん」

「そう」

「さっきはどんな気持ちだった?」
 
 「嬉しかったよ」

「それだけ?」

 「幸せだったよ」

「そう」

BGMに掻き消されそうな声量でそう君が言い放った辺りで、元気よくパラパラ男がやってきた

小慣れた様子で君の目の前に座り、フルートグラスを自前の派手な柄のハンカチで拭いて、やたら腰の低い会話を広げてゆく

パラパラ男は、だんだんテンションを上げてゆき、時折、君のことを前回同様ねえさんと呼びながら距離を詰めていった

ドンペリが半分くらいになった頃、金髪リーゼントが席に来てくれたタイミングで、さりげなくトイレへ向かう素振りをしながら席を離れる

先ほどまで掃除をしていたトイレでたいして溜まっていない尿を放出してから、スタッフルームへ行き、煙草を咽せるほど思い切り吸った

「シュン、二組も来てんじゃん」

美しい青年が後ろから、寝ぼけ混じりの声で突いてきた

 「はい、なんか奇跡です」

「これから昨日バーで一緒にいた子いるじゃん? 友達と来るんだけどシュン指名にしといたから」
 
 「え? 会ったことないですよね」

「ねーよ、やってみ色々」
 
 「はい、ありがとうございます」

「後でちょこっと、あの人のヘルプいかせてもらうわ」

 「わかりました」

美しい青年はスタッフルームで香水を振り撒いて、颯爽と混みつつある店内へ戻っていった

私は、煙草の火を消して、異様に辛い薄荷の塊を右の奥歯で噛み砕いてから、眼鏡ギャルの席に戻った

「盛り上がってんだから邪魔すんなよ糞が」

眼鏡ギャルの罵声によって私の座る位置はやや遠くなった

ヘルプ達は気を遣い一人ずつ席を離れてゆく

「あーあ、お前のせいで散ったじゃねーか」

 「ごめん」

「向こうドンペリ入れた?」

 「うん」

「なんでマイクないの?」

 「わからない、そう言われて」

「あっそ、こっちはテキーラだから」

 「ありがとう」

「いつ帰るの? あっち」

 「わからない」

「約束忘れてないよね?」

 「うん」

「じゃあ飲めよ糞ホスト」

私は無数に置かれているテキーラを数杯一気してから、凡庸な口を開く

 「あと、No.1が俺に指名くれたんだ」

「は?」

 「このあと来るみたい」

「いいじゃん、うける」

 「うけるんだ、それは」

「なんかいった?」

 「何も」

いらっしゃいませと怒号が鳴り、少ししてから私の目の前を美しい青年と昨日の女性が通りすぎる

その後を、大きなイヤリングを揺らしながら猫背の女性が二人を追いかけてゆく

「捲る」

下町の灯りが消えて新宿は君の産毛をそっと舐めたい


日焼けした狭い声帯を冷やしゆく麦芽の液が疲弊を知らす


古箱のタイルを染みを数えたら螺旋のような会計が来る


ベテランの蚊さえ休まぬ白い手は君の温度をただ下げており


千切れゆく雨雲のように話したら君は衣服をひとつ捲った

 

(写真:SHUN)


 

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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