ベストセラー『死刑でいいです 孤立が生んだ二つの殺人』(新潮文庫)の著者で共同通信記者の池谷孝司さんが新刊『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』を出版しました。権力を使って生徒を支配し、わいせつ行為に及ぶ教師の実態を多角的に取材・分析した社会派ノンフィクション。本書から一部抜粋して5回シリーズでお届けします。
子どもたちに囲まれた「学級王国」を離れ、理科準備室にいると寂しい。人体模型の骸骨が友達だ。鈴木努は担任を外れて、自分の机を移していた。窓から見える体育の授業風景に、一人、取り残された気がした。
「鈴木先生」
新学期の朝、四年生になった由美さんが友達を連れて遊びに来た。それから毎日来るようになった。
間もなく鈴木は誕生日を迎えた。筆記具やノートをくれた子もいたが、由美さんは「お金ないから」と手作りの物をくれた。
「その気持ちがうれしかったんです」
使い古した人形。「お手伝い券」に「肩たたき券」。次々にくれた。「ゆうこうきげん一週間」の「チュー券」まで。「どう使うの? 期限付き?」と聞くと「期限はナシにしてあげる」と由美さんは笑った。鈴木は舞い上がった。
由美さんは芸能界の話題に詳しく、話の内容も口調も大人びていた。
「担任を離れてから教師とは別の次元で愛情を感じました。今考えると不思議ですが、なぜか深みにはまっていきました」
四月下旬、初めて二人だけで遊園地に行こうと約束した。「日曜はつまらない」と由美さんが話していたからだった。母子家庭の母親は仕事に出掛け、中学生の姉も外に遊びに行く。仲のいい友達もいなくて家で独りぼっちだった。
だが、鈴木が「二人だけの秘密」だと思っていた約束を由美さんは同級生の男の子に漏らしてしまう。
鈴木は思わず声を荒らげた。
「そんなことしたら、一緒に行けないよ」
由美さんは「えこひいき」してもらったと周囲に自慢したいようだった。
「口止めしなかったけど他の子に言うなんて」
背伸びしても子ども。こっそり出掛けようとした鈴木は「非常識」な行動を怒鳴りつけていた。
鈴木によく「キレると怖い」と言った由美さんは、後の捜査でこう話した。
「いつもは優しくていい先生ですが、怒る時は怖い顔をして机をバーンとたたく。怒られると、誰でも肩をすくめておとなしく黙ってしまうという怖い所もありました」