
今回は、大白小蟹(おおしろ・こがに)の新刊マンガを取りあげます。
大白小蟹は、初めての単行本である短編集『うみべのストーブ』が、『このマンガがすごい! 2024』のランキングで、「オンナ編」のベストワンに選出され、一躍注目の的となりました。
公表された経歴に「1994年生まれ」とあるので、現在30歳をすこしこえた若い女性マンガ家です。
表題作「うみべのストーブ」は、失恋した若い男をストーブ(!)が慰めてくれて、傷心の男と一緒に海を見に行くという物語です。
全部で7作が収録されていますが、「うみべのストーブ」が示すように、幻想的な設定と日常生活のリアルがうまく融けあい、絶妙なリリシズムを発揮するところに特長があります。
今回発表された2冊目の単行本『太郎とTARO』(リイド社)は、新刊ではあるものの、大白が2019年に、筑波大学大学院で修了制作として提出した作品を新たに編集しなおしたものです。
横長の判型で、『太郎』と『TARO』の2分冊からなり、セリフ(吹きだし)はまったくないので、マンガというより2冊の絵本というほうが近い感じの作りになっています。
『太郎』のストーリーを要約すると、こんなふうになります。
南洋と思しき島に、裸で暮らす赤い肌の人々がいます。太郎(と思われる主人公の少年)は、友達と相撲をとったり、父親や兄弟と釣りで食料を得たりして生活しています。
あるとき、太郎と弟が浜辺の蟹を追いかけて行った先に、青い肌の男がいて、パイナップル型の爆弾を破裂させています。そして、太郎の弟と青い肌の男が、その爆弾で吹き飛ばされて死んでしまいます。
その事件をきっかけに、赤い肌の人々と青い肌の人々のあいだに争いが起こり、子供を傷つけられた赤い肌の人々は、大挙、ボートに乗って、青い肌の人々が暮らす島へと攻めこみ、青い肌の人々をこらしめ、珊瑚など財宝を勝ちとって、島へ戻ってきます。
しかし、まもなく、赤い肌の人々の島に、パイナップル爆弾をもった黒い鳥たちが無数に飛んできて……。
この1冊だけを読むと、爆弾で子供を殺された赤い肌の男たちが、青い肌の悪人たちを成敗して、宝物を得る話に思えます。まるで桃太郎が仲間と鬼退治をする昔話のように。
しかし、もう1冊の『TARO』は、まったく同じ話を青い肌をした少年の視点から描いています。これを読むと、桃太郎の鬼退治が出来事の一面しか表していないことが分かります。
そして、この逆説は、いま世界じゅうで起こっている戦争の悲劇にも当てはまることに気づいて、私たちは慄然とします。
その思想的な問いかけの深さに加えて、右開きの『太郎』の物語と左開きの『TARO』の物語が、たがいのラストの画面で対称形にぶつかりあい、ひとつに融合するという2分冊の構成の完璧さに、私たちは感動もするのです。
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