
トクリュウこと、匿名・流動型犯罪グループ。最近、ミャンマーやカンボジアでその拠点が発覚したが、実は台湾にもその大きな拠点がある。ジャーナリスト・花田庚彦が、台湾の「街頭」が仕切るトクリュウの現場に潜入取材し、誰も知らない闇バイトの恐るべき実態を暴いた『ルポ・台湾黒社会とトクリュウ』より、“スクープ”の一部をお届けします。前回に続き台湾トクリュウの現場への、衝撃の潜入ルポです。
台湾トクリュウの現場からの逃走劇
そんな若者の未来に思いを馳せながらその場を後にした筆者だったが、自身も犯罪に手を染めてしまっては本末転倒である。トクリュウに手を染めざるを得なくなる明日というタイムリミットの前に、いかにしてこの場から脱出するかを考え、実行に移すべく準備を始めることとなった。
すると、望外にもその機会はかなり早く訪れたのである。見張りの人間が「事務所に 30分くらい出かけるから」と、留守番を頼まれたのだ。留守番と言っても中国語も話せない筆者ができることは何なのだろうか、と思わず苦笑してしまったが、まさにこのタイミングこそ逃亡のチャンスである。宿舎を変える可能性がある、と事前に伝えられていた筆者は、ある程度荷物をまとめていたので、パッキングの作業には殆ど時間を費やされることはなく、往復の飛行機代、宿代相当の額をその場に置き、この場から去ることにした。
さもタバコを吸うような素振りで、荷物を持ち出しながら建物を出ると、ここに着いた際、把握しておいた防犯カメラの位置を避けながら、大通りまで出て、タクシーを拾った。筆者が確認した以外の監視カメラに写ってしまっていることを考え、念のためタクシーの運転手に台中警察署へと行くよう伝え、大脱出を開始したのである。警察署の前という黒社会の人間が最も手を出しにくい場所でタクシーを乗り換え、目的地のホテルに行くのが一番安全だろうと考えていたのだ。
この時点ではまだホテルの目星は付けておらず、台中警察署の近くにあるコンビニで Wi-Fiを拾い、そこで選ぶことに決めた。到着後に旅行サイトでホテルを調べると、様々なホテルが見つかったが、筆者はあえてその中から、逃げ出した宿舎に比較的近い場所にあるホテルを予約した。恐らく逃亡に気付いた組織は、逃亡者心理でより遠くに逃げるだろう、という判断でホテルを探し回るだろうと予測し、その逆を突いたのだ。
逃亡後、ひっきりなしにテレグラムにメッセージや着信が届いていたが、無視をしていると、最終的にはグループチャットにボスが登場した。詳細な会話内容は既に消えてしまっているが、要約すると「今回の仕事は台中の4つのグループが共同で行っている。
今戻ってくるなら許すが、逃げられると思うな。必ず捕まえて後悔させてやる」といった内容の強い脅しだった。
筆者はそれに対し、「台湾の黒社会は、ケジメとして腕や手首を切り落とすと聞いている。私にもそうする気なのか」と尋ねると、スクリーンショットを撮られて脅迫のネタになってしまうのを恐れたのか、その会話はすぐに消去された。かわりに、仲良くなった見張りの人間がチャットで「迎えに行くので場所を指定してほしい」と、懐柔してきたので、筆者は「台中警察署の前で」と答えたのであった。
上述の通り、筆者は実際に台中警察署の前にいたので、それを正直に伝えただけであり、煽(あお)ったつもりは毛頭なかった。しかし、相手はそう捉えなかったようで、「必ず捕まえる」との言葉を残してチャットは中断した。
夜市やカフェを楽しむ逃亡生活
その後、予約をしたホテルにタクシーで移動すると、先程まで滞在していた宿舎の前に高級車が何台も停まっているのを目撃し、否が応でも緊張感の高まりを感じた。通り過ぎた後には、落ち着いて周囲を見渡す余裕も出てきて、「あ、ここのカフェでコーヒーを飲もう」「ここの小籠包はウマそうだ」など、今考えると完全に相手を舐め切ったことばかり考えていた記憶がある。
ホテルに到着後、Wi-Fiを繋げると、テレグラムでチャットが数十通溜まっていた。当初は5人が加入していたグループチャットだったが、新たに10人以上が加わり、会話に参加しているのだ。Googleの翻訳アプリを使って内容を確認してみると、筆者の風体やパスポート写真が共有され、眼血(ちまなこ)で周囲を捜索している様子が窺える。しかし、全ての人間がやはり宿舎から離れた場所、ホテルの密集地、繁華街などを捜索しているようで、筆者が隠れている元の宿舎から近いエリアは探索をしていないようだった。筆者の裏をかく狙いは大成功だったと言えよう。
筆者は、日本で状況を報告している数人に連絡を取った後、明るいうちに出歩くリスクを考え、暗くなったら街を散策しようと予定を立て、一旦昼寝をすることにした。宿舎では熟睡できずにいたため、思ったより寝込んでしまい、起きたら22時過ぎ、現地時間では21時となっていた。
小腹が空いたので“夜市”を検索したら、先日訪れた夜市とはまた別の場所で、台中で一番大きい夜市が今いるホテルから数分の場所にあることが分かった。つまり宿舎からも数分の場所である。とはいえ、常識で考えれば、逃亡している筆者が宿舎からほど近い夜市で呑気に食事を楽しんでいる、などとは向こうも思わないのではないか。そんな気持ちと、危険だから行くのは断念するべきだという気持ちがせめぎ合った結果、夜市へと向かう準備を始めてしまったのだ。
決して今逃げている組織を馬鹿にするわけではない、という気持ちはもちろんあり、後ろめたさからテレグラムで謝罪している絵文字をチャットに送り、ホテルから外に出た。数秒で20通くらいの返信が来たようだったが、空腹で余裕のない筆者は、それらを確認することなく、あとでまとめて返事することに決め、周囲を気にしながら夜市へと向かったのである。ホテルの外はコンビニなど、比較的多くのfree Wi-Fiスポットが存在しており、まったく役に立たないe-SIMを使っていても色々検索がしやすい。美味しい小籠包や、地元の人がおすすめする台中の名物料理などを検索して、時間の許す限り食べ歩きをしたが、幸運にも組織の人間に見つかることはなかった。
時間が遅いので、食べ歩きは途中でやめて人通りのあるうちにホテルに帰った。万が一に備えて、ホテルには裏口があるのをチェックインの際に確認している。この逃げ場所が2カ所あるというのは、こうした状況では心強い。ただ、予約の際には分からなかったが、入り口が通りから外れた小路にあるのは計算外だった。人目が少なく、誰かを攫うには絶好のポジションである。そのため、電話をしているふりをしながら、周囲を必要以上に警戒してホテルの中へと入ることとなった。
ホテルのセキュリティは万全のように思えたが、筆者が逃亡している組織と繋がっている恐れもゼロではない。そのため、昼間は外出し、夜は遅めに帰るような普通の観光客を装った。組織は恐らく、こちらは金がないからトクリュウに応募するような人種であると考え、ゲストハウスを中心に探しているはずである。バックパッカーが多い台湾では、ゲストハウスの数も多く、組織がある程度の人数だったとしても、一つ一つ当たるのは時間的に不可能であろう。とすれば、脱出先である空港に近いゲストハウスからつぶしていくはず――。そう考えながら、このホテルで息を潜めることとなったのである。
台北の友人と密会
幸運だったのは、行き先を台湾に決めた理由で話した通り、筆者にはこの地で有事を迎えた時、頼れる友人がいたということだ。歌舞伎町の人間で現在は、台湾と日本の組織の役付きになっている人間である。繋がらないことを危惧しながら、相手にLINEのチャットを飛ばすと、運がよく繋がり、会話をすることができた。久しぶりに話すというのもあり盛り上がったのだが、友人に現状を正直に話すと、向こうが会ってくれることになったため、その人間が住む台北に新幹線で向かった。台湾の新幹線は、日本製の車両を使っており、ついつい懐かしさを感じてしまったものの、この時の筆者にそんな感傷に浸り続けるほどの余裕はなく、追手に見つからないか気を揉む時間が続いた。幸運にも、相手が指定するホテルに、指定された時間の30分前には無事に到着。周りを観察しながら、エントランスを眺めることができ、背後には何もないソファ席へと座り、友人の到着を待ったのである。
これは裏社会に関わる人間の鉄則だが、初対面の人間と会ったり交渉を行ったりする際は必ず、指定された時間よりも前に到着し、相手が何人で来るか確認する必要がある。場合によっては、相手が騙し討ちをするために、配下の人間を手配している場合もあるので、座る席も背後に死角ができるような場所は厳禁だ。奇襲を避けるためにも必ず後ろに何もない場所に席を取らなくてはならない。
20分くらい待っただろうか、友人は配下と思われる人間を5人連れて目の前に現れた。友人同士の会話としては些(いささ)か不釣り合いな人数に、「もしかすると、今逃げている組織と彼は繋がりがあったのかも知れない。攫われる可能性もあるな」と、最悪の事態も覚悟したが、友人は手を差し出して握手を求めてきた。懸念が杞憂であったことが分かって安堵し、筆者は握手を交わした後に彼と会話を楽しむことにしたのである。
友人に今回台湾で起こした騒動の内容を告げると、相手は笑いながら「今からトクリュウに参加する街頭は大した力を持っていないから大丈夫だ。我々がその組織に話をつけてあげようか?」との提案を受けたが、そこは頑なに断ることにした。メディアの片隅にいる以上、裏社会や黒社会の手を借りるわけにはいかない。ましてや、こちらから「金は払わないけどやってくれ」とは言えない以上、助力を頼んだ場合は必ず金銭が発生してしまうことになる。そうした筆者の思いを察したのか、友人は「困ったことがあったら遠慮しないで言ってほしい」と、言葉を残してホテルを去った。
向こうからの提案を断ったとはいえ、現地にこうした友人がいるのは心強いものである。久しぶりの再会を終えた筆者は、ホテルを取っている台中に戻ることにした。筆者を追っているであろう組織も、まさか台北から台中へ向かう交通機関をチェックするはずはないだろうとは思ったが、急ぐ旅でもないので新幹線ではなく高速バスを使おうと思い、台中までのチケットを購入。30分に1本くらいの割合で運行しているバスを待った。この台中への帰路の間、追手に見つかってしまった場合の対処法を脳裏でシミュレーションをし続けていたところ、時間が嘘のように早く過ぎていった。
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この続きは幻冬舎新書『ルポ・台湾黒社会とトクリュウ』でお楽しみください。
ルポ・台湾黒社会とトクリュウ

トクリュウの拠点は、台湾にあった!
トクリュウこと匿名・流動型犯罪グループの大きな拠点の一つは台湾にあり、日本の暴力団は完全に台湾黒社会の下請。
そんな情報を仕入れたジャーナリストが、台中のアジトに潜入取材した。
現地でトクリュウに励む10代から70代の日本人の勤務は9時から19時までで土日休。報酬は月約40万円。一見ホワイトな現場に近づいた彼は、犯罪チームに勧誘される。断ると「腕を千切る」と脅され、必死の逃亡劇が始まった――。
トクリュウ、闇バイトの恐るべき実態を暴いた衝撃のルポ。