
1945年から52年まで、アメリカを中心とする連合国軍の占領下に置かれ、敗戦国としての屈辱を味わった日本。現在の日本の形は、よくも悪くもこの占領期につくられたといっても過言ではありません。ところが近年、この占領期の存在が忘れ去られようとしています。それは一体、どうしてなのか……。『占領期日本 三つの闇 検閲・公職追放・疑獄』の著者で、ジャーナリストの斉藤勝久さんにうかがいました。
* * *
占領期の記憶がどんどん失われている
──現代の私たちが占領期について知ることには、どんな意義があると思いますか?
同じ敗戦国でも、ドイツは戦争から立ち直って、みごとに区切りをつけた。一方、日本はまだ戦争を引きずっている。このように指摘されることがよくあります。
ドイツと日本の決定的な違いは、ドイツはヒトラーが死に、ナチスが滅び、無政府状態になったことで、ゼロからやり直すことができました。
対して日本は、焼け野原にはなったものの、体制は変わりませんでした。天皇はちゃんといる、官庁もそのまま、メディアも同じ顔ぶれで、戦争前とまったく変わらなかった。
占領軍は日本にやって来て、このことに驚いたそうです。ドイツはゼロから出発したけれど、日本はまだ戦前の延長が続いている。ドイツは占領軍が指揮すればよいけれど、日本は相当厳しい指導をしなければ改革をすることはできない……。
戦後80年を迎えるにあたって、日本の出発点を考えるとき、このような古い体制を引きずりながら、それでもいかに変わってきたか。そこが重要になると思っています。
──占領期を学ぶことで、戦後の歴史の理解が深まるわけですね。
その通りです。現在の日本の形は、占領期につくられたものです。そして、その形は80年間、ほとんど変わっていません。ですから私たちは、この国が形づくられたときの本当の姿を、きちんと知っておいたほうがいいと思います。
ところが、占領期の7年間が、なかったことにされているような気がするんです。
日本にしてみれば、今でこそ経済大国という立派な顔をしていますが、当時はどこも焼け野原で、国民は飢え、主権はすべて進駐軍に取られていた、いわば屈辱の時代です。一方、アメリカにしてみれば、今や頼りにすべき同盟国をいじめすぎてしまった、後ろめたさがあります。
日本にとっても、アメリカにとっても「不都合な時代」であり、誰も口にしたがらないし、教えたがらない。だから、占領期のことはどんどん忘れ去られています。
──学校でも誰が総理大臣だったとか、表面的なことは教わりましたが、その背後にある「闇」については、きちんと教わった記憶がありません。
テレビドラマなどで、占領期の様子がどのように描かれているか、チェックすることがあるのですが、ハッピーな時代として描かれているのを目にすることがあります。実態とは、あまりにかけ離れています。
もちろん、ドラマですから脚色はあってしかたありませんが、占領期に対する考え方が少し甘すぎます。これでは視聴者に誤解を与えてしまう。もしかすると、つくっている方たちも、占領期の本当の姿を知らないのかもしれません。
『占領期日本 三つの闇』は、当時を生きていた人の日記や、証言録、回想録など、生の声をできるだけもとにして書きました。この本が、後世の人たちが占領期を思い描くときの参考になればと思います。
できるだけ「生の情報」に当たる
──今回の本を執筆するにあたって、膨大な数の文献に当たられたそうですが、文献はどのように探しているのですか?
本の巻末についている脚注に、大きなヒントがあることがよくあります。取材に行きづまって、どうしようかと悩みながら文献に当たっていると、突然、脚注に「今読むべき本」が出てくることがあるんです。
まったく知らない本だけど、きっとこの本の中に必要な情報があるだろうと。今回の本を書いているときも、そういうことは多かったですね。
また、「生の情報」に当たることも大切にしています。たとえば、公職追放された初の女性で、市川房枝という人がいますが、彼女自身が書いた日記、回想録や、彼女自身がしゃべったインタビュー、講演録などを読むと、そのときどんなことを感じていたのか、考えていたのか、本当の気持ちがわかるんです。
誰かがまとめた市川房枝の評伝などを読むことで、何となくわかったつもりにはなれます。ただ、こうした「生の情報」を活かして執筆したほうが、より本物に近づけると思うんです。
──最後に、読者のみなさんへメッセージをお願いします。
とくに若い人たちは、占領期について、これまであまり教えられてこなかったと思います。でも、現代につながる日本の戦後の歴史は、この占領期から始まっているんです。
──何かにつけて、日本はアメリカの言いなりになっていると言われがちですが、そのルーツもまさに占領期にあったんだなと、この本を通じてわかりました。これからの日本とアメリカの関係を考えていくうえでも、ルーツを知ることから始めなくてはいけないと思いました。
その通りですね。決して反米的という意味ではなく、現在の日米関係と、同盟国であるアメリカを理解するには、占領期のことを知ることが欠かせません。ぜひ、本書を読まれて、占領期にどんなことが起きていたのか、理解を深めていただけたらと思います。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【後編】斉藤勝久と語る「『占領期日本 三つの闇 検閲・公職追放・疑獄』から学ぶ過去を知り今を知ること」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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