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ルポ・台湾黒社会とトクリュウ

2025.04.11 公開 ポスト

台湾トクリュウの現場へ、戦慄の潜入ルポ3

要求された100万円を断ると、「腕を千切る」「手首を切る」と脅され…。花田庚彦(作家、ライター、コメンテーター、ジャーナリスト)

トクリュウこと、匿名・流動型犯罪グループ。最近、ミャンマーやカンボジアでその拠点が発覚したが、実は台湾にもその大きな拠点がある。ジャーナリスト・花田庚彦が、台湾の「街頭」が仕切るトクリュウの現場に潜入取材し、誰も知らない闇バイトの恐るべき実態を暴いた『ルポ・台湾黒社会とトクリュウ』より、“スクープ”の一部をお届けします。台湾トクリュウの現場への潜入、そして黒社会からの逃亡劇です。

組織との交渉

やはり問題なく台中に戻ることができた筆者は、軽く食事をした後ホテルに戻ったのだが、そこでタイミングよくテレグラムの着信があった。相手側の通訳からのもので、「1時間後にLINEでグループチャットをするので、そのグループに来てほしい。そこで今回の件について最終的な結論を出すための話し合いをしたい」という提案であったので、可能であれば穏便に解決したいということもあり了承した。

約束の1時間後に、通訳が取りなす形でLINEグループチャットでのビデオ通話が始まった。組織側は威圧するつもりだったのであろうか、豪華な応接室のソファにそれぞれのグループのボスと思われる人間が4人深く腰掛け、後ろには配下と思われる人間が20人以上立つという物騒な陣容を披露しつつ、カメラ越しにこちらを睨んでいた。これが一般人であればかなりのプレッシャーを感じただろうが、あいにく筆者はこのような場面に何度か遭遇した経験がある。そのため、雰囲気に呑まれることなく、相手との交渉に臨むこととなった。

筆者はまず、「話が違う部分などが多すぎて、信用ができない」と、今回逃亡した理由について説明をしたが、最初は向こうも気が立っていたのか「こっちに来い」の一点張りであった。そのたびに「行く必要がない」と答えた筆者との押し問答がしばらく続くこととなったが、向こうもしびれを切らしたのか、それまでに一言も発していなかった人間が「最終的な解決方法を考えよう」と、提案をしてきたのだ。

筆者はその言葉に応じ、「飛行機代や宿泊代などの金は置いていった。この場で双方謝罪することで終わりにしよう」と提案したように記憶している。しかし、それに対して相手側は「経費もかかっているし、人も動かした。メンツも丸つぶれとなっているし、あれだけの金で終わりにすることはできない」と、やはり話は平行線をたどることとなってしまったのである。そんな中、具体的な妥協案として向こうから提案されたのは、クレジットカード詐欺の片棒を担ぐことで終わりにしようというものだった。

「あなたはカードの紛失届を出して、決済は保険会社がする。こっちはそのカードを使って買い物や換金性の高いモノを買う、誰も損しなくていいでしょう」

こう犯罪行為を持ち掛けてくる相手に対して、平行線をたどり続ける交渉に嫌気が差していた筆者は、それでもいいか、と少し揺らぎかけたが、すぐに冷静になり、その提案を拒否した。台北で会った友人の提案を断ったのと同じく、取材として訪れている以上、そこで犯罪行為に加担するということはどうしても避けたい、というジャーナリストの端くれとしての矜持(きようじ)が、どうしても首を縦に振らせなかったのである。

交渉を続けていくうちに気になりだしたのは、「どうしてたかが一人の離脱にここまでこだわるんだろう?」ということだった。確かに筆者を台湾に呼ぶ際にはそれなりの費用がかかっただろう。とはいえ、相手はこれからトクリュウで、何千万、何億といった稼ぎを狙っている組織である。向こうの言い分としては、「我々4グループが飛行機代をはじめ、ホテルや宿舎、備品などを用意している。あなた一人にも換算すれば100万以上の投資をしているはずだ。その弁償を我々全員にしてほしい、当たり前の話だろう」と、もっともらしく伝えて来るが、その話を鵜呑みにするほど、こちらも素人ではい。そのうち「腕を千切る」「手首を切る」など、脅し文句も混じりだしたが、こうした言葉に絶対に屈したくない筆者は、話が堂々巡りになって進展もなかったことから、一方的にLINEを切ることにした。

リクルーターから要求された100万円

すると、20~30分後にリクルーターからテレグラムの着信が入り、「100万円で話がついたので、100万円を払ってほしい」と再び提案された。払う気もない、ということを再びはっきりと伝えると、リクルーターは「僕が殺されちゃいます」と、泣き言を言い始めたが、元々他人で面識もない人間の生死よりも、こちらの安全である。予約したフライトは2日後。明日をどう逃げ切り、明後日に台湾をうまく脱出できるか、しか正直頭になかった。

とはいえ、交渉が失敗に終わった以上、向こうも本気で探し出して来るだろうという危惧はあった。果たして、今いるホテルで大丈夫なのだろうか、などの様々な考えが脳裏をよぎったが、再び直感を信じてホテルを変えずに、普段通りの行動をすることに決めたのである。朝起きて、隣にあるカフェでコーヒーと軽食を頼み、その後に市内の散策。人口密度が高く、多数の観光客のいるようなこの付近で、万が一にも追手に見つかってしまった場合、それもまた運命だろうと開き直り、観光を続けたのである。

その間、仲介役であるリクルーターからは、しつこいぐらいにLINEやテレグラムの着信が入るが、ここでもe-SIMの電波状態が相変わらず悪く、まともに通信できる環境にないのが好都合となった。Wi-Fiの飛んでいるコンビニなどの前で、電波状況が悪く反応ができない、という旨を伝えて、電源をオフにし、無視をすることにしたのだ。

事態が再び変化したのは、その日の夜のことである。ホテルに戻り、翌日の予定を考えていた時に、再びリクルーターからテレグラムの着信があった。「僕の独断ですが、100万円で話をつけました。先に肩代わりして払っておきますので、台湾にいる間に支払ってください」

こう言い始めたのだが、筆者は3度目となる支払わない旨を彼に通告し、通話を終了した。もはや組織側とまともな交渉が望めそうにないことを確信した筆者は、なるべく早く台湾から脱出することを決意。ホテルのフロントを通じて、フライトの予定を1日早めることができないか、航空会社へ打診することとした。すると、観光などのオフシーズンであったことも幸いしたのか、チケットは問題なく確保でき、新たに翌日の午後の便のチケットを購入することに成功したのである。早めの出国を考えると、昼過ぎには桃園空港にいなくてはならない。開き直って毎夜の如く台湾の夜を楽しんでいた筆者だったが、この日は滞在中に足繁く通っていた近くのバーで軽く飲み、早めに寝ることにした。そんなことを決めている間にも、リクルーターからの着信などは鳴りやむことを知らず、辟易した筆者が着信音をオフ設定にしたのは言うまでもない。

帰国日となった翌日の朝、いまだに途絶えない着信や通知を無視して、台中のバスターミナルへとタクシーを走らせた。新幹線を使った方が、目的地となる桃園空港に早く着くことができるが、組織側も本気で筆者を探している以上、新幹線の駅に構成員が待ち伏せしている可能性は十分にあった。そうなった場合、筆者のパスポートの写真は既に共有されているため、すぐに見つかってしまうであろうことは想像に難くない。向こうも、焦っている人間は、すぐにでもその場を離れようと思うだろうと予測し、その裏をかくべく再び高速バスに乗ることにしたのである。

乗り込んだ高速バスには予測通り追手の姿はなく、2時間半から3時間後には全てを終えて帰国の途につけることに安堵した筆者は、台北へと向かう道すがら、完全に熟睡してしまった。

気が抜けた状態で桃園空港に着いた後、一服しようと喫煙所を訪ねると、再び脳内で危険アラートが鳴り響いた。空港のターミナルの両端であるこの場所は、人目がまったくないと言っても過言ではない。追手がもしこの桃園空港にも来ていたとすれば、攫おうとするのは間違いなくこの場所であろう。そう気持ちを引き締め直した筆者は、喫煙を断念し、迅速に出国準備をすることにしたのである。周囲を気にしながら準備を進めるが、人気(ひとけ)の多い場所を選べば、高いセキュリティを誇る空港内で攫われることはまずないだろう、と思った通り、この後は危険を感じることもなく、台湾からの出国に成功し、ついに難を逃れることとなったのである。

この間もリクルーターからは着信が届き、金を払えという催促に加え、「日本に行くかも知れないですよ」という脅しの言葉が投げられていた。しかし、筆者はリクルーターが落とし前の100万円を肩代わりしたことも疑っているし、今回の件の復讐として、組織が日本に来るなどという言葉は、完全に嘘だと当たりを付けていたため、これらをやはり無視したのである。

普通に考えて、彼が払ったとされる100万を取り立てるのに、台湾から2、3人の構成員を来日させたとすれば、交通費や宿泊費などの経費だけでも10万円以上かかるだろう。そこから筆者を探し、100万円を返却させるための手練手管を尽くすとなれば、組織やリクルーターにとって、プラスがあるとは到底思えないのだ。これが仮に、向こうの金を持ち逃げした、相手に傷を付けて逃げた、というような事案であれば、彼らにもメンツがあるだろうし、そこまでする可能性も考えられるだろう。だが、筆者は応募した仕事から“飛んだ”だけであり、交通費や宿泊費もある程度は置いてきている。

もちろん、今回取材したトクリュウに関わる4つのグループのリーダーと思われる4人が揃い踏みしたビデオチャットがあったように、この件が向こうのメンツをある程度つぶしたことは確かだろうし、怒りもしただろう。だが、大した実害もない状態で、筆者は日本まで逃げ帰っているのである。この状況で、わざわざコストをかけてまで追手を日本に派遣するだろうか? その可能性は非常に低いと筆者は考えたし、実際のところ現在に至るまで、筆者のもとに彼らが現れていないことが、この考えが正しかった何よりの証左であろう。

筆者は前項に紹介した3人と異なり、内情に深く関わったわけではない。とはいえ、筆者が経験したように、どんなに向こうがリスクの少ない商売である、と主張していたとしても、相手は一皮むけば台湾黒社会の人間である。その甘言に乗せられて、トクリュウのメンバーに加わってしまうようなことがないように、改めて警鐘を鳴らしたい。

*   *   *

この続きは幻冬舎新書『ルポ・台湾黒社会とトクリュウ』でお楽しみください。

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花田庚彦 作家、ライター、コメンテーター、ジャーナリスト

東京都生まれ。週刊誌記者を経て、フリーライターに。独自のルートを活かし事件や違法薬物などアンダーグラウンドの現場を精力的に取材。源座は実話誌やwebメディアに記事を寄稿している。

三代目山口組組長代行補佐・一和会理事長、加茂田重政『烈侠』(サイゾー刊)では聞き手を務める。

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