注目の『蜃気楼家族6』シリーズ最終巻が、今日からいよいよ本屋さんに並びはじめます!! これより先に『蜃気楼家族4』刊行当時、沖田さんの作品を以前から愛読していたという荻上チキさんと、沖田さんの対談がありました。「蜃気楼家族」シリーズの本質を鋭くついて話題となったこの対談を、最終巻の発売を記念して再掲します。
当時すでに顔合わせは2回目だったお二人。「家族って?」「家族のつながりって?」といったテーマでお話をうかがいました。サンプルはもちろん、悲惨なエピソード満載の沖田家。ひどい話なのに笑えてしまう謎にも、荻上さんが鋭く迫ります。
(構成:幻冬舎plus編集部 撮影:植一浩)
生きづらさ云々以前にサバイバルな沖田家と、その周辺
荻上 そもそも僕が沖田さんの本を読むようになったのは、友人の作家・大野更紗さんがきっかけなんです。彼女の家に僕、たまに遊びに行くんです。確か、最近買った本の話とか、おいしかったお菓子の話とか済ませて帰るとき、「この本をチキさんに貸してあげますよ」と言って、突然『ニトロちゃん みんなと違う発達障害の私』を持ってきた。当時、ほとんど絶版状態で手に入りにくかったこともあったんだけど、「貸してあげます」と一方的に押しつけられた。
で、読んでみたらすごく面白くて、すごくひどい話だった。衝撃を受けて、これは他のも読まなきゃなと、沖田さんの単行本を全部一気に買って、読んで、あちこちで推薦して。僕はEテレで福祉をコンセプトに作っていた番組でレギュラー出演していて、僕が企画を考えるコーナーがあった。「じゃあ今回は〝当事者漫画〟という切り口で、沖田さんに会いに行きたい」という話をスタッフにして、沖田さんに取材に伺ったと。一方的なラブコールですね。
沖田 いえ、とんでもないです、本当に。あの時ビックリしちゃった(笑)。
荻上 あちこちで書評も書いたりしていたんですけど、そのあと『ニトロちゃん』が文庫化されましたね。
沖田 そうなんですよ。今ちょうど4刷目ですかね。
荻上 おお〜。
沖田 わりに頻繁に刷ってくれるので、前よりもいろんな人に読んでもらえてるのかな、とは思います。
荻上 書評がきっかけで、文庫の帯文をご依頼いただいて、あれは本当に嬉しかったですね。やっぱり好きになった本で、自分の書いたものが少しは文庫化のお役にも立てて、なおかつ帯を書かせていただくというのは。見本が届いたとき、ニヤニヤしちゃいましたもん。
沖田 嬉しい(笑)。でもあの本、もともと単行本の刊行が2010年で、「まったく笑えない本を描いてくれ」と光文社さんに言われて描いたもので、心配だったんです。漫画は娯楽の一つだと思ってて、暇つぶしとか、気晴らしで笑えるとか得るものがあれば、描き甲斐があると思ってやってたんですけど、最初から最後まであんなイジメでグジャグジャの内容で、いいのかなあって。
荻上 そうですね。作中では、ボロボロに痛めつけられていますよね。
沖田「私が整形いっぱいしまくった話とかあるんですけど、そのほうがウケると思うんですよ」とか抵抗したんですけど、「いえ、笑いはいらないんで」と言われて。気が進まないまま結局、「あーあ、思い出したくない」とか言いながら描いてました。
荻上 エピソードのストックが過剰ですよね(笑)。といっても沖田作品の魅力は、深刻なだけの話じゃない。「社会派」とかではないし。でも逆に、ギャグの中にマジなエピソードというか、どう言葉にしたらいいかわからないような話があって、それがまた印象に残る。「笑い」っていう感情は、時に悲しみを昇華させるというか、「こんなことに遭っちゃった、ヘヘヘ」みたいな感じで、次に進むためのステップだったりするじゃないですか。でも消え去るわけではなく。読むほうもなかなか昇華し切れないようなエピソードがパーンと入ったりすると、すごく印象に残りますよね。『蜃気楼家族』でもやっぱり稀にガチなやつが入ってくる。近所のおばあちゃんが認知症になった話とか。
沖田 そうですね。そのばあちゃんは正月にコタツで独りで死んじゃってたという。
荻上 あとは4巻の最後だと、弟と一緒に逃げた謎の男の子が、互いの幸せを願って別れよう、みたいないいセリフを弟に言う。めっちゃいいセリフなんだけど、実際には脅して乗り込んだトラック運転手のちんちんにハサミをあてながら言っている。緩急があまりにすごいなと思うんですけど。
沖田(笑)
荻上 ああいうエピソードは、読者が油断してるときにガンッと脳の中に入ってくるので、忘れ難い。
沖田 うちの地域性の問題なのかな。ああいう話がすごいゴロゴロし過ぎてて。たとえば焼き芋売りってあるじゃないですか。
荻上 はい、石焼き芋。
沖田 地元だと、全員フィリピン人なんです、あの焼き芋売ってる人たちが。
荻上 へぇ。
沖田 その人たちの過去を前に描いたんですけど、昔はスナックのボーイさんだったりして、それがどんどんうまくいかなくなって、焼き芋屋さんやって、最後はプチぼったくりみたいなのをして生活してたり。
荻上 環境自体がスラムっぽいですよね。
沖田 日本の昭和の話なんですけど、あ、平成でもあるんですけど。
荻上 西原理恵子さんの『ぼくんち』は土着的な生活圏を描いていましたね。周りが貧乏人だらけでという場所での暮らし。沖田さんは、地域性に加えて、貧困ビジネスや暴力に関わりやすいネットワーク的な人間関係を、体験談として描いていますが、たとえば東京の読書好きの文化系の人たちが読むと、「この国に貧乏ってまだあったのか!」ぐらいに思う人たち、けっこういるような気がします。
沖田 でも貧乏は貧乏でも、うちも周りも先祖代々の貧乏じゃなくて、昔はメッチャ金持ちだったらしいんです。
荻上 ほう。
沖田 それがダメになって、過去の栄光をずーっと引きずってる、そういう名残がけっこう富山県に多いのかな。うちのばあちゃんも、昔は金持ちだった名残で、孫の私のことも「さん」付けで呼んでるわけですけど。
荻上 他にも『蜃気楼家族』には、たとえばDVとか、同性愛差別とか、さまざまな精神疾患とか、お金のなさとか、いろんな苦痛というかハンディというか、〈生きづらさ〉を抱えた人たちが登場してるんだけど、なんかこう〈生きづらい!〉というタッチでは描かれてないじゃないですか。今回の4巻の、トンネル工事の作業員になった弟のエピソードにしても……。
沖田 14話ですよね。あれって悲惨な話なんですかね。
荻上 あれ、もう、リアル『カイジ』じゃないですか(笑)。あるいは『闇金ウシジマくん』だし。
沖田 ああ。
荻上 作業員たちのタコ部屋で起こったディープな出来事にしても、湯水のようにエピソードを使いますよね、×華さんって。
沖田 そうですかねえ。
荻上 この話だけで本当は1巻ぐらい引っ張るべきやつを……。
沖田 「ざわ…ざわ…」で終わるところを(笑)。
荻上 そう、それがあっという間に2、3ページで終わって、もう次のエピソード。それでも枯渇しないエピソードの潤沢さに、驚きながら読んでます。ジェットコースターに乗りながら、ホラーハウスを巡ってるような。ホラーハウスは普通、狭いところをじっくり一個一個見て、「ああ怖い」とハラハラ感を楽しみますけど、『蜃気楼家族』は、ジェットコースターぐらいの速さと長さで、「もう次の展開か」と。でも読書体験がほかの本と少し違って、一気に読んだあとじっくり読み返したり、1話読んだら次は明日にしよう、という感じで僕は味わってますね。
魚津が生んだ大ベストセラー作家!?
荻上 ところで『蜃気楼家族』というタイトルはどこからきたんですか。
沖田 担当編集のSさんが、魚津をインターネットで調べたとき「蜃気楼の見える町」と出てきて、それを「家族」とくっつけて「蜃気楼家族」。でも地元で蜃気楼を見たことないんです、1回も(笑)。昼過ぎにしか出てこない。みんな仕事しているから誰も見ない。
荻上 いいタイトルだと思いますけどね。家族って別に定型があるわけじゃない。「理想の家族」というのも、蜃気楼のようにつかみどころのない、夢見るようなものなのかもしれないと思わせられる。とはいえ、この漫画に出てくる家族でいいかと思うかというと、うーん。
沖田 まったく夢も希望もない(笑)。私、もし自分の旦那が自分の親父だったら、本当に我慢できないですね。睡眠薬を盛って火つけちゃうかも(笑)。
荻上 本を出したとき、地元の書店に「魚津が生んだ」みたいなポップが並んだわけでしょう?
沖田 そうなんです。しかも「大ベストセラー」って。でも内容はおもいっきり沖田家の町内、半径200メートルの話。
荻上 匿名性もへったくれもないですね。
沖田 (笑)。で、やっぱり田舎の人だから、静かに波風立てずに生きていくことが最高の幸せなんですよ。それなのに私みたいなやつがポンポンポンポン、地元のいろんな話を投入して……。でも親族のことで悪いことは書いてなかったつもりなんですけど。
荻上 そんなわけないだろう。その認識に驚いた。
沖田 (笑)。まあ、おじいちゃんの選挙の話(編集註:第1巻 23話「じーちゃんの選挙」)はすごい怒られて。当選したからよかったって最後には描いてあるのに、なんでこんな怒られるのかなって。「そういう問題じゃないんだよ!」とか。
荻上 さすがの空気読まない感。田舎では、目立つこと自体がもう波風ですから。
沖田 そうですね。私はもう魚津を離れてるのでどうでもいいんですけど、うちのばあちゃんがとにかく心配性で、常に何かを心配して胃を痛めてる人なんですよ。自分の子どもがちょっと仕事辞めただけで、「あんた、大丈夫なん? 食べてけるの?」と。子供が仕事を辞めただけで1か月悩んでる人が、孫がそんな漫画を描いて、親族も電話かけてきたりするからまいっちゃって。
荻上 「何をしでかしたん!」みたいな。
沖田 本当にノミの心臓なんです。
荻上 しかもテレビも出るようになって。
沖田 そうそう。でもやっぱり田舎なので、NHKに出だしてから、ちょっとずつ変わるようになりました。
荻上 なるほど、ポジティブな評価に。
沖田 『ハートネットTV』(NHK Eテレ)に出ることも、私は誰にも一切告知してなかったんです。ツイッターではチラッと言いましたけど。そうしたら、前に地元に帰ったときにわかったんですが、全員見てるんです、魚津市民の人たちが。
荻上 魚津市民がこぞって!
沖田「なんで!? 私、言わなかったのに」と思ったら、地元の地方紙の番組欄があるじゃないですか。その『ハートネットTV』の欄の上に「富山県の漫画家」みたいな、特別なコピーが入ってて。
荻上 「富山県出身の漫画家がNHKに!」みたいな。
沖田 「語る!」みたいな。そんなことしてたら、そりゃみんな見ますよね(笑)。それで、漫画のことも親族はあんなけなしまくってたのに、コロッと変わっちゃって。
荻上 「誉れ!」みたいな。あの時のVTRでは、けっこうシリアスなところばかりを中心につまんだじゃないですか。
沖田 家族のことはちょっと置いといて、そうですね。
荻上 ほぼ『ニトロちゃん』の話だったから、何人かのクズ教師の話や、×華さんの発達障害の話でしたよね。
沖田 確かにそうですね。そのあとから、思いもしない仕事も増えましたね。
荻上 シリアスというところからさっきの話に戻るんですが、弟さんのトンネル掘りの仕事のエピソードが出たとき、沖田さんがさっきちらりと、「あれって悲惨な話なんですかね」って言ってましたよね。
沖田 私から見ると、弟みたいなクソな男でもちゃんと拾ってくれる人がいて、仕事はしんどいかもしれないけど住食ともにあって、少なくともホームレスよりちょっと上の生活がある。そういう人間を拾う社会もあって、世の中ってそういうふうになっているんだなと思って。
荻上 弟さんが聞いたらどう思うだろう(笑)。話がまたずれるようですが、『人志松本のすべらない話』って見たことあります? 芸人さんたちがそれぞれの、誰が聞いても面白いエピソードを語るという番組なんですけど。幼少時代にこんな親戚がいたとか、こんな目に遭ったっていうエピソードをいろんな人が語るんです。その番組を見てると、芸人の方って貧困出身の方が多いんですよね。売れてからはお金があるので、ええとこのホテルに行ったときにマネージャーがはしゃぎ過ぎてやらかしたとかって話になるんですけど。それこそ『ホームレス中学生』の麒麟の田村さんが、『すべらない話』でしたエピソードが本になったように、貧困だったり、おそらく障害だと思われる話がけっこうたくさんある。
たいていの「悲惨な話」って、異常なというか、イレギュラーな事態じゃないですか。「なんでそんな目に遭うの?」と。話している本人は深刻でも他人からすれば笑い話だし、あるいはもう慣れていたとしても、他人から見るととにかく事件性があって面白い。話すことで、「あ、自分の体験は何かユニークだったしい。異常だったらしい。だけど今なら笑い話にできる」みたいな仕方で、笑いになるんだなと。悲惨だけど笑えるし、悲惨なんだけどホッとするようなエピソードみたいのも中にはあったりして。いろんな読み取り方ができますよね。「貧困で大変」っていう描き方でもないし。
沖田 そうですね。うんうん。
荻上 そういう意味で、おそらく『ニトロちゃん』は『ハートネットTV』とかでとりあげてまとめられるけど、『蜃気楼家族』をとりあげるのは、ちょっと厳しいだろうな。
沖田 一部は『クローズアップ現代』で取り上げてみたいな(笑)。
荻上 弟さんのエピソードは、じゃあ『ゴロウ・デラックス』に回そうか、とか。分散しないと無理ですね(笑)。
沖田 ですよねえ(笑)。
荻上 人って、一生涯過ごす中でいろいろなエピソードがありますよね。あるときは「バラエティ」、あるときは「ニュース」みたいな、そういう同時性の中を生きてるんだなというのは、メディアでの×華さんの取り上げられ方を見ていて感じましたね。いろんな角度からメスを入れられる漫画家さんだなあと。
沖田 膿みしか出ないかもしれないけど(笑)。
(第2回へ続く)