ベストセラー『死刑でいいです 孤立が生んだ二つの殺人』(新潮文庫)の著者で共同通信記者の池谷孝司さんが新刊『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』を出版しました。権力を使って生徒を支配し、わいせつ行為に及ぶ教師の実態を多角的に取材・分析した社会派ノンフィクション。本書から一部抜粋して5回シリーズでお届けします。
剣道部顧問の原口達也から体育館の狭い控室で「プライドを捨てろ」と命じられ、二年生の伊藤早苗さんがその答えとして、童謡「チューリップ」を歌った一、二週間後。早苗さんは再び呼び出されて、今度は「かえるのうた」で切り抜けた。
だが、さらにその次はそんなものでは許されなかった。部活動が終わった夜七時。帰り支度中に原口が「伊藤」と呼んだ。部員たちはシーンと静まりかえり、同情を目に込め、「頑張って」と言い残して去った。
控室で原口はソファに座り、その目の前で早苗さんは床に正座する。いつもの体勢だった。見上げると、眼鏡の奥の目が怖かった。
「ひざまずいて従わせるのが快感だったのかもしれません」
早苗さんは今、そう思う。
まずはいつも通り、剣道の技術面の話だ。その後、精神面の話に移っていくことは分かっていた。
「何でできないんや」
いつものやりとりを何度も繰り返し、原口が言った。
「先生の前で裸になりきれてないからや」
それは初めて聞くフレーズだった。
原口は続けて言った。
「先生を信用して全てを任せてないから、できないんや」
「信用してます。全てを任せてます」
そう答えるしかなかった。
「じゃ、服脱げるか」
「……脱げます」
断ることなど想像できなかった。
「やってみろ」
早苗さんはセーラー服の胸元のホックを外した。その手を原口がつかんだ。
「分かった。もうええ。その気持ちで全てを任せて、先生に付いて来い」
早苗さんは正座でしびれた脚を引きずりながら帰宅した。
その後、何度も控室に呼ばれ、入ると中から鍵を掛けるように言われた。
二度、三度、四度と続き、服を脱がされるたび、原口が止めるタイミングが遅くなっていった。早苗さんは最後は下着姿になっていた。
「男子に見られたらすごく恥ずかしいけど、先生なんだから、と男性としては意識していませんでした。先生が性的な意味で自分を見るなんて思えませんでした。今思えば、原口先生は言葉がすごくうまいんですよ」
原口は下着姿の早苗さんを抱き締めて涙を流した。
「気持ちはよく分かった。死ぬ気で頑張ろう」
早苗さんも感動して一緒に泣いた。