ベストセラー『死刑でいいです 孤立が生んだ二つの殺人』(新潮文庫)の著者で共同通信記者の池谷孝司さんが新刊『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』を出版しました。権力を使って生徒を支配し、わいせつ行為に及ぶ教師の実態を多角的に取材・分析した社会派ノンフィクション。本書から一部抜粋して5回シリーズでお届けします。
「学校でそんなことが許されていいはずがない」という強烈な怒りに突き動かされて私は学校で起きる性被害「スクールセクハラ」の取材を続けてきた。
最初に被害者の悩みを直接聞いたのは、もう十年以上も前になる。教育関係の仕事に携わる二十代の横山智子さん(仮名)から重い告白を受けた。「高校生の時、担任の教師に乱暴されたんです」。まだ男性とキスすらしたことがなかったという。
その告白を聞いたころ、智子さんは大学を卒業して働き始めたばかりだった。つらい経験をした高校二年生の日から彼女の人生は大きく狂った。見た目は幼い印象も受ける可憐な女性だが、内面は嵐が吹き荒れ、それを抑え込みながら学び、そして働いていた。三十代になった今でも両親には内緒だ。「心配させたくないから、一生話さないと思います」と言う。
「M教師」という言葉がある。教育の世界で「問題教師」の隠語だ。智子さんが私に打ち明けてくれたきっかけは、共同通信社会部教育班の記者として学校現場の取材を続け、たまたま彼女にそういったM教師の話をしたことだった。私とは直接の利害関係が何もないことが大きかったかもしれない。ある意味、気軽に打ち明けられたのだろう。
告白を聞いて、私はおずおずと一つの提案をした。「記者として、私がその教師を取材することもできますが」。智子さんは複雑な表情を見せた。怖いのだ。もちろん、「あの憎い男をやっつけたい」という思いはある。「誰かにこのつらさを知ってほしい」という思いもある。しかし、逆恨みされて復讐されたら。狭い田舎で噂が広まったら。職場の人間に知られてしまったら……。だから、ごく親しい友達にしか話してこなかった。とりあえず、男の名前だけ教えてもらって、その日の話は終わった。
調べると、五十代になった男は別の県立高校で教師を続けていることが分かった。「その男は今日も教室にいる。今も同じことを繰り返しているかもしれない。次の被害を防ぐためにも、取材をするのは一つの手です。その気になったら、いつでも連絡をください」。私はそれだけ伝えた。
智子さんはその後、二年も迷い続け、ついに決心した。「その教師と会います。近くで待っていてください。当時のことを話して、向こうが認めたら連絡します。そしたら、その場に来てください」。彼女はそう言った。それから私たちは綿密に打ち合わせを重ね、作戦を練った。
私が働いている共同通信社は全国の新聞社や放送局に毎日、記事を配信している会社だ。社会部の記者は、必要とあれば、いつでも、全国どこにでも飛んで行って取材できる。私たちは智子さんの故郷の北国に向かった。二〇〇五年一月のことだった。