9月下旬に発売された平井正修さんの『花のように、生きる。』が、じわりじわりと全国に広がっています。誰もが抱える「どう生きるか?」という悩みに対して、「花のように」という涼やかな指針を与えてくれた本書。では、花なような生き方とはどのようなものなのでしょう? 本書から一部抜粋してお届けします。
「あなたが生きる目的は?」
そんな問いに、みなさんはどう答えるでしょうか。回答はいくつもありそうです。幸せになること、仕事で成果をあげること、欲しいものを手に入れること……。たしかに、それらを目的として生きているという人は少なくないでしょう。それが悪いことだというつもりもありません。
しかし、ここでひとつ考えてみて欲しいのです。「人間以外の命あるものの生きる目的は何か」ということを……。生きることそれ自体が目的なのではありませんか?
生きるために生きる。何やら禅問答めきますが、それが「ただ生きる」ということであり、生きるということの原点ではないでしょうか。
社会のしくみが複雑になり、利便性がどんどん増し、物があふれている、という現代に生きていると、その原点を見落としそうになる。しくみをうまく活用し、利便性を謳歌し、少しでもたくさん物を得る、ということがないと、満足できなくなっている、という気がするのです。
しかし、そこにあるのは「もっと、もっと」というさらなる渇望です。もっとうまく活用できないか、もっと便利にならないか、もっといいものが手に入らないか、という塩梅。求めすぎのスパイラル、欲望のスパイラルに陥りやすい、いや、すでに陥っているのが現代人なのではないでしょうか。そして、「もっと」が叶わないことが、悩みや不安、不満の種になっている。
原点に立ち返る必要があるのではないか、と思います。生きているそのこと自体がすばらしい、というところに立てば、見える景色はよほど変わってくる。「もっと」は大きく減じられます。花は根を下ろしたその場所で生きています。もっと肥沃な土地なら、もっと日当たりがよかったら、より美しく咲くなんてことはないのです。生きる原点を見つめ直しませんか?
<読者からの感想>
「平井先生の言葉で、命拾いしました。家族の言葉に傷つき、絶望し、苦しんでいました。そんなときに朝日新聞で、この本を知り、手にしました。やすらぎと生きる力をあたえていただきました」
「”花のように、生きる。”という言葉で泣きました。老いた私の頬に涙が流れ、自分に驚きました」
「心やすまる本です。人として歩む道を示されました」