9月下旬に発売された平井正修さんの『花のように、生きる。』が、じわりじわりと全国に広がっています。誰もが抱える「どう生きるか?」という悩みに対して、「花のように」という涼やかな指針を与えてくれた本書。では、花なような生き方とはどのようなものなのでしょう? 本書から一部抜粋してお届けします。
しゃべるのが苦手、流暢にしゃべれない、という人がいます。それがコンプレックスになっている人もいるようです。しかし、日本には〝しゃべらない美学〟ともいうべきものがあるではないですか。「間」です。
間といって最初に頭に浮かぶのは、庶民派の古典芸能、そう、落語です。落語は間で成り立っている、といってもそれほど的外れではないでしょう。随処に間を置かない落語は、まちがいなく、おもしろみが半減しますし、〝間が抜けた〟ものになる。
日常の会話でも、「間」はしばしば言葉よりも有効に働きます。立て板に水のようにしゃべりまくるのは、かえって信頼感を損なうことが多いのではありませんか? そのことからも間の有効性がわかります。
「巧言令色鮮し仁」
という語もある。言葉が巧みで、愛想がよすぎるのは、仁徳に欠ける、誠意を疑われる、というわけです。
仕事の交渉でも、想いを伝えるときでも、ここぞというときにしゃべるのをグッとこらえ、「間」に託すとよい結果がもたらされることが往々にしてあります。そこに、言葉にならない誠意や、言葉では表現しようがない切々たる想いを汲みとる感性を、日本人は持っているからでしょう。
その日本人独特のものの感じ方が、しゃべらない美学を支えていることは、いうまでもありませんね。
「間」は、言葉がすっぽり抜けた空白の時間ではありません。むしろ、言葉では尽くせない表現で満たされているのです。
<読者からの感想>
「元気が取り柄だった私が、怪我をしてから急に老いを実感し、落ち込んでいるときに本書に出会えました。振り返らずに、今を生きようと思えることができました。病に苦しむ友人にも、一冊贈らせてもらいました」
「この本を読んで、長年悩まされていた嫉妬心がすっと消えていくのがわかりました。何度も読み返したいと思います」
「最近、自分の発する言葉が軽薄だなあと感じていたときに、この本で「ここぞというときに、しゃべるのをグっとこらえ、間に託しなさい」という言葉に出会いました」