ベストセラー『死刑でいいです 孤立が生んだ二つの殺人』(新潮文庫)の著者で共同通信の現役記者である池谷孝司さんが新刊『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』を出版しました。権力を使って生徒を支配し、わいせつ行為に及ぶ教師の実態を多角的に取材・分析した社会派ノンフィクション。
荻上チキさんが朝日新聞で、北原みのりさんが共同通信配信で、片田珠美さんが北海道新聞で、芹沢俊介さんが週刊朝日で書評を寄せてくださるなど、話題騒然の本書より一部抜粋してお届けする5回シリーズ、最終回です。
「高校生の娘の携帯電話に担任から夜中、変なメールが何通も届くんです」
その女性はストレートに怒りをぶつけてきた。亀井さんが電話を受けたのは二〇一〇年のことだった。
大阪府守口市にある「スクール・セクシュアル・ハラスメント防止全国ネットワーク」(SSHP)の事務所。女性三人が電話相談を交代で受け、活動は十五年に及ぶ。会員は全国に約百五十人いる。学校で起きるセクハラ、スクールセクハラの対策を専門にする唯一の団体だという。代表の亀井さんは元中学教師で、千二百件以上の相談を解決に導いてきた。
電話の主は四十代の田中和子さんだった。娘の清香さんは当時、関西の私立高一年。トラブルの発端は三十代の国語教師、山下浩一が頻繁に〝恐怖のメール〟を送ってきたことだった。
「清香ちゅわ~~~ん♡♡」「きゃーかわいい♡」「俺と清香ちゃんは運命やんな?」「お風呂上がりか~、俺には清香ちゃんが見える」「今酔ってんねん」
夜九時ごろから深夜まで気持ち悪いメールが毎日十通ほど届く。入学後すぐ同級生の多くが担任とアドレスを交換し、五月ごろから届き始めた。
清香さんは戸惑ったが、生真面目な性格だった。
「どうしていいか分からないけど、相手は担任の先生だし、返信しないわけにいきませんでした」
試験内容についてメールが来て「みんなには内緒な」と記されていたことも。
携帯電話の料金が高くなり、母にしかられたが、母子家庭で忙しく働く母を心配させたくなくて、理由は言えなかった。メールを送るのをやめるように山下に言っても効果はなかった。
やがてメールだけでなく電話もかかるようになり、出ないと「わざと出ないのか」とメールが届いた。そのメールに返信しないでいると、学校で山下に呼び出されて「無視するな」と怒られた。
亀井さんは「教師が生徒に変なメールを送るセクハラは本当に多いんです」と言う。
「連絡するのに必要だ、と言われると、生徒は当然のように教師にアドレスを教えてしまいます。簡単にやりとりできるから、私的に使われるようになるんです」
教員養成に携わる神奈川大教授の入江直子さんは「携帯電話などでの個人的なやりとりは、ガイドラインを作って禁止するべきです。今はメールが日常化していて、個人的なメールのやりとりを駄目だと思っていない小中高校の先生は多いでしょうが、トラブルの元です」と話す。
そう言ってから、入江さんは付け加えた。
「ただ、先生の中には『それじゃ、生徒指導ができない』という人もいるでしょうね。『子どもの気持ちをつかんだり、親に言えないことも言ってもらえたりするのにメールは役立つ』と言う先生は多い。でも、本当に必要でしょうか。私は危険の方が大きいと思います。実際、個人的なメールのやり取りをしていて問題を起こす先生は結構いますから」