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知的菜産の技術

2025.03.26 公開 ポスト

#9

いざ収穫! 生来の野菜嫌いも野菜好きに。驚きのいいことずくめ仲野徹(生命科学者)

朝採り野菜の朝食

最初から収穫がすこぶる順調だったわけ

連載第9回にして、ようやく収穫に到達であります。なにごとも成果を得るには相当な手間がかかりますが、菜園も例外ではないということです。正直なところ収穫にはあまり期待してなかったのですが、予想をはるかに上回る喜びがありましたわ。

 

どうして家庭菜園を始めることにしたか。まずは、畑用の土地があったこと。第1回に書いたように、心の師匠・伊藤礼先生の影響があったこと。それから、斜め上の遠くを見ながら、ちょっとかっこよく「定年後は晴耕雨読ですわ」と言いたかったこと。「ホントですか、いいですねぇ」と言ってもらえるのが嬉しかったのである。って、子どもやな。でも、ホンマやからしゃぁなし。

あくまでも「できるだけ」ではあるが、ウソは言わないようにしている。もし晴耕を実行しなかったら、ナカノはウソをついたと晩節を穢すことになるやもしれぬ。と、思わなかった訳でもないが、これは自意識過剰ですわな。元々そんな輩だと思われてたみたいな気がするし、それ以前に穢すほどの実績もないし。

こんな事情で始めたこともあって、収穫にはそれほど期待していなかった。所詮、素人が見よう見まねで、と言いたいが、見ることすらなく参考書を頼りに始める菜園である。作物ができれば儲けものというくらいの気持ちだった。それに、生来、あまり野菜好きではない。子どもの頃は本当に野菜を食べなかった。好んで食べていたのはホウレン草くらいではなかったかと記憶している。

そんなではあったが、初っぱなから菜園の収穫はすこぶる順調だった。これは才能とかなんとかいうものではなくて、書いてあることを忠実に守ったからにすぎない。ずいぶんと昔のことだが、新聞でプロの味付けレシピの連載をしておられた有名な料理人さんのお店で食事をしたことがある。その時に尋ねた。いろいろ料亭レベルの料理を紹介しておられますが、家でも同じような味を出せますかと。その時キッパリと「出せます」とおっしゃった。ただし、「必ず書いてあるとおりにやること」という条件をつけて。これにはいたく感動した。

多くの人は、どこか手順を勝手に変えたり、似た材料で片付けようとしたりする。それがダメだと。なるほど、そうなんや。技術というか器用さというかはどうしようもないところがあるけど、そうしたらええんや。以来、なにごとにつけても、この教えを守ることにしている。拙著『この座右の銘が効きまっせ!』(ミシマ社)にも書いたのだが、「横着は敵だ!」という自家製座右の銘を作るにいたった理由のひとつは、この思い出にある。

味が濃い! みずみずしい!

収穫を始めて予想外の驚きがあった。それは、野菜が好きになったことだ。自分で作ったからというよりも、純粋に家庭菜園で作った野菜が美味しいという理由の方が大きい。

農林水産省によって、野菜は大きく、根菜類(ダイコン、ニンジン、ジャガイモとか)、葉茎野菜(キャベツ、レタス、ホウレン草とか)、果菜類(キュウリ、ソラマメ、トマトとか)、香辛野菜(ショウガ、ミョウガ、ワサビとか)、果実的野菜(メロン、イチゴ、スイカとか)の5種類に分けられている。

メロン、イチゴ、スイカとかは果物屋さんに売っとるやんけ、というご意見もあるだろう。だが、それは流通の問題であって、園芸的というか農水省的には、苗を植えてから1年で収穫する草本植物が野菜とされておるのじゃ。ふむ、この定義でいくと、バナナも野菜やな。ちょっと違和感あるけど、地球上には主食にしてるところもあるんやから、まぁええか。

念のために「野菜」を広辞苑でひいてみると「生食または調理して、主に副食用とする草本作物の総称。食べる部位により、葉菜あるいは葉茎菜・果菜・根菜・花菜に大別。芋類・豆類はふつう含めない。」とある。定義も分類も農水省とえらいちゃうがな。あんまり考えてもしゃぁないっちゅうことやな。

いらん話が長くなってしもたけど、何の話をしようとしているかというと、まずは最初に採れ始めた葉茎菜についてである。ベビーリーフがえらく美味しかったのは第6回に書いたとおりである。それが育ったもの、ミニチンゲンサイ、ホウレン草、リーフレタス、ルッコラ、パクチーなども、当然、美味しかった。

葉ものに限らず、我が家の野菜はどれも、買ってきたものより味が濃い。第一に、露地栽培で旬のものだからだろう。もうひとつ、ひょっとしたらと思っている理由がある。それは、なべて小さいからではないかということだ。スーパーや八百屋で並んでいるホウレン草、ダイコン、ジャガイモなどは、我が家のものに比べると巨大としか言いようがない。どうしたらあんなに大きく育てることができるのか。我が菜園では化学肥料でなく有機肥料を使っているせいかもしれないが、それだけでこんなに差が出るとは思いがたいくらい違う。しかし、大きくならない分、味が濃いのではないかと考えている。証明のしようもないけど、単なる負け惜しみですかねぇ。

野菜は朝に収穫するのと夕方に収穫するので味に違いがあるとされている。昼は光合成で糖分が蓄積され夜は呼吸で分解されるから、夕方の方が糖度が高くて味が濃いというのが理由だ。ホンマかいなと思うけれど、科学的に一応の筋は通っている。とはいえ、鈍いせいかもしらんが、それほど大きな違いは感じられないように思う。それよりも明らかに違うのはみずみずしさだ。これは圧倒的に朝がいい。

チンゲン菜やホウレン草などは調理して食べるからよくわからないが、リーフレタスやルッコラは新鮮さが半端ではない。なにしろ採りたてなのだ。野菜類がお店に並ぶまでには、最短で収穫されてから1日、通常は2~3日かかるらしい。到着した日のうちに買うとは限らないし、買ってすぐ食べるわけでもない。しかし、家庭菜園の野菜は違う。朝に採取してすぐに食べる。むっちゃみずみずしい。申し訳ないが、これだけは食べてみないとわからない。味わいながら「幸せなこっちゃなぁ」とつい呟いてしまうほどだ。

「自分で作ったから美味しいと思うだけとちゃう?」こういうことを言い放つ腹立つ妻と40年以上もいっしょに暮らしている自分はとても我慢強いのではないかと密かに考えていたりする。もし同じような邪(よこしま)な感想を抱いた方がおられたら、猛省していただきたい。最初のころはこのように冷ややかにしていたけれど、こんな腹立つ妻でさえ次第にわかってきたようで、我が家の採れたて野菜は美味しいと同意するようになった。だいぶ遅すぎたけど、まけといたる。

「作りすぎ問題」「収穫見切り問題」をどうするか?

失敗というほどではないが、最初はいくつか問題もあった。ひとつは「作りすぎ問題」である。野菜の作り方は本に書かれているが、どれくらいの量が採れるかまではあまり書かれていない。これは作り方によって違うからいたしかたないだろう。うまく育たないのがイヤさに、つい多い目に種を蒔いたり、苗を植えたりしていた。ところが、思いのほかうまく育ったので、初年度は採れすぎた。腹立ち妻は大のナスビ好きなのだが、さすがに2カ月もの間食べ続けて、もういらん状態になっとった。最初の頃にいらんことを言うたバチがあたったんかもしらん。

プチトマト、じゃなくて、ミニトマトは、最盛期には毎日20個ほども採れた。ほうっておくと熟して落ちてしまう。キュウリやゴーヤも毎日何個も食べ頃になった。キュウリはすぐにパンパンに膨れ上がるし、ゴーヤは割れてしまう。どれも近所にお配りするのだが、限界がある。それに、食べきれない余り物を持って行ってるだけなのに、気を遣ってお返しをくださるところもあり、誠に申し訳ない状態になってしまう。

採れすぎたらじゃまくさい野菜の筆頭は、ルッコラ、リーフレタス、パクチーあたりの生食するしかない葉物類である。食べずに捨てればいいではないかと言われたらそれまでなのだが、なんとなくもったいない。毎朝、サラダにして食べていたのだが、気分は完全にニワトリで、モウケッコー状態だった。って、しょうもなぁ。

パクチーは好きなのだが、合わせる料理が限られることもあって、あまりたくさん食べられるものではない。一方、バジルもバカほど育ったけれど、これはジェノペーゼという優れた技があるから、ある程度の保存がきくし、けっこう消費もできる。さすがに2年目からは相当に改善したが、このあたり、何をどれくらい植えるかというのは、なかなかに悩ましい。

ナス、キュウリ、トマトといった類いは収穫できる時期が長いが、枝豆やトウモロコシは採取するのに適した時期が短いので、同じようなタイミングで食べ頃になる。しかし、一度にそれほどたくさんはいらんのである。考えてみればあたりまえなのだが、そういった野菜は、時期をずらしながら種蒔きをすべきなのだ。素人なので、そんなことすらわかってなかった。本にも書いてなかったぞ。って、これはあまりにあたりまえすぎるためかもしらんなぁ。

どの段階で収穫に見切りを付けるか問題も悩ましい。果菜類にはずいぶんと収穫時期の長いものがある。詳しくは各論編――いまはまだ総論編で、その後に各野菜の各論編が続く予定であります――に書くことになるが、ナスやピーマンなどは6月から収穫を始めて、半年も実をつけ続けてくれる。もちろん、次第に衰えていくのだけれど、抜いてしまうには忍びない。

とはいえ、次に植えつける野菜が待っている。種蒔きや植えつけの時期はかなり限られているので、どこかで見切って抜かねばならない。収穫が悪くなってきたら思いきって抜きましょうと、本とかには書かれているのではあるが、がんばって実らせてくれてるんやから人情としてなかなかそうはいかんのである。どこで思い切るか、これには正解がないような気がしている。我ながらけっこうやさしい。

栽培数40~50品目のなかでのお気に入りは?

よく聞かれるのは、何種類くらいの野菜を作っているかということ。おそらくは想像される以上に多くて、年間にするとおよそ40~50品目にもなる。ナスやらダイコンにはいくつもの品種があるから、種類の数でいくと、その倍くらいになるかもしれない。基本、家で消費するだけなので、なにしろ多品種を少量で栽培である。キャベツのようになかなか上手く栽培できなくて購入せざるをえない野菜もあるけれど、夏を中心にした半年くらいの間は、あまり野菜を買わなくてもいいくらいの収穫がある。

作りがいのあるのは、前述のとおりトマト、キュウリ、リーフレタスなど、新鮮さがものをいう生食できる野菜である。トウモロコシやスナップエンドウなんかも生食できるのがうれしい。無農薬なので、畑の世話をしながらもぎりたてを食べるとなんとも言えない幸福感がある。もうひとつは、コールラビや子持タカナ(四川児菜)、アーティチョークといった、あまり売られていない野菜である。こういったものは買うとなると結構高いので、なんとなくお値打ち感があるのもよろしい。

そんな中、なによりも気に入っているのはカラフルニンジンだ。ニンジンが苦手で、ほとんど食べない。いや、食べなかった。しかし、カラフルニンジンは大好きだ。これも各論で詳しく書くつもりだが、カラフルニンジンはその名の通り、オレンジだけでなく、黄色や紫もある小ぶりのニンジンである。ニンジン独特の風味が嫌いなのだが、カラフルニンジンにはあまり感じられない。サラダに入れてもソテーにしても鍋に入れてもむっちゃ美味しい。えらいぞ、カラフルニンジン! どうしてあまり売られていないのかがわからない。

土地がないから知的菜産なんか関係ないわと思っておられる方が多いかもしれないが、リーフレタス、ミニトマト、カラフルニンジン、ナス、キュウリくらいはプランターでも栽培できる。そろそろ種蒔きのシーズンを迎えるし、もう少しすれば花屋さんにも苗が並ぶ。ぜひチャレンジしてみられてはどうだろうか。満足度、高いよ~。

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知的菜産の技術

大阪大学医学部を定年退官して隠居の道に入った仲野教授が、毎日、ワクワク興奮しています。秘密は家庭菜園。いったい家庭菜園の何がそんなに? 家庭菜園をやっている人、始めたい人、家庭菜園どうでもいい人、定年後の生き方を考えている人に贈る、おもろくて役に立つエッセイです。

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仲野徹 生命科学者

1957年大阪・千林生まれ。大阪大学医学部医学科卒業後、内科医から研究の道へ。ドイツ留学、京都大学医学部講師、大阪大学微生物病研究所教授を経て、2004年から大阪大学大学院医学系研究科病理学の教授。2022年に退官し、隠居の道へ。2012年日本医師会医学賞を受賞。著書に、『エピジェネティクス』(岩波新書)、『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)、『考える、書く、伝える 生きぬくための科学的思考法』(講談社+α新書)、『仲野教授の仲野教授の この座右の銘が効きまっせ!』(ミシマ社)、医学問答 西洋と東洋から考えるからだと病気と健康のこと(若林理砂氏との共著 左右社)など多数。

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