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文豪未満

2025.03.15 公開 ポスト

あなたの書店で1万円使わせてください ~文喫六本木~岩井圭也(作家)

入場料のある本屋」がある。

その話を聞いたのは6年ほど前だった。「文喫」という名前のその店は、オシャレタウン六本木にあるという。ふだん神奈川県内から出ることのない私には、はっきり言って縁遠い街だ。たまに東京へ行く時も、出版社がある神保町や飯田橋、アクセスのいい東京や新宿、渋谷へ足を運ぶことが多く、六本木へ立ち寄る用事などまず発生しない。

文喫の店名は、本好きの人ならどこかで聞いたことがあるのではないか。実際に訪問したことがある、という人もいるだろう。私も「行ってみたいな、行ってみたいな」とは思っていた。思ってはいたが、生来の怠けグセを理由に、文喫との接点がない生活を数年にわたって送ってきた。

私がグズグズしている間にも、文喫のほうはどんどん進化していく。2021年3月には福岡天神に2店舗目が、2024年4月には名古屋栄に3店舗目がオープンした。六本木の店舗でも、トークイベントや夜営業など、さまざまな催しが行われた。

――さすがに、そろそろ行ってみねばなるまい。

そんな心の声が聞こえはじめた矢先である。打ち合わせ中、担当編集者氏が唐突にこう言い出した。

「ぼく、文喫の方と連絡とれますよ」

えっ、そうなの?

「よかったら次の1万円企画で行ってみますか?」

ぜひそうしよう。さあ早く。すぐ行こう。

私はきっかけがないと動けない人間だが、きっかけがあればいくらでも動く。変わり身の早さを見せつつ連絡を取ってもらうと、先方は取材を快諾してくれた。

そういうわけで、勇んで文喫へ向かうことになった。オシャレタウンの「入場料のある本屋」で、私もオシャレピープルの仲間入りを果たすのだ。

「文喫 六本木」までは、東京メトロ六本木駅から歩いて1分。お店の出入口はビルの一階にある。担当編集者氏と集合し、店内へ。

店のなかほどから見た入口側はこんな感じ。
 

細長いお店の手前側は無料で立ち入れるゾーンで、奥は有料になっている。手前側では本や雑誌の他、文房具や衣類などさまざまな物品が販売されていた。

受付。

文喫の有料ゾーンに入るには、まず入場料を支払う。平日は1,650円、土日祝日は2,530円(いずれも税込み)で入ることができ、時間制限はない。飲食受付でコーヒー・煎茶をもらうことができ、これはおかわり自由。店内には約30,000冊の本があり、自由に手に取って、座席で読むことができる。店内の本は自由に購入可能。

ここから先は有料。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。

慣れないオシャレ空間で顔が固い。

短い階段を上がって、本棚が並ぶゾーンへ。

どれどれ。

文喫の特徴は、基本的に「1冊ずつしかない」ということ。新刊書店であれば、人気の作品は何冊も積んであるのが普通だが、文喫では原則として1作品につき1冊。誰かが手に取れば、それは文喫ではその人だけのものだ。

百万年書房の本がフィーチャーされていた。

また、文喫では各棚のどこに本があるかが非常に重要。間違った場所に戻すことがないよう、いったん棚から持っていった本は、返本台に返すことができるようになっている。

返本台にもいい本があるかも?

まずは「ビジネス」の棚からじっくり見ていくことに。1%の革命といった話題作は少数派で、〈サラリーマン〉の文化史』『自己啓発の罠など、初めてお目にかかる本がたくさん。これらもすべて、「1冊ずつ」だ。

さっそく迷う。

初対面の本に目移りしつつ、「これは」と思い手に取ったのは、ジェイムズ・オーウェン・ウェザーオール著/高橋璃子訳『ウォール街の物理学者』(ハヤカワ文庫NF)

これよさそう。

本書は金融市場の攻略に挑んだ物理学者たちのノンフィクションだそう。表4には〈投資必勝法に挑む天才たちの群像と金融史を精細に描く。〉と記されている。

理系要素だけでなく、本書には胸が熱くなるようなストーリーが秘められている予感がする。というわけで、今日の1冊目はこちらに決定。

物理は苦手だけど物理学読み物は好き。

続いて「自然」のコーナーへ。

普通の書店ではまずお目にかかれないだろう巨大な図鑑もあったりして、圧倒される。こういう本も、文喫店内では読み放題だ。

あれもこれも気になる。

突き当たりには天秤がディスプレイされていて、2つの皿には1冊ずつ本が置いてある。無造作に片方の本を取ると、「ガシャン」と音を立てて、もう一方が下に落ちた。失礼しました。

この時手に取ったのは、ハリー・マシューズ著/木原善彦訳『シガレット』(白水社)。オビにはこう書いてある。

実験的文学者集団「ウリポ」所属の米の鬼才による、精緻なパズルのごとき構成と仕掛け!

うーん、気になる。

さらに説明を読むと、〈主要人物間の入り組んだ関係を、パズルのピースを一つ一つ提示するかのような形で見せつつ、謎と解答を与えながら読者を引っ張っていく〉という。どういう話なのか見当がつかないが、とにかく面白そうだ。

今日の2冊目はこちらに決定。

読むのが楽しみ。

次に「日本文学」の棚へ。三島や谷崎といった文豪たちの作品をおさえつつ、現代の純文学にもしっかり目くばせするラインナップ。

個人的には町田康『壊色』があるのがうれしかった。

続いて「翻訳文学」の棚も物色。

この棚の本は著者名順や国ごとに並べられているのではなく、独自の分類がされている。例を挙げると、「ディストピア/ユートピア」「革命」「愛」「暴力」「待ち合わせ」「自分勝手」などなど……。

こうした並べ方は、まさに文喫オリジナルといえる。

棚を見ているだけで飽きない。

面白いのが、棚の隙間に各カテゴリーを象徴する一文が書かれていること。見たところ、すべて手書きだ。

びっしりと文字で埋め尽くされた棚は壮観。

数々の海外文学のなかで目を引いたのが、パク・ミンギュ著/斎藤真理子訳『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』(晶文社)の黄色いカバーだった。

三美スーパースターズというのは、韓国のプロ野球チームらしい。とにかく弱くて、〈圧倒的な最下位チームとして人々の記憶に残った〉そうだ。かつて暗黒期の横浜ベイスターズを応援していた身として、共感を覚える。

以前から気になっていた本で、ちょうど海外文学を読みたい気分だったこともあり、すんなり購入を決定。

安心の斎藤真理子さん訳。

その裏にあるのは「食」の棚。

「ジビエ料理」の主張が強い。

向かい合う位置に、「国内旅行」「海外旅行」の棚も。

本の配置にもこだわりが感じられる。

短い階段の先には、「デザイン」「建築」などの棚と一人掛けの座席が並んでいる。

ちょっとした階段を上るのも楽しい。

見たことのない本ばかりで、タイトルとブックデザインを見ているだけでも一日過ごせそうだ。

「なんじゃこのデザイン?」という本もある。

建築関係の本も最近ちょこちょこ読んでいるため、気になる。

安藤忠雄の目力が強い。

階段を降りて、元のフロアへ戻る。まだ足を踏み入れていない「コミック」の棚を見てみることに。

棚の下部までびっしり。

何十冊も続くコミックは見当たらず、基本的には1巻もしくは数巻で読み切れる作品を置いているようだ。アドルフに告ぐを買おうか迷ったが、予算オーバーになりそうだったので泣く泣く諦める。

その向かい側は、「演劇」「映画」の棚。戯曲の本がずらりと並んでいる書棚は、そう見られるものではない。

松尾スズキの戯曲も気になる。

そのなかでも「おっ」と思ったのが、上田誠『来てけつかるべき新世界』(白水社)

岸田國士戯曲賞を受賞した作品としてタイトルは知っていたが、どんな作品かはほとんど知らない。それにしても魅力的なタイトルだ。内容は不明だが、上田誠さんの戯曲ならきっと面白いに違いない。

この本も購入リストに加えることに。

表紙のゆるさもいい。

その後も、ポコラート世界展 図録「偶然と、必然と、」を発見したり。

これは滅多に出会えない気がする。

「音楽」の棚でティンパニストかく語りきを熟読したり。

ティンパニ奏者の本を読むのは初めて。

突き当たりの「写真」の棚の前で呆然としたり。

大判の本が多い。

とにかく、歩いて眺めているだけでも十分楽しめてしまうのだ。なにしろ1冊ずつしかないから、見落としがないように棚をじっくり見ていると、あっという間に時間が経ってしまう。

そんななか、「科学」の棚で見つけたのが、中尾麻伊香『科学者と魔法使いの弟子 科学と非科学の境界』(青土社)だ。

本書は原子力をめぐる読み物で、核技術が日本人のアイデンティティにどのように作用したかを読み解いていくという。原子力についてはもともと興味があるが、「科学と非科学の境界」という副題にも惹かれる。

この本を、今日最後の1冊に決定。

かわいげのある表紙だが題材はハード。

買い物は終わったが、もう少し店内を見て回ることに。

一画には、がっつりミステリーを集めた場所もあった。

「ミステリー小説には何故、顔が描かれないのか?」

出入口手前の無料で立ち入れる場所にも、たくさん本が置いてある。ここだけでも楽しめてしまえそうなくらいだ。

雑誌も。

この場所の展示は時期によっても違うらしい。訪問した時は「ゆいいつむに」をテーマにした展示が展開されていた。これは、3月22日(土)~23日(日)に開催されるイベント「むにマルシェ」にちなんだものらしい。(詳しくはこちら

選書を見ているだけで楽しめる。

というわけで、今回買うことにしたのはこちら。どれも新刊書店ではあまり出会う機会のなさそうな本で、文喫だからこその5冊という感じがする。

今回は冊数少なめ。

本を持って、いざお会計。

さあ、今回はいくらになるのか。ジャン。

10,758円。

いいね~! 単価が高いからどうなるかと思ったが、ギリギリ1万円プラス千円の幅に収まった。購入したのは5冊だが、各々の雰囲気に厚みがあるおかげか、満足感は高い。

 

行く前は「オシャレ空間」というイメージが強く、肩に力が入っていたが、実際に訪れてみるといい意味で「抜け感」のある空間だった。

店内はセレクトショップや美容院で感じる緊張感とは無縁で、一人の時間を自由に満喫できる。見回してみると、本を読んでいる人だけでなく、パソコンで仕事をしている人や、書類を広げて書き物をしている人もいた。大胆に言えば、書店というより「ものすごく本好きな友達の家」に遊びに行った感じがする。

入場料がかかる、と聞くと身構えるかもしれないが、手間ヒマかかった選書を眺めるだけでも、本好きなら十分楽しめると思う。一度の訪問ではとてもすべてを見ることができないくらいの充実ぶりだ。

文喫へ来るために、またここへ来よう。

帰路、六本木駅のホームで電車を待っている間に、自然とそう思えた。

最後に。

この企画に協力してくださる書店さんを募集中です。

「うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント @keiya_iwai までDMをください。関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。

それでは、次回また!

【今回買った本】

  • ジェイムズ・オーウェン・ウェザーオール著/高橋璃子訳『ウォール街の物理学者』(ハヤカワ文庫NF)
  • ハリー・マシューズ著/木原善彦訳『シガレット』(白水社)
  • パク・ミンギュ著/斎藤真理子訳『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』(晶文社)
  • 上田誠『来てけつかるべき新世界』(白水社)
  • 中尾麻伊香『科学者と魔法使いの弟子 科学と非科学の境界』(青土社)

関連書籍

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文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。

そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。

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岩井圭也 作家

1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュ ー。著書に『夏の陰』( KADOKAWA)、『文身』(祥伝社)、『最後の鑑定人』(KADOKAWA)、『付き添う人』(ポプラ社)等がある。

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