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ジジイの細道

2025.03.20 公開 ポスト

街が消えていく 行き場を失った老人たちはいずこへ大竹まこと

2月24日 月曜日

家の近くに、歩いていくには少し時間がかかる「春日」というソバ屋が閉店した。理由はいろいろあると思うが、物が値上がりしてそれがソバの単価に影響したのだろう。

コロナ禍以降、家の近くの小売店がバタバタと店を閉めた。これでソバ屋は2軒、ラーメン屋も2軒、喫茶店が1つ、もう1つは来年に店を閉じるそうだ。
老夫婦がやっていたラーメン屋のチャーハンと餃子は美味しかったし安かったが、もうその店はない。
喫茶店は皮肉にも「コロナ」という名前であった。

 

庶民的な値段の寿司屋さんも、老いて店を閉じようとしている。
皆、店を継がせないのは、後継者がいないこともあろうが、いたとしてもこんな利の薄い商売を、しかも生来の見通しがない店を継がせるわけにはいかないと考えたのかもしれない。

「春日」のオヤジさんは、いつも私のラジオを聴いていてくれたらしい。番組のノベルティでラーメンの丼を作ったときは、日本ソバ屋なのに、私の注文したキツネソバをそのラーメンの器で出された。

番組で阿佐ヶ谷姉妹の姉・江里子さんがアイスクリームの「あずきバー」を溶かしてお椀に入れて温め、汁粉のように食べる正月の絵をスマホで撮っていた。
私はそれに驚いた話をラジオでした。今時の若い人は、あずきバーを温めて、一人で正月に食すらしい。

春日のオヤジは次の週に1650円のウナギソバ定食を頼んだときに、横のお椀にあずきバーの汁粉を出された。もう「春日」のオヤジのくだらない冗談は、店とともになくなってしまう。私はまた一つ行き場を失ってしまった。

私の街だけではない。東京のどの街も状況は変わらず、シャッター通りが増えているという。
必然的に外食産業に行かざるをえない。そしてどの街も、駅前はチェーン店だらけになった。
気軽で便利かといえば、そうもいかない。どの店もタッチパネルを採用した。人件費の節約であろう。しかし、老人たちはタッチパネルがうまく使えない。
私も試みるのだが、どういう理由か、いつもパンが2つ出てくる。年寄りたちは「やれやれ」と思って、足が遠のく人もいれば、果敢に挑戦して、克服する人などさまざまである。

しかし、目の見えない方はどうしているのだろうと思う。手が自由に動かない人もいる。タッチパネルはどう対応していくのか。

麻布にあるピザ専門店に入ったとき、そこはスマホをQRコードにかざして注文する店であった。私は店員さんにQRコードが使えないことを伝え、何とか現金で食べることができたが、もう二度と行く気にはなれなかった。

年寄りや弱者は、これからどうやって暮らしていくのか。店はこれらの客をもう相手にしないのだろうか。
大企業の経営者たちは、効率だけを考えているのか。

中華のチェーン店にも入った。店によってタッチパネルの方法は少しずつ違う。
私は迷わず、店の中央に立っていた係の人に手を挙げた。

「ハイ、どうしました    」
「チャーハンと餃子が食べたいんだけど」
「ハイ、チャーハンと餃子はね」

愛想のよい中年の女性はやさしかった。

「ここと、ここを押して」
「ハイ」
「はい、これで注文です。アリガトウゴザイマス」
「アリガトウ」

しばらくして、ロボットが小さく音楽を鳴らしながら私のテーブルにやってきた。運ぶのはロボットであった。

企業には企業の戦略がある。店の教育がある。それとは別に、やさしさだけが人をつなぐ。
もちろんこの女性の振る舞いが、戦略なのか自発的なものなのか、私にはわからない。
後者であってほしいし、また、前者でもと微かな希望が残る。

行く場所を失った老人たちはどこにいるのか。もう街にはその居場所はないのだろうか。

別の日、私はあまり好きでない散歩に出かけた。10分ほど歩けば、この街に1軒だけタバコの吸える昔ながらの喫茶店がある。
間口は狭く、カウンターには3~4人座れて、その横にテーブル席が2つ。80歳を超えた女性が経営している。
あいにくその日、店は繁盛していて座る場所がない。奥のテーブルから何度か見かけたことのある老人たちが手招きをしている。

「大竹さん、こっちこっち」
「いいですか」
「どうぞ、どうぞ」

3人はそれぞれ81歳、83歳、それに95歳の老人たちで、灰皿はすでにしけもくが山になっていた。
私はどうでもいい話の輪にまぎれ込んだ。95歳の老人は、勝手に戦争中の話を始めた。戦争が終わって80年、彼が15歳のときの話である。
「この辺りは、雨みたいに焼夷弾が降ってねぇ、僕はそれを消して歩いたんだョ。B29が墜ちてねェ、デカいねB29は」
話はとりとめがない。横の2人は毎度聞かされる話なのか、ニコニコと笑って、またタバコを口に咥えた。

83歳の老人は、昔バンドマンだったそうで、当時銀座で出前待ちをしていた私に会っているかもしれないと話し始める。

3人のうち、2人は手にメモを持っていた。家人に頼まれたお買い物リストだという。「間違えると怒られるから、いつも慎重に買い物をする」と笑う。

皆、そのうち時がくれば、笑いながら消えるであろう。
そういう私も、いつか消える。
見知らぬ誰かがやさしく見守ってくれたらと思う。

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ジジイの細道

「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。

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大竹まこと

1949年生まれ、東京都出身。79年に斉木しげる、きたろうとともに結成した、コントユニット「シティボーイズ」メンバー。『お笑いスター誕生‼』でグランプリに輝き、人気を博す。毒舌キャラと洒脱な人柄にファンが多く「大竹まこと ゴールデンラジオ!」などが長寿番組に。俳優としてもドラマや映画で活躍。

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