
TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」出演で話題! 世界133ヵ国を裁判傍聴しながら旅した女性弁護士による、唯一無二の紀行集『ぶらり世界裁判放浪記』(小社刊)。現在も旅を続けている彼女の紀行をお届けする本連載。本日は「コートジボワール編(前編)」をお届けします。
「あんたどこから来て、どこに行くの」
バスで隣り合ったルイーズが、国境で休憩中にお茶をすすりながら聞いた。
「ガーナからコートジボワールまで」
「中国人?」
「ああどこからってそういうこと。出身は日本というアジアの島国」
「日本。珍しいわね。はじめて会った」
コートジボワール人のルイーズは、帰国の途についているらしい。
*
午後の3時。ガーナの首都アクラを朝6時に出たバスは、国境で2時間停まっていた。国境には幌をかぶっただけの小さな商店が連なり、手持ち無沙汰の乗客たちにお茶を出している。
商店の軒先には缶や穀物の袋が積み上げられていた。モーリタニア人の店主は腕を高く上げ、カップに煮出したチャイを注いだ。曇ったカップに泡が立った。
「このままだと家に帰れるのは深夜になるわね」ルイーズは言った。彼女のつぶやきを聞きながら、さて自分はどこに行くつもりなのだろうと私は考えていた。
コートジボワールはアフリカの西部、大陸のくびれが東西に続くギニア湾の象牙海岸沿いにある。私は西アフリカ8カ国を回る旅の途中だった。
バスの中ではドラマシリーズが3本、立て続けに流れていた。ドラマの主人公は黒魔術の呪いにかけられたり、家族が呪われたり、なんなら序盤で殺されたり、たいてい不遇だ。しかし信心深い彼女らは、夫が歌う愛の歌や、教会の祈りや、長老の呼んだ「良い呪術師」の計らいによって、最後は「幸せ」を手に入れる。
「あなたたちの行為はきちんと審判を受け、報いを受けるのだ」
たいてい脇役がそんなことを言って主人公を励ます。その中に裁判所は出てこない。監修はキリスト教財団であった。
ドラマが終わるころちょうどあたりが暗くなりはじめた。日の暮れけた海岸に向かって、コウモリの大群が空を横切り、「コウモリは北の内陸から南の海に向かって飛んでいく」、そう隣のルイーズが言った。「私の家族は内陸の、アクペという村からアビジャンに移り住んだの」
コートジボワールの最大都市アビジャンまではもうすぐだった。
弁護人が、「被告人には無罪を求める」と声を張った。階下の法廷では拍手が起こっている。起訴されているのはメイドとして働く女性、19歳だった。
「とても都会的な事件だ」傍らでコートジボワール人弁護士がささやく。
アビジャンという大都市は、湖沼を囲む形でいくつかの地区に分かれている。ちょうど町の中心部にあるのがプラトーで、官庁や銀行や企業のあるビル街だ。夜はバーもまばらだが昼間はピシッとおしゃれなオフィスワーカーが闊歩する、いわば霞が関~永田町的なエリア。
アビジャンの地方裁判所(第一審裁判所)は、そんなプラトーの一角にあった。
近くにはスタジアムや教会、議会なんかがある。
「この事件が都会的ってどういうこと」私は疑問を口にした。
* * *
次回も、コートジボワール裁判傍聴の旅をお届けします。「街」の裁判と「地方」の裁判では毛色が違うようで……?
3月22日更新予定です。
続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。