

下町ホスト#28
美しい青年の采配によって私の事を指名することになってしまった猫背の女性は、どこか虚ろな表情で大きなイヤリングを揺らしながら私の前を横切り、広めの席へ案内された
眼鏡ギャルの席は散っていったヘルプ達が戻ってきて、少しずつ賑わいを取り戻す
「さっさと行ってこいよ糞ホスト」
テキーラばかり飲んでいる眼鏡ギャルの顔は仄かに赤く染まり、糞の発音がなんだか柔らかい
私は静かに席を立ち、美しい青年のお客様と猫背女子がいる席へ向かった
丁寧にお辞儀をしてから、美しい青年をチラリと見ると、にんまりと私に向かって微笑み、すぐさま隣に座るお客様と会話を始めた
私は、俯いている猫背女子の左側に座る
「こんばんは、指名ありがとうございます」
「、、、」
「指名嫌でした?」
「、、、そんなことないです」
「なんで指名してくれたんですか?」
「No. 1がおすすめだからって、、」
「そうですか、ありがたいです」
「期待のホストって言ってましたよ」
「そうですか、頑張らないと」
猫背女性はますます丸まり、あまり私の顔を見てくれなかった
弾まない会話を馬鹿にするように水割りを飲み切る音が寂しく響く
美しい青年はいつの間にか席におらず、なんとなく君の席へ行ったのだと勘が働いた
「ねーねー、昨日ぶりじゃん」
「はい、少しの時間でしたが、ありがとうございます」
昨夜よりだいぶ高いテンションで美しい青年のお客様の口が開く
「あのあと、あの人と何話してたの?」
「僕の相談を聞いてもらってました」
「そうなんだー、それだけ?」
「はい、そうです」
「ふーん」
「あの人、なんであそこの席のヘルプ着いてるの?」
「あそこ僕の席なんです、僕からヘルプをお願いしました」
「そうなんだ」
「ねーねー、この子、可愛いでしょ?」
そういって、大きなイヤリングを指す
「はい、可愛いです」
「どこが可愛い?」
「耳朶ですかね」
「なにそれ?なんかいいじゃん」
私はそれぞれの質問を慎重に回答し、なんとか乗り切った気がした
その後、ヘルプを交えて席は賑わい、猫背女子はだんだん丸みがなくなってゆく
「なんか指名して良かったかも」
「どうした?」
「なんでもない」
小さく呟いた猫背女子のイヤリングはまた大きく揺れ、寂しかったはずの水割りを飲み干す音が場を盛り上げた
背後から店長に肩をポンポンと二回叩かれて、君の席へ行くように目で合図をされる
まだ作られたばかりの水割りを一気に飲んで、席を立とうとした時、猫背女子が何かを言いかけたが、すぐヘルプの罵声に掻き消され、私はそのまま席を離れた
君の席に向かう途中、私に向かって眼鏡ギャルが何かを叫んでいるが、ヘルプが止めている様子だったので会釈だけして通り過ぎた
席に戻ると美しい青年は、綺麗な所作で席を抜け、私と入れ替わりになった
ドンペリは既になくなっている
パラパラ男が次どうしますかと丁寧に尋ねた
君は、ちょっと悩む素振りを見せてから、携帯電話をチェックした
「帰ろうかな」
「なんで?」
「シュンくん席被ってるでしょ?」
「なんでわかるの?」
「見ればわかるよ」
「嫌なの?」
「嫌ではないけど嫉妬しちゃうから」
半分、私を揶揄うような口調でそういうと財布を取り出し、内勤者を手招きで呼んだ
パラパラ男は渾身のトークで、長引かせようとするが、まったく君は動じずそのまま会計を済ませた
「ありがとう、またね」
そのまま席を立ち、早歩きで君は店を出る
私は急いで後を追う
君は振り返る事なく、家の方角へ消えていった
パラパラ男が、ぼそっと、私に告げる
「向こうのペースにのまれないでくださいよ」
「わかってるよ」
「いや、わかってないっす 僕は初回いってきまーす」
私は眼鏡ギャルの席に戻る
「糞ホスト あっちは帰ったの?なんで?」
「いや、わかんないんだよ」
「なんか糞うぜーな」
「、、、」
「ドンペリ何本?」
「一本」
「じゃあ、ニ本もってこい」
「いいの?」
「はやくしろ」
驚異的なスピードでヘルプ達が準備し、この数日間最速で開栓した
乾杯はなく、私だけボトルで飲まされていると胸の携帯電話が震えた
こっそり席を離れて携帯電話を開く
君からメールが入っていた
<きっと私の事、凄く気にしていたお客さんドンペリ何本か入れたでしょ?>
<いや、そんなことないけど>
<そう、なんかそんな気がしただけ、おやすみ>
私は力強く携帯を折り畳み、席へ戻った
「抜く」
陽を知らぬ蝶ネクタイを結びつつひんやりとした外面を着る
五線譜に揺られた君の真ん中に銀河のように塩をふりおり
雨の日に足の裏から抉り出た運気のような邪気のような
ひらひらと光る会話を聴きながら君の中から骨を抜きとる
外耳道を荒らしてゆく友人が明日は晴れると気高く歌う

歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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