
TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」出演で話題! 世界133ヵ国を裁判傍聴しながら旅した女性弁護士による、唯一無二の紀行集『ぶらり世界裁判放浪記』(小社刊)。現在も旅を続けている彼女の紀行をお届けする本連載。本日は「コートジボワール編(後編)」をお届けします。前編はこちら→「黒魔術とコウモリの影~西アフリカ裁判旅」。
* * *
天井の高い外廊下から階段を上る。私たちは小さな入り口から屋根裏のような小部屋に入った。そこは法廷の2階にあるバルコニー席で、法廷を見下ろしているとまるで舞台のようだ。
「被告人がメイドとして勤める家に窃盗犯が入り、タブレットなどを盗んだ」――それがこの事件だという。
検察官は「被告人は窃盗犯グループを手引きした共犯である」として3年の懲役刑と10万フラン(2万円)の罰金を求刑したが、被告人は「私は寝ていた」と否認。弁護人も「物的証拠はない」と真っ向から対立している。
隣で一緒に傍聴していたコートジボワール人弁護士が、「とても都会的な事件だ」とささやいた。
「”都会的”ってどういうこと?」私は疑問を口にした。
「町と田舎の事件は、種類がけっこう違う」と弁護士。
「まず窃盗の対象が都会と田舎じゃ違う。田舎の窃盗事件では、対象となるのは家畜や作物が多い」
「なるほど」確かにコートジボワールの田舎の家には鍵がついていなかったり、庭先でキャッサバ(芋)を砕いて乾かしていたりする。
「トラブルの相手も、隣人とか同じ部族とか、顔の見えている人たちが多い。それに比べて、コミュニティから切り離されたところで生きる都会の労働者たちの人間関係は、誰も把握していない」
「そもそも地方部のトラブルは、裁判所に持ち込まれないことも多い」
「というと?」
「たとえば家族のトラブルとか、住民同士の争いは、村の首長(チーフ)や長老、宗教リーダーに持ち込んで、和解や調停で解決してもらう」
「宗教リーダーって、キリスト教会の長とか、イスラムのモスクのイマームということね?」
「そう。白黒つけたくないという人の方が多いし、彼らは身近な相談相手で、尊敬もされている。裁判官たちは数も少ないし、遠い存在だからね」
「なるほど」
「それらはまるごと、私たちの考える『裁判』。こういう審判や調停も、権威ある判断で、ジャスティスなんです」
事件の種類が違うだけではない。裁判所で裁かれる事件は、そもそもそれだけで「都会的」なのだと、そういう話を聞いて私は、自分の常識を覆された気がした。私の知っている裁判というのは、「裁判」の概念のほんの一部に過ぎないのだ。
コートジボワールへ来るときのバスの中で見た、黒魔術のドラマを思い出した。主人公の女性たちが、教会や長老や「良い呪術師」の「権威ある判断」に救われる、水戸黄門のような権威と勧善懲悪の物語を。
和解とか調停、仲裁の手続は、日本にもある。コートジボワールが日本と違うのは、村の長(Chief du village)や部族の「王」といった「伝統的な首長」が、調停を行う権限を法律で与えられているということだ。
そう、西アフリカの一部には、国の国境とは別に「王国」を今でも持つ部族がいるのだ。
コートジボワールには60の民族が暮らしている。
「東部の民族――たとえばアカン系の人たち――は、もともと農耕民でした」コートジボワールの仕事仲間が教えてくれる。
「植民地化される前から、彼らの地域には王国があった。そういうところでは階層構造にも慣れているから、首長は尊敬される傾向が強いといいます」彼女はつづけた。
「それに対して狩猟や牧畜を生業としていた遊牧系の民族の多かった西部では、定住してコミュニティを築く文化が薄かったから、ヒエラルキーがあまりない。それもあって、東の農耕民社会と比べると首長はあまり尊敬されていないという話」
思い出せばルイーズの出身地アクペは、アカン系の民族が住む町だった。
アカン族は国境をまたいでガーナにも住んでいて、むしろガーナでは多数派民族だったりする。
ガーナ・コートジボワール国境で、私がルイーズと一緒にお茶をしばきながら座っていた商店は、当たり前のように、「国境」という線に沿ってガーナ側にずらっと並んでいた。それはいったい何を象徴しているのだろうと、ふと思った。今思えばあれは蜃気楼のような気もする。が、写真には残っている。
モザンビークからやってきたおじさんたちは、国境を縁取る商店でひと稼ぎしたらまた元いた場所に帰っていくのだろうか。しかし遊牧民にとって、「元いた場所」というのはいったいどこなのだろう。
「あんたどこから来てどこまで行くの」
コートジボワールへの入国時にルイーズから問われたことに、答えを探す必要はあるのだろうか。
続・ぶらり世界裁判放浪記の記事をもっと読む
続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。